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[3-8] 追手

 確かにあの魔物は手負いであり、戦えば勝てるだろうという予想はミランダもしていた。しかし相手がゴーレム以上の存在である事も捨てきれない。

 何より引っかかるのはアイリーンが魔力を検知できないという事だ。あれは本当に魔物なのだろうか。

「隊長は何のために騎士団に入ったんですか? 手柄を立てようとは思わないんですか?」

 戦いに対して消極的なミランダを見て、アランも思う事があったのだろう。ミランダの戦う理由を聞いてきた。ここで隠してもしょうがない。ミランダは正直に答える異にした。

「既に目的は果たしている。余計な危険を冒す必要は無い」

 確かにあの魔物を倒せば評価はされるかもしれない。それでも生きて情報を持ち帰る事が最優先とされる偵察任務で、任務の目的に無い不要な戦いをするというのは、任務を失敗する可能性を高める行為だ。そのような行為は手柄として評価されるよりも、危険を冒したとして懲罰を受ける可能性の方が高いのではないか。

「流石。第一騎士団長を親に持つ人は言う事が違いますね」

 それは、ミランダにとって聞き捨てならない言葉であった。

「何?」

 親という言葉に反応し、今までになくミランダが低い声を出した。そこには隠しきれない苛立ちが滲み出ている。

「親から将来を約束されているような人は、努力は不要ですからね」

 それに気が付いていないのか、それとも相手が不快感を示した事で自分が優位に立ったと思っているのか、アランは先ほどよりも調子づいたような口調で言葉を続けた。

「それは今関係のある事か?」

 ミランダは極力冷静になるように努めたが、その声の低さから、今の一言が彼女に何かしらの感情の変化を与えた事は誰にでもわかるだろう。

「ありますよ。あなたのような親に恵まれた人と違って、俺みたいは奴は手柄を立てないと上に行けないんですよ。あなたは最低限の手柄でも、親のお陰で安泰かもしれませんが、俺は違う。手柄を立てられる時には取りに行く」

 またか、というのがミランダの正直な感想だった。何かにつけて親を引き合いに出され、個人としての意見だと受け取ってもらえない。

 親がいるから。親のおかげ。親の影響。今まで何度も聞いてきた。そう言った周りの目に対する反発から、親の力では無く自分の力で結果を残したいと思うようになった。だからこそ第一騎士団から離れたと言うのに、ここでもそれは変えられないようだ。

「私は安全に帰還する事を第一に考えているだけだ」

 今ミランダが帰還するという選択をしたのは、この任務が偵察任務であり、目標は既に達成しているからだ。わざわざ任務の目標に設定されていない、ゴーレムと戦ったであろう未知の存在に手を出すというのは、任務に関係のないところで命を危険にさらすという事だ。ここで死ねば任務の目標すら達成できなくなる、そうなれば手柄どころではなくなることをアランは考えられないのだろうか。

「俺は手柄の方が大事です」

 それは一時の感情に任せ、勢いで出た言葉なのかもしれない。それでも集団行動を取る事が多い騎士団において、上官からの命令に背くというのは適性が無いと言ってもいい。

「それは騎士としての精神に反してるぞ」

 あまりにも俗物的なアランの物言いに、ミランダは嫌悪感を隠しきれなくなってくる。この男は今も騎士団に所属している以上は騎士として行動するべきだ。それを任務よりも自分の手柄の方が大事などと平然と口にする神経が理解できない。

「隊長もさっき自分で言ったじゃないですか。事件の真相を知るために騎士団を移籍したって。自分のために戦って何が悪いんですか?」

ミランダにとってもこの任務に目的がある。それが個人的な感情である事は否定しない。だからと言って個人的な感情で任務を失敗に追い込むような危険を侵す事を認めるつもりは無い。

「今は任務中だ。任務の目的はゴーレムの存在を確認する事だ。もうゴーレムの存在は分かっている。後は情報を持ち帰るだけだ。余計な危険を冒す必要は無い。自分の個人的目的を持つことは否定しないが、任務中は任務の目標達成を優先すべきだ」

 今が任務中でなければ、アラン個人の意思として、魔物を討伐するというのであれば止めはしない。しかし今は任務として情報を持ち帰るという目的がある。

「あなたがそれを言うんですか?」

 アランはミランダの言う事が納得できていない様子だ。

「今は私が隊長だ」

 今は小隊での行動中であり、その指揮を執るのは隊長であるミランダの役目。ミランダはそう考えていただけであったが、アランが言いたかった事はそうでは無かった。

「そうじゃないですよ。隊長は以前、自分の個人的感情を優先して、弟を逃がしたんじゃないんですか?」

 その話は先ほど否定したのだが、アランはミランダの意見を聞くつもりは無いようだ。それだけでなく、ミランダも個人的感情を優先した事があるのだから、自分にも個人的感情を優先する権利があるというつもりのようだ。

 そもそもガエラ宅からオリバーが逃走した一件については、ミランダは現場にいたとはいえ、オリバーの逃走を手引きするような事はしていない。

「あれは言いがかりだと言っただろう」

 親だけでなく、今度は弟だ。何故こうも自分を非難する時は、家族を口実にされるのか。しかも弟の件については言いがかりだと説明したにも関わらず蒸し返す。

 こういった手合いには、話をするだけ無駄なのだろうか。

「ならそこをどいて下さい」

 最早理論も何もない。何故アランの言っている事は言いがかりだと言っているのに、アランを通さなければいけないのか。この様子ではゴーレムの時と同様に止めてもアランは一人で行く気でいる。

 アランを本気で止めるのであれば実力行使しかないだろう。幸いにもアイリーンという目撃者がいる。ここで実力行使に出たとしても、その正当性はアイリーンが証明してくれるだろう。とはいえ、今実力行使に出るというのは近くに未知の存在がいる状態でアランと剣を交える事を意味する。それはこのままアランを未知の存在と戦わせるよりも危険な行為だ。

それならばここでこれ以上アランと議論するよりも、まずはあの魔物と戦ってみる方が良いのではないか。倒せればミランダにとっても悪魔憑きの手掛かりとなる可能性がある。

そう、あの魔物を討伐できれば、それが手柄となる事は間違い無いだろう。問題は討伐できるかどうかだ。

「分かった。ただし、私も行く。危険だと判断したらすぐに撤退する。いいな?」

 例え相手が危険な相手だったとしても、情報さえ持ち帰る事が出来ればよい。

「いいですよ」

 アランはそう言うが、恐らく敗北する事は考えていないのだろう。それでも今は最悪の展開に備えて言質を取っておく必要がある。

「アイリーン、君も援護してくれるか?」

 ミランダは、黙って話を聞いていたアイリーンに向かって話しかける。相手が剣で倒せる相手か分からない以上、魔術師の協力は必須だ。

「た、倒せるんですか?」

 魔力が感知でいるアイリーンにとって、魔力が感知できない相手というのはゴーレム以上の脅威と思っているのかもしれない。その表情からはあの魔物と戦闘する事に対する不安がありありと伺える。

「今は手負いの状態で、弱っている。恐らくゴーレム同様倒せるだろう。先ほどと同じように、私たちが離れたら魔術で攻撃してくれ」

「わ、分かりました」

 アイリーンは表情にまだ不安が残っていたが、先ほどの魔術の腕を見る限り、大丈夫だろうとミランダは考えていた。

「俺が先に行くんで、二人は後から付いてきて下さいね。俺一人で倒してしまうかもしれませんけどね」

 アイリーンの返事を聞くと、急にアランが仕切りだした。

 余程手柄が欲しいのか、一方的に先陣を切る事を宣言したアランが、そのまま二人の返事を待たずに魔物に近寄って行く。

 ミランダとアイリーンは黙ってその後を足音を立てないように付いていく。まだ向こうはこちらに気が付いていない。

 アランがそのまま距離を詰め、もう相手に逃げられる事はないと思ったのだろう。後ろからアランが剣を構えたまま駆けだして一気に距離を詰める。この距離であれば足音が聞こえている筈なのに向こうは一向に振り向く様子がない。

 聴覚に異常が発生しているのだろうか。ミランダがそんな事を考えている内にアランは間合いにまで接近し後ろから横なぎに剣を振るい、その太刀筋は相手を外すことなく直撃した。

 それを見ていたミランダの立場からすれば、違和感が二つあった。一つ目は、剣が直撃した際の音が、魔物を切った時の音では無く、鎧を切りつけた時のような金属音がした事だ。二つ目は相手は太刀筋が直撃した衝撃で弾き飛ばされた事。つまりは完全に不意打ちが決まったにも関わらず、剣でその体を切り裂く事が出来なかったという事だ。

 つまりは相手はアランの剣劇で切られるというよりは殴り飛ばされるような状況となる。体は軽いのだろうか。ミランダはそんな事を思いながら地面に落ちて転が魔物の事を見ていたが、当時にそれだけで相手が倒せたとも思っていない。

 案の定相手は立ち上がってくる。その体には傷が付いているが、致命傷になっているようには見えないし、血が流れ出て来る様子も無い。

 その背中には。アランの剣劇が命中した証拠として、一本の長い線を引いたかのような傷口が出来ているが、その下には肉ではなく何かが見えている。あれが骨だとするならば、表皮に近い位置に、かなり奇怪な形の骨が付いている事になる。

「何だこいつは・・・」

 その奇妙な光景に思わずアランがそう漏らした。

 一方のミランダは、やはりという感想が強かった。あの時ローベルグが見せた遺物と呼ばれる存在。体が金属でできていて、その骨格は狼のような四本足の獣となっていたあの死骸。特徴は一致する。

 相手は逃げるでも戦うでもなく、ただこちらを見ている。あの傷が原因で満足に動けないのだろうか。

 その不気味さに、ミランダもアランも追撃を掛けずに、相手の出方を伺っている。そんな中で詠唱の終わったアイリーンが相手に向かって手をかざす。

 アランとミランダが離れている今なら魔術で攻撃しても良いと考えたのだろう。ゴーレムの時と同様に、風の刃が対象を引き裂かんと具現化される。

 甲高い音を立てて魔物の体を引き裂き、そのまま立ち上がらなくなった。

 だが生きているのだろう。

 立ち上がりはしないが僅かに動いている。

「何だ、ゴーレムよりもあっけない。」

 アランがそう言うのも無理もない。

 ゴーレムからは反撃があったものの、今度の相手は棒立ちしているだけで全く攻撃してこなかった。

 アランが倒れた魔物に近づき、抜き身の剣で何度か突くと弱々しく動くが、それでも相手が起き上がることは無かった。

「隊長、こいつまだ生きてますけど、どうします?」

 もう相手には戦う力はないと判断したのか、アランは魔物から目線を外してミランダの方を見る。

 未知の相手に対し少し油断しすぎではないかと思いつつ、ミランダも剣を抜刀したまま倒れた魔物に近づいていく。

 近寄ってよく見てみると、風の魔術が命中した場所は、魔術によって切り裂かれているが、そこからの出血は無い。中には何か細かい部品のようなものが見える。それはあの時見た遺物の特徴と一致する。

 相手は未知の存在だ。ここでトドメを刺した方が良いのではないかという思いもある。しかし、あの時のローベルグとのやり取りから考えるに、これは生きた状態を持ち帰った方が、色々と調査に使えるのかもしれない。

「何か運ぶための道具はあるか?」

 ミランダはこのままの状態でこの魔物を持ち帰る事にした。

 恐らくローベルグもこの魔物の生きた状態は見た事が無いだろう。生かしたまま持ち帰れば何か手掛かりになるはずだ。

 まだ生きているとはいえ、立ち上がる事もできない。このまま持ち帰ったとしても何か危害を加えて来る事は無いだろう。

 あるいは、持ち帰る事には息絶えているかもしれない。そう思うぐらい相手の動きは弱々しいものであった。

「そんなのある訳ないじゃないですか。任務の目的に生け捕りはなかったでしょう。」

 まるで持っていない事を自慢するかのような言い方であった。先ほどまでは任務の目的にはない魔物の討伐について積極的な姿勢を取っていた人物の台詞とはとても思えない。

「あ、あの、一応布袋なら持ってます。これぐらいの大きさなら入りますよ。縄もある程度なら持ってます」

 研究職の性なのか、アイリーンは魔物一体が入る位の布袋を持ってきていた。彼女は、持ち物の中から大きな布袋と縄を取り出して広げて見せた。たしかにこの魔物であれば入りそうな大きさであった。

「念のため口と手足を縛って運ぼう」

 アイリーンは縄を受取り、まずは魔物の口を縛り始める。アランは魔物に直に触るのが怖いのか、それを黙って見ていた。

 一方のアイリーンは未知の魔物に興味があるのか、直にその手で触って感触を確かめていた。

「こ、これ、鉄でしょうか?」

 自らの魔術で切り裂いた魔物の体。出血が全くない不自然な傷口を指で触り、その手触りから、普通の体ではないと考えたのだろう。

「そうだな、剣でも切れない事を考えると、ゴーレムに近い存在なのかもしれない」

 ミランダもローベルグ遺物を見せられた時に、体を構成する物質が肉や骨ではなく、金属ではないかと予想したが、アイリーンも同じ考えに至ったようだ。

 そうこうしている内に、口と両足を縛り終わる。それを見たアイリーンが布袋の口を広げたため、その中にミランダが魔物を収納する。

 アランは全く手伝う素振りを見せなかったが、魔物に直接触る事に抵抗があるのだろうか。ここまで来るとミランダは言っても無駄だろうと思い、アランに協力を頼もうとは思わなかった。

「よし、帰還するぞ」

 袋に詰める作業が終わりミランダが立ち上がると、アランが声をかけてきた。

「俺が持ちますよ」

 魔物を袋に入れる作業を黙って見ていたアランが荷物持ちの役割を自ら買って出た。

「ああ、頼む」

 その行動を少し意外に思いながらも、特に断る理由も無いため、荷物持ちはアランに任せる異にした。

 この任務の目的はゴーレムの存在有無確認であり、ゴーレムと戦っていたであろう敵の正体を突き止める事までは含まれていない。

 とはいえローベルグとしてもゴーレムと別の何者かが戦っていたという点については聞いているし、その正体らしき魔物を生け捕りにして連れて帰れば何か分かる事があるかもしれない。

 それを考えるのであれば、瀕死の状態にまで追い込んだこの個体をそのまま持ち帰るというのは、間違いではない。この敵を解析すれば敵の正体を突き止める手掛かりとなる可能性がある。

 悪魔憑きの正体を求めて、この任務に就いたミランダであれば、生きた状態のこの魔物を悪魔憑きの有力な手掛かりとして持ち帰ろうとするのは、当然の事なのかもしれない。

 だがミランダ達はこの敵の習性を知らなかった。


 ●


 ヴァネッサが使い魔を飛ばしてから、あまり時間が経たないうちに。再度音が聞こえた。

「またか」

 オリバーがそう呟く。

「この森で何か起きてるのかしら」

 リリアがそう心配するのも無理もない。

「ルーベルは長年この森に隠れ住んでたから、今更何か起きるとは思えないんだけどね」

 ルーベルの事情を知っているギルスからすれば、何か起きているとは思いたくはないのだろうが、それでも何者かが戦っているような音が聞こえてきたのは事実だ。

「まだ見つからないか?」

 痺れをきらしたかのように、オリバーがヴァネッサに尋ねる。

「ここは森の中だよ。そう簡単には見つからない」

 木が生い茂っているため、空から見下ろしたとしても、そう簡単には地上で起きている異変を見つける事はできない。急かしたからと言ってどうにかなる事ではないのだろう。

「そうか」

 二回に分けて戦闘の音が聞こえたという事は、音の発生源はそれほど好戦的な性格をしているのだろうか。

 そうなると下手に動くよりも、ヴァネッサに位置を特定してもらい、避けるようにしてルーベルと合流した方が良い。

 今はまだ、ヴァネッサが音の発生源を突き止めるのを待つべきである。その考え方は、ある意味で正しく、ある意味で間違っていた。


 ●


 ミランダ達三人は、魔物を生け捕りにしてから帰路に付いていた。

生け捕りにした魔物を持っているのはアランである。

 持ってくれる事自体はありがたいのだが、それなりに重量があるため、少しばかり移動速度は低下した。

 また、ずっと持たせておくのは不公平かと思い、ミランダは交代で持つことを提案したが、アランはそれを拒否した。

 まるでこれを持ち帰れば、その分手柄が増えるとでも考えていそうな口ぶりであったが、余計な事を言うと面倒な事になりそうだったので、本人がやる気なのであれば、アランに任せる事にした。

 荷物の所為で移動速度が遅くなっているアランは三人の最後尾となり、ミランダとアイリーンが適宜歩くスピードを落としながら、離れすぎないように注意していた。

 そして、異変が起きた。

 いや、奇襲を受けたと表現した方が正しいのかもしれない。茂みの横から何かが飛び出し、アランに飛び掛かる。

「くそっ!」

 咄嗟にのけぞりそれを避けるアランだったが、荷物を持っている事もあり、完全に避ける事ができなかった。

 彼の顔には横に小さく切り傷が入っており、そこから血が僅かに滴っている。

「アラン! 無事か!?」

 思わずミランダはアランに向かって叫ぶ。

「かすり傷です」

 アランは血を拭いながら、持っていた布袋を、乱暴に地面に落とし剣を抜く。その先には自らを攻撃した魔物の姿がいる。

 アランを攻撃した魔物は、最初の攻撃で致命傷を与える事は出来なかったが身軽な動きで道の中央に立ちふさがるように立ち止まった。

 その外見は、先ほど生け捕りにした魔物と同一である。同一種族だろうか。

三人が歩みを止める。

「一体だけで俺たちに勝てると思ったんですかね」

 先ほど一度倒している事からその表情からは余裕が伺える。傷を負ったのは不意打ちだったからであり、正面から戦えば負けはしないという考えが伺える。

「油断するな、さっきのは手負いだったがこいつは違う」

 ミランダは対象的に、目の前に現れた獣に危機感を持っていた。先ほどの魔物は確かに動きが鈍かったが、それは手負いであったからという可能性が高い。今目の前に出てきた魔物は手負いではない。そう考えると、先ほどのようにあっさりと倒せる可能性は考えない方が良いと踏んでいた。

 何よりも、見た所先ほど生け捕りにした魔物と恐らくは同種の魔物である。それが、ミランダ達の行く手を阻むように現れた。それは一体何を意味するのか。

「こ、攻撃しますか?」

 アイリーンも杖を構え戦闘態勢に入る。先ほどの戦闘結果から、相手の体は固く、武器による攻撃は効果が薄い事が分かっている。致命傷を与えるのであれば、アイリーンの魔法になるだろうというのは三人の共通認識だ。

 不意に、物音がした。それに釣られ、後ろを振り返ったアイリーンが悲鳴に近い声を上げる。

「た、隊長、後ろにもいます」

「何?」

 アイリーンの言葉を受け、振り返ったミランダにも、一体の姿が目に入る。その獣はミランダ達が先ほど来た道にいつの間にか立ちふさがっており、今のミランダ達は二体に挟み撃ちをされている状況だ。

「まさか仲間を呼んだのか?」

 口は縛っておいた。鳴き声は、少なくともミランダの耳には聞こえなかった。

とはいえ、魔物を生け捕った直後に、同種の魔物が襲ってきたというのは、助けを呼んだからと考えるのが道理だ。

 だとすると鳴き声以外の方法を使ったというのか。

さらに、前後を塞ぐように現れるというのは、ある程度の知能があるという事。群れで獲物を囲み、逃げられない様にするという戦略的な行動を取る魔物という事だ。

 最初に戦闘したのが一匹だけであったため、近くに仲間がいたという可能性を失念していた。生きた状態を一度も見たことのない新種の魔物という事も災いした。

 もっと早く気が付くべきだった。アイリーンが魔力を探知できないという事は、相手から接近されたとしても、目視するまではこちらは気が付けないと言う事。

 気が付けば、至るとこにその姿が見える。

 茂みからさらにもう一体ずつ魔物が姿を現し、前に二匹、後ろに二匹に挟まれた状態になる。茂みの中に残っている魔物を加えれば、合計何体に囲まれているのかは分からない。今はただ四匹だけが、まるで逃げ道を塞ぐかのように、露骨に道を塞ぐように姿を現しただけにすぎない。

「囲まれた…」

 アランの口から、絶望を隠しきれない声が漏れる。

 最初の一匹がこちらに見える位置に来たのは合図だったのか、あるいはこちらの動きを止める事が目的だったのか。気が付けば前後以外にも茂みの中に複数の獣の姿が見え隠れしている。

「アイリーンを守れ!」

 アイリーンを間に挟む位置にして、ミランダとアランが背中合わせに立ち、二人とも剣を抜き臨戦態勢に入る。

 魔術師であるアイリーンは、騎士であるミランダとアランに比べ、体力が低く、身に着けている防具も耐久力が低い。囲まれたのであれば騎士である二人が魔術師であるアイリーンを守りながら戦うのが定石だ。

 相手の体は固い。攻撃するにはアイリーンの魔術が必須だろう。いや、だがそれ以前にもっと大きな問題がある。

「敵の数が…」

 そう言ったアランの声にも焦りの色が見えた。

 手負いの一体ですら、剣で倒せず魔術を使ったというのに、四匹と対峙している。しかも逃げ場を封じるように前後からだ。

 茂みの中にはまだ何体か隠れている。合計で何体いるかは考えたくもない。状況は一気に絶望的になっている。

「大丈夫だ。一体ずつ倒せば…」

 そんな状況でもミランダは戦意を失わないよう、この場を切り抜ける方策を考える。

 倒すのにはアイリーンの魔術が必要だが、前後から挟み撃ちされている。恐らくアイリーンが魔術を使おうとすれば妨害されるだろう。

 つまりは一体ずつ倒すという事は前後からの攻撃を防ぎつつアイリーンに魔術を使わせる必要があり、さらに相手に命中させる必要がある。先ほどの魔物と異なり、今目の前に居る四対は手負いではない。大人しくアイリーンの魔術を大人しく食らうとは思えないが、かといってアイリーンを守りつつ、相手の動きを封じる事が出来るだろうか。

「俺は前をやるんで、隊長は後ろの二匹をお願いします。」

 先に動いたのはアランだった。

 ミランダの返事を待たず、アランが進行方向にいた二匹に向かって斬りかかる。一対二になってしまうが、今ミランダがアランに加勢すれば、後方にいる二匹がアイリーンに襲い掛かるだろう。

「アイリーン、動いている相手を狙えるか?」

 独断で動いたアランの行動に、怒りと驚きの両方を感じていたが、今さらアランを咎めても事態は好転しない。今はアイリーンとどう動くかを考えるべきだ。

「ご、ごめんなさい」

 ミランダの問いに、アイリーンは謝罪で返した。

 出来ないという意味だろう。元々偵察任務、加えて戦うとしてもゴーレムを想定していたのだ。動いている相手を狙えないからと言って、アイリーンを責める事は出来ない。

 分かってはいたが、そうなると状況はさらに絶望的だ。何としてもこの包囲を突破しなければ、全滅する危険すらある。

「そうか。なら二匹同時に倒すような広範囲の魔術は?」

 ミランダは冷静を装ってアイリーンに再度質問をする。

「え、詠唱に時間が掛かりますが一応使えます」

 幸いにもこれには可能という返事であった。ならば二体同時に倒すという手もある。

 いや、前方にも魔物はいる。詠唱中に狙われる危険性を考えれば、やはり確実に一匹ずつ倒す方が賢明ではないか。

 さらに、視界に居る四匹以外にも茂みに何匹か隠れている。長時間の詠唱を行わせるのは得策ではない。

「アイリーン、相手は体が硬い。武器で倒しきるのは難しいだろう。私は可能な限り相手の動きを封じる。隙があったら一匹ずつ魔術で倒してくれ」

「わ、分かりました」

 アイリーンの返事を聞くと、ミランダは後方の二匹に距離を詰める。

 相手もアイリーンを警戒しているのか直ぐには仕掛けてこない。かといってミランダとしてもアイリーンから離れすぎるわけにはいかない。茂みの中に複数匹の魔物が残っている事はミランダでも分かっている。睨み合いが続く。

 向こうには攻撃する気が無いのか。そしてふと気が付く。前方で戦っている。アランからは金属音が聞こえる。

 後方の二匹は仕掛ける様子が無いのに、前方の二匹だけ戦闘しているというのはどういう事か。極力隙を作らないよう、前方のアランに視線を向け、様子を確認する。

 そしてアランがアイリーンからかなり離れてしまっている事に気が付く。

あれはアランが一方的に攻め込んでいるのだ。アランの攻撃は何度か敵に当たっている事は、金属音がする事からも明白だが、魔物の動きが鈍る様子は無い。ただじりじりじりと後退し、アランはそれを追い、結果的にアイリーンとアランの距離が離れている。

 アイリーンを警戒しているのだろうか。

 こちらの分断を狙ってあえてアランとアイリーンの距離を離させるのが目的だろうか。群れで行動し、こちらの退路を塞ぐように現れたのだ。その程度の知恵は回るのかもしれない。

 茂みの中にはまだ何匹か様子を見ている魔物が居るのは分かっている。アランが離れている今、アイリーンを襲う絶好の機会だがそれをしない。それは何故か。アイリーンの魔術を恐れているのか。

 ふと、アイリーンの近くに置き去りにされた布袋が目に入る。

 ミランダは一つの決断をして、後方の二匹に剣を向けながらゆっくりとアイリーンに向かって下がっていく。

「アイリーン、よく聞け」

「は、はい」

「アランに合流する。その荷物は置いていく。いいな?」

 魔物が襲ってきた理由。恐らくは生け捕りにした魔物を取り返しに来たのだろう。敵の攻撃が消極的なところをみると、あれを置いていけば、追撃はしてこない可能性がある。この状況で敵を全滅させる事は難しい。今は生き残る事を考えるべきだ。

「わ、分かりました」

 これは賭けになるが、三人全員で前方を突破すれば、まだ勝機はある。ミランダは一か八かの賭けに出る事にした。

「後ろは守る。走れ!」

 アイリーンが駆け出す足音を合図に、ミランダも後ろに下がる速度を上げる。するとそれを待っていたかのように茂みからさらに二体の魔物が姿を現すが、アイリーンとミランダには目もくれずに置き去りにされた袋に向かい、袋を破こうと爪と牙を立てる。

 やはりミランダの読み通り、相手の目的はこちらの殺害ではなく、生け捕りにされたあの魔物の奪還のようだ。

「隊長! なにやってるんですか!!」

 ミランダが魔物を置き去りにした事に気が付いたのかアランが声を上げる。

「あれは置いていく! 逃げるぞ!」

 ミランダは後方の四匹には背を向け走り出し、アランへと駆け寄る。これなら三体二。前方の二匹だけを突破するなら十分勝機はある。

「それはできません!」

 アランが駆け出す。戸惑うアイリーンの横を通り過ぎ、制止しようとしたミランダの横を通り過ぎ、生け捕った魔物が入っている袋へと向かう。

 袋を引き裂こうとしていた魔物がアランに気が付く。今まで戦いに消極的だった魔物が一転して引こうとせず、アランへと襲い掛かる。元々後方にいた二匹も加わって四対一の構図だ。

「離れろっ!」

 それを倒そうとアラン剣を振るうが、やはり相手の体は固く、剣劇があったところで傷を付けることは出来ても致命傷にはなっていない。

「アラン! よせ!」

 一瞬、ミランダも加勢に向かおうと考えたが、そうなればアイリーンが前方にいる二匹に襲われる。今アイリーンを傍を離れる事はできない。

 そして、一つの考えがミランダの頭をよぎる。

 これは偵察任務。生きて帰るのが優先。そうであるならば、このままアランを囮として、アイリーンと二人で逃げた方が良いのではないか。

 アイリーンは魔術師だ。この魔物と戦うには欠かせない。この場を逃げ出したとしても追ってくる可能性がある。このままアランとアイリーンを失うくらいなら、アイリーンと共に帰還する事の方が重要ではないか。

「アラン! はやくこっちに来い!」

 ではなぜ今自分はアランを呼び戻そうとしているのか。それは自分が今隊長だからだ。

「嫌です! これは持ち帰ります!」

 分かっていた。アランは応じたりしないだろう。ではアランの加勢にいくか。それはアイリーンを危険に晒す。それは出来ない。

 だとするなら、自分が取るべきはこのままアランを呼び続けるか。アイリーンと共に逃げるか。

 以前グールと戦った時も部下を一人失った。もうあんな思いはしなくない。かといってこのままアランに加勢しても全滅するのは目に見えている。だからこそ声を張り上げてアランには引き上げるよう命令を下す。

「生きて帰るのが優先だ! このままだと死ぬぞ!」

 それが、最後のチャンスだった。

「俺は諦めません!」

 なぜなら、ミランダはそれ以上アランに声を掛けることが出来なかった。

 一人で四匹の魔物を同時に相手をするというのは実質不可能である。アランが善戦していたのは、彼の剣の腕によるものだけではない。

 魔物の狙いは、ミランダ達が持ち帰ろうとしていた、瀕死の魔物だったのだ。その魔物を入れた袋が、度重なる攻撃をうけ、穴が開き、中に入っていた魔物が外へと姿を現す。

 まるでそれが合図であったかのように新手が姿を現した。

 三人とも目を奪われた。見た事の無い存在に。

次話は8/26に投稿予定です。

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