[3-26] 本心
今はまだマリルが目を覚ましていない以上、この隠れ家を破壊するという選択肢をギルスが取ることは無いだろうが、マリルが目を覚ましたらどうなるだろうか。オリバー達としてはあの二人を救出する必要があるが、ギルス達は三人とも逃げる事ができる。。
マリルが目覚めるのを待って、この隠れ家を破壊するというのは、あり得える話だ。
「私達に戦う気は無いわよ。戦おうとしてるのはそっちでしょ」
だがルーベルは、戦意が無い事を主張する。
「じゃあ、今帽子と会わせて」
確かにルーベル側に戦うつもりが無いのであれば、何故今オリバー達がギルスに会おうとする事を止めるのかが分からない。
「ダメよ」
予想はしていたが、ルーベルは今オリバー達をギルスに会わせるつもりはないらしい。
「どうして?」
無表情に聞き返すヴァネッサは、恐らく本当の答えが返ってくるとは思っているだろう。
「貴方たちが、ギルスに何するか分からないからよ」
やはり、ギルスがオリバー達を騙して、過去改変を手伝わせた後ろめたさから、オリバー達が騙された事の代償を払わせる事を警戒しているのだろう。
だが悪く考えれば、オリバー達に見せられない何かをしようとしている可能性も考えられる。例えばマリルが目覚めたらこの場から逃げる準備をしている、もしくはこの隠れ家を東海させる準備をしているというのも十分考えられる。
「あなたも共犯でしょ。本当にあたしたちが帽子を襲うと考えてたら、一人で出てきたあなたと会話なんかせずに、好機と考えて襲ってるよ」
中々物騒な言い方ではあるが、オリバーとしても今ギルスと戦うつもりはなく、同様にルーベルと戦うつもりもなかった。
「私にはゴーレムがあるから警戒してるんでしょ?わよ」
確かにルーベルがその気になればゴーレムを召喚する事はできるのだろうが、それをこの状況で行うのは不可能だろう。
「呼び出すのに時間がかかるって聞いたけど?」
実際にオリバーはルーベルが召喚型ゴーレムを召喚するところを見ている。あれは敵を目の前にして行うには時間が掛かり過ぎる。オリバー達が本当に戦うつもりでいるのであれば、目の前でルーベルが召喚を行うのを黙って見ている事はしない。かといって常設型のゴーレムは森の警備に回していて今すぐ隠れ家に呼び戻すことは出来ないのだろう。
オリバー達が本当に戦うつもりであれば、ゴーレムが居ない今の状況であれば三人がかりでルーベルを倒せる。それは否定できないのだろう。
ついに何も言えなくなったのかルーベルが口を噤む。それを見たヴァネッサがオリバーの方を向き、言葉を続ける。
「にーさん、押し通るのも手だよ。どうせ何もできない」
ルーベルとオリバーの間に立っていたヴァネッサが完全にオリバーの方に振り返る。ヴァネッサは今完全にルーベルに背中を向けている。ルーベルから攻撃してくることはあり得ないと考えているのだろう。あるいは、向こうから攻撃させるように挑発しているのかもしれない。
しかし、戦う気が無いのであれば、わざわざ立ちふさがるだろうか。時間稼ぎ以外で。もっと別の意図があるのではないか。
「いや、ここで待とう」
ヴァネッサの言う通り、ルーベルが今ゴーレムを使えないのであれば、押し通る事は簡単だ。それでも今押し通るのは得策とは思えなかった。
「いいの?」
ヴァネッサが面倒臭そうな顔をしている。ヴァネッサとしてはこのまま強行突破をした方が良いと思っていたのだろう。
「俺たちが押し通るかどうか試したんだろ?」
本当にルーベルが、足止めをするつもりであるならば、ゴーレムが使えない状態で立ちはだかるというのは考えにくい。昨日一晩時間があったのだ。森の警備に回しているゴーレムを何体か呼び戻すぐらいはしただろう。
それでもルーベルはゴーレムを従えずに一人でオリバー達の前に出てきた。つまりルーベルに戦うつもりがないのは本当なのだろう。
オリバーの問いに、ルーベルは答えない。オリバーはさらに自分の考えを続けて口にする。
「君はまだ人間に対して良い印象を持っていない。昨日共闘して、俺たちがある程度は信用できる相手だとは思っていても、まだ完全には信用するまではいっていない。だから俺たちを試した」
ルーベルとしても、今ここで戦闘をするつもりはなく、オリバー達が当然武力行使に出るとまでは思っていない。だからこそ、オリバー達がどのような行動を取るか試した。それがオリバーの予想だった。
「どうしてあたしがそんな事をするのよ」
今の状況で、ルーベルがオリバー達を試そうとする理由。それはオリバーにはすぐに思いついた。
「それは、君はこの後どうするか悩んでいる。マリルが完治した後、この隠れ家に残るか、ギルスと共に俺達と一緒に来るか。だから俺たちがどういう行動をするのか試した」
この後一緒に行動する相手として、信用できるかどうかを試した。それしか考えられない。
「あたしがあなた達に付いていくとでも?」
前提として、ルーベルが今後オリバー達と行動を共にしようかどうかを考えているという話になるが、それも今の状況を考えれば十分にあり得る話だった。
「この場所は空賊に把握されてる。ここに残る事が危険なのは君も分かってるだろ」
今後ギルスがオリバー達と行動を共にするのであれば、ルーベルとしては付いていくのが一番なのだろうが、肝心のオリバー達が信用できる相手かどうか分からない。だからこそこういう時に、オリバー達がどのような行動にでるのか試してみたのだろう。
「まあ、ここが危険なのは否定しないけどね。でも、ギルスはもう逃げてるかもしれないわよ?」
ルーベルがまるでオリバー達を煽るような事を言うが、それはオリバー達には通用しない。
「本当に逃げたら、リリアが気が付く。今も二人は二階にいるんだろ?」
オリバーは魔力を感じられないが、リリアは違う。仮に逃げれば、例え視界にいなくとも、リリアは気が付くだろう。
その予想を裏付けるかのようにリリアが口を開く
「確かに、今も二階に二人分の魔力を感じるから、逃げてはいないと思うわ」
リリアが魔力を感じるのであれば、ギルスが既にこの隠れ家から逃亡しているという事はないだろう。
「逃げていたらどうするつもり?」
それでも姿を直接見せない以上、何らかの偽装工作をして、例えば身代わりを使ってに逃げている可能性もある。
「もし本当にギルスが逃げたら、その時は追いかける。その時は容赦しない」
それは事前に心に決めていた事だ。ギルスが何も説明せずに逃げるような事があれば、敵とみなして追跡すると。
「この隠れ家に残っているなら?」
「向こうが姿を見せるまで待つ。今ルーベルと話して、あの魔術が場所を繫げる魔術ではなく、時間を繫げる魔術だったって事はほぼ確定した。慌てる必要は無いし、ギルスが君を置いて逃げるとは思えない。だからこのまま待つ」
ルーベルがマリルの妹である以上、ルーベルを置いてマリルとギルスが二人で逃げるというのは考えにくい。
「じゃあ、今はリリアの言う事を信じて、ギルスがまだこの隠れ家に居るっていう事を信じて引き下がるの?」
それは確認のつもりなのだろう。
「ああ」
オリバーは結論を変えるつもりは無い。
「ちょっと、いいの? 逃げられるかもしれないわよ。そんな理由で」
待つと言う選択が気に入らないのか、リリアが異議を唱えた。
ギルスの逃亡は絶対に無いのかと言われれば、それは保障できない。それでもルーベルがまだこの隠れ家にいて、リリアの魔力探知で隠れ家にギルスらしき魔力を感じられるのであれば、まだギルスはこの隠れ家にいるのだとオリバーは信じたかった。
「ねーさん、また建物壊す気?」
一方のヴァネッサは戦う気が無いのか、そもそも武器を構えてすらいない。先ほどは強引に押し通る事を提案したものの、今戦闘が起きるという事は全く考えていないようだ。
「あれはあなたがやれって言ったんでしょ」
リリアは以前建物内で炎の魔術を使って、建物を倒壊させたことがある。そう言ってしまえば聞こえがわるいが、あれはヴァネッサの作戦であった。
「せっかく戦わないって方向で話がまとまりそうなんだから、大人しく待とうよ」
ヴァネッサもギルスが逃げるとは考えていないのだろう。
「だいたい向こうが戦うつもりなんだから、戦ってどかせばいいじゃない」
リリアだけが、今すぐギルスに会いに行った方がいいと考えているようだ。そんなリリアに対して、ヴァネッサが何故戦う必要が無いと思っているのか、その理由を打ち明ける。
「人間二人を人質にしなかった時点で、本気じゃないでしょ」
一階にはミランダと魔術師が寝ている部屋がある。ルーベルがその気になればその二人を人質にするという手もあったはずだ。それをしなかったというのは、本気でオリバー達と戦うつもりはないという事だが、オリバーはすっかりその事を忘れていた。
ヴァネッサが寝ている二人の事を考えていたのならば、最初からそれを言って欲しかったという思いがオリバーの中に浮かんだが、ヴァネッサもまた、オリバーの事を試していたのかもしれない。
「まあ、確かに」
リリアもそこまで言われれば、ルーベルに戦意がないと考えたようだ。
「そうね。私はあの二人には手を出さなかったわ。それは、ベッドに仕掛けがあって、触れなかったっていう理由があるけどね」
ルーベルは人間二人を人質にしなかった事を認めつつも、それは渋々といった理由があるようだ。
オリバーは昨日のヴァネッサとの会話を思い出す。そういえばベッドの仕掛けがどうとか言っていたが、あれはオリバーのベッドではなく、あの二人に対してのものだったようだ。
「気付いたの?」
仕掛けをした張本人のヴァネッサが白々しく聞き返す。
「わざと気づくように仕掛けたんでしょ。あれだけ露骨に魔力が溢れてれば気が付かない方がおかしいわよ」
ルーベルの口ぶりからして、魔術的な罠をベッドに仕掛けたようだ。
「なかったら二人を人質にした?」
ヴァネッサはルーベルの指摘を否定せずに別の質問をした。
そう言われてオリバーはふと考える。もしも、ルーベルが二人を人質に取っていたとしたら、今と同じしただろうか。もしかするとヴァネッサは、こうなる事を見越してあの二人を守ってくれたのかもしれない。
「かもしれないわね」
ルーベルの返事は強がりなのかもしれない。だとしても、今こうして戦闘にならずに場を収める事が出来たのであれば、ヴァネッサが罠を仕掛けたのは正解だったのだろう。
「ところで、どんな罠を仕掛けたんだ? 俺があの二人に近づいても大丈夫なのか?」
罠の話は昨日の夜に聞いた時点ではただの冗談だと思っていたのだが、本当にオリバーのベッドに罠が仕掛けられていたらどうなっていたのか、その詳細にオリバーは興味があった。
何より今の状態であの二人にオリバーが近づいても罠は発動するのだろうか。
「近づいてみれば分かるよ」
まさか命に関わるような仕掛けが発動することは無いだろうが。罠があると分かった上であの二人に近づくというのは気が引けるところがある。
そんな話をしていると一人の足音が近づいてきた。
「ルーベル、もういいよ。全部話そう」
渦中のエルフ、ギルスが自ら姿を現し、二階から降りてきた。
「ギルス、聞いてたの?」
意外だったのか、ルーベルが驚いたように顔を上げる。この反応を見るに、ルーベルが一人で出てきたのはルーベルの独断だったのだろう。
「ああ、そりゃこれだけ騒がれたら、聞こえるよ」
言われてみれば、双方共に議論に熱が入り、声が大きくなっていた事は否定できない。
「いや、聞かせるつもりはなかったんだが」
とはいえオリバーとしてはギルスに聞かせようという意図があって、わざ声を大きくしたのではない。
「いいさ。いずれ話そうと思っていたことだよ。まあ、説明するまでもなく大体の事は理解してそうだけどね」
●
ギルスとルーベルが一階に降りて来る。
「大丈夫だよ。君達とやりあうつもりはない。長い話になるか、座らないかい?」
最初に自身が席に着く事で周りの警戒を解こうと思ったのかギルスが真っ先に適当な席に座った。ついでルーベルがギルスの近くにあった椅子に座る。
それを見たオリバーた達三人は、各々適当な椅子に座った。先に口を開いたのはギルスであった。
「さて、あの治療が何だったのかもう気が付いていると思うけど、一応どうして気が付いたのか聞いてもいいかい?」
その言葉は、半ばオリバーの推理が正しいと認めているようなものだ。とりあえずオリバーはギルスの質問に答える事にする。
「薄々変だとは思ってたんだよ。何故彼女の元に行かなかったのか、何故彼女の居場所を頑なに言わなかったのか」
マリルが遠い場所に居るという理由で、場所を繫ぐ魔術で遠隔治療をするのは理屈に敵っていたが、ギルスがマリルの居場所を言わなかった事にオリバーは違和感を覚えていた。
「それで気が付いたのかい?」
苦笑いをしながら先を促すギルスは、完全に観念しているように見える。
「一番変だと思ったのは、彼女と連絡を取る様子が全くなかったのに、彼女が今日俺たちがあの魔法を使ったらすぐに応えた事だよ。彼女には連絡する必要が無かった。なぜならあれは、場所を繋ぐ魔法じゃない。時間を繋ぐ魔法だった。だから連絡する時間をあらかじめ教える必要は無かった。こっちから向こうのいる時間に向かって魔術を使うから。違うか?」
事前に連絡していないのであれば、こちらが魔術を使うタイミングは向こうはしらないはずだ。さらに深夜にも関わらず、こちらの魔術に直ぐに応答した。
「その通り。あれは場所を繫ぐ魔術ではなく、過去を変える魔術だよ」
ギルスがハッキリと肯定の言葉を口にした。ルーベルの態度から、間違いは無いだろとは思ってはいたが、これでもう疑う余地は無くなった。あの治療に使った魔術は時を繫ぐ魔術であり、過去改変を行ったのだ。
「俺たちを騙したのか?」
そうなると気になるのが、ギルスはどういうつもりだったのかという事だ。
「嘘は一つも言ってないけどね」
確かに嘘は言っていなかったのかもしれない。
ギルスが門の魔術を使い、リリアは門が開いた状態を維持するという約束をしただけ。約束が果たされれば、場所を繫ぐ魔術を使うとは言ったが、治療そのものに場所を繫ぐ魔術を使うとは言わなかった。しかしオリバーはその言葉だけでギルスを許す気にはなれなかった。
「故意に事実を隠しただろう」
嘘を言ったのではなく、恣意的な表現で誤った理解を誘った。嘘は言っていないとはいえ、事実を隠したと言うのは否定できない。
「過去を変えると言ったら、君たちは協力してくれたかい?」
予想はしていたが、やはりギルスが気にしていたのは、その点だったのだろう。
「それは、協力しなかったと思う」
だからこそオリバーは素直に自分が思っていた事を口にした。あの時真実を知っていたら、協力したかどうか。
「だろう? 僕は協力してほしかった。だから必要な事を嘘のない範囲で教えた。それだけだよ」
ギルスはマリルを助けるために、第三者の力を借りる必要があった。よって協力を拒否される危険性のある情報はあえて伏せた。そういう事だろう。
自分にとって都合の悪い点は隠し、都合の良い点だけ伝える。そうやって相手を自分にとって都合の良いように動かす。人間社会でもそのような行動を取る者は多い。
「嘘はついてなくても、故意に誤解を招く表現で誤った解釈に誘導したのなら、それは相手からすれば騙されたのと変らない」
いくら嘘は付いていないと言われても、実際にオリバーは真相に気が付いた時に、騙されたと思ったのが本音であった。
「そうだろうね」
ギルスもオリバーを騙したという認識はあったのだろう。苦笑しながらも、その事実を認めた。
「君は彼女の治療が終わったら俺達と行動を共にすると言った。でも俺達とマリルが接すれば過去改変が発覚するのは時間の問題だ。最後まで隠し通すつもりだったのか?」
戦うつもりが無いと言うのであれば、ギルスはこの後どうするつもりなのか。
「それは、成り行きに任せるつもりだったよ。僕はマリルが助かればよかった。その後の事は考えてなかったんだ。君達が僕を殺す可能性も考えたけど、それでもマリルが助かれば僕は満足だよ」
マリルさえ助かれば、自分は死んでも良いと思っていた。つまりは死を覚悟していたという事か。
「そうと分かれば、色々と聞きたい事がある」
ギルスの考えは分かったが、まだ残っている謎があった。
「何だい?」
ギルスはもう観念しているのか、話の流れに任せて先を促した。
「過去のマリルの体はどうなったんだ? 魂を引き抜いたあと、そのまま死体として残ったのか?」
過去からマリルの魂を持って来たとして。体は過去に残ったままだ。さらに、魂を抜かれたという事は死んだという事になる。門の向こう側にはマリルの姿しか見えなかったが、死体はあのままになっているという事なのだろうか。
「そうだよ。三百年前、僕はこの家で彼女の死体を確認して、埋葬した」
三百年前とはいえ、自分のフィアンセの死に纏わる話だ。その心中は如何なるものであろうか。
「門の向こうは三百年前の、この隠れ家だったのか?」
実際に魔術を使った際に、門の向こう側から見えた部屋の内装から、この隠れ家の内装と一致していたためにオリバーは門の向こうがこの隠れ家であったと予想していた。それでもオリバーはギルス本人からその真偽をはっきりとさせておきたかった。
「そうだよ。だからこの場所で治療をする必要があった。門の魔術で過去と繫げる場合は、場所の変更はできないんだ。だから三百年前、マリルが死の直前にいたこの屋敷で、あの魔術を使う必要があったんだ」
やはりオリバーの予想は正しかったようだ。そうなると新たな疑問が生まれる。
「あの時間軸のギルスはこの家に居たのか?」
婚約者であるマリルが重病であるならば、近くで看病していそうなものだが、治療の際に開いた門の向こうにはマリル一人しかいなかった。
一方でギルスの口ぶりはまるでこの家に居たかのようである。
「いや、居なかった」
フィアンセが重病を患っているのであれば、近くで看病をしていたのかと思ったが、予想外の返事が返ってきた。
「どこに居たんだ?」
そうなるとギルスがあの時どこに居たのかが知りたくなる。
「アムーザスだよ。海に用があってね」
オリバーにとって全く予想外の答えが返ってきた。元騎士として、王都の東にある海運都市アムーザスは知っているが、ギルスがそこに一体何の用があったのだろうか。
「マリルを置いて?」
ここは森の中であり、海に行こうとすれば馬車を使ったとしても数日はかかる。そんな場所まで重病のマリルを置いて一人で行ったというのは薄情に感じられた。
「マリルが海を見たいと言ったからね」
どうやら、マリルのために海に行ったようだが、ここまで聞いた話だけではどうにも話の流れが理解できない。
「マリルのために海に行ったっていうのか?」
オリバーはギルスに対して更なる説明を求めた。
「あの当時、マリルは長距離を移動できる状態じゃなかった。それにあの病気は手の施しようが無くて、死ぬのは時間の問題だった。そんな状態で彼女が死ぬ前に海を見たいと言った。だから海に連れて行く約束をした」
そこまでの状況を聞いて、オリバーはようやく話が見えてきた。
「それは、場所を繫ぐ魔術を使って連れて行くつもりだったのか?」
動けないマリルの代わりにギルスが海へ行って、そこで門の魔術を使い、マリルを移動させる。そういう話だろうか。
「その通り。だから僕は一人で海に行った。残念だけど、門の魔術を使っても彼女は応答しなかったけどね」
それでようやく、オリバーの中で話の全容が理解できた。
「間に合わなかったのか」
重病だったマリルは、ギルスが海に到着するまで持たなかったという事か。
「ああ、僕が海からこの隠れ家に戻ってきた時、彼女はもう息を引き取っていた」
ギルスは淡々と過去を語るが、哀愁に満ちた表情は、隠し切れない感情が滲み出ていた。
「じゃあ、あの時門の魔術で繫いだ時間軸は、彼女が死ぬ直前で、ギルスが海に行っている時間軸って事か」
だからこそ、ギルスはマリルに門の魔術を使う事を改めて連絡する必要が無かったのだ。
「そうだよ。元々彼女は、過去の僕と門の魔術を使う約束をしていた。だから今の僕が門の魔術を使っても応答した」
ギルスは重病で死期が迫っていたマリルと海を見せる約束をしたが、結果的に間に合わなかった。それを逆手にとってマリルがまだ生きている時間軸、さらには死の直前を狙って門の魔術を使った。それが事の経緯であった。
「それはつまり、彼女が死ぬ直前に魂を抜き取ったから、あの治療をやってもやらなくても彼女の死は変わらないって事か?」
あの魔術を使う事で過去が変わったか否か。それはオリバーが最も気にしている事でもあった。
「そうだよ。僕としても、世界に大きな変化が出るのは避けたかったからね。影響が出ないようにしたつもりだ。ソウルハンドの特性上、健康な状態の相手からは魂を抜き取るのは難しいっていうのもあるけどね」
そう言えば以前ガエラとの戦いでソウルハンドを使った時にも、魂が不安定なグールからは魂を引き抜くことは出来ても、普通の人間やエルフから強制的に魂を引き抜くことは出来ないという話をしていた。
死ぬ直前の相手から魂を抜けば、例え魂を抜く事で死んだとしても、死と言う結果は変わらない。死んだ場所も変わらない。よって過去は変わらなかった。そういう事なのだろうか。
「門の向こうが三百年間のこの家だとすると、過去が変わったかどうかを確かめる方法は俺にはないけど、ギルスは過去が変わったっていう感覚はあるか? 記憶の齟齬とか、例えばマリルの死体を見つけた時の状況とか」
直接過去に干渉したギルスであれば、何か過去が変わった事による変化を感じているのだろうか。
「いや、僕自身、過去が変わったという認識は無いよ。この家でマリルの死体を見つけたという記憶も変わって無い」
本当に過去が変わったかどうか、オリバーには確かめる方法がない。今ギルスがそう言うのであれば信じるしかないだろう。
「ルーベルは三百年前はどうしていたんだ?」
現在この隠れ家はルーベルの物という扱いになっているようだが、当時ルーベルはこの隠れ家に居なかったのだろうか。
「あたしはこの隠れ家にいたけど、研究で地下に居たのよ。だから門の魔術を使った瞬間に姉さんの近くにはいなかったわ。ギルスよりも先に、姉さんが息を引き取っているのを見つけたけど、ギルスが直ぐに戻ってくるだろうと思って、ギルスが戻るまでは埋葬しなかったわ」
マリルが重病であったとはいえ、ルーベルは研究者だ。一日中マリルの傍に付き添っているという事はしなかったのだろう。
これで事の全容は把握できた。まだ何か聞くべきことが残っているかどうが考え始めたオリバーに対し、ギルスから質問の声が挙がる。
「聞きたいことはそれだけかい? 気が済んだなら、今度は僕から質問をしてもいいかい?」
どうやらギルスにも聞きたい事があったようだ。
「ああ。構わない。」
疑問だった事は一通り確かめたと思ったオリバーは、ギルスの話を聞くことにした。
「マリルが目を覚ましたら、彼女をどうするつもりだい?」
それは、オリバーからも話さなければならないと思っていた事だ。ギルスがオリバー達を騙していたとしたら、マリルをどうするのか。
次話は12/30に投稿予定です。




