第6話 市場の仕入れ
要が足を止めている間にも、縞模様の尾を持つ男は大股でこちらへ近づいてきた。
近くで見ると、かなり大きい。善一郎より頭ひとつは高く、肩幅も広い。頭の上にある虎のような耳が、周囲のざわめきを拾うようにわずかに動いた。
「久しぶりってほどでもないだろ。先週も来たじゃねえか」
「一週間会わなければ久しぶりだよ」
「年寄りの一週間は長いってか?」
「ローエンよりは長く生きてるからねぇ」
善一郎は平然と返した。
ローエンと呼ばれた男は豪快に笑うと、今度は要へ視線を向けた。
「で、そっちの若いのは?」
「うちで働いてる要くん」
「八神要です」
「ローエンだ。見りゃ分かると思うが、ここで商売してる」
そう言って、ローエンは自分の後ろを親指で示した。
通りに面した店先には木箱や籠がいくつも並び、見覚えのある野菜によく似たものから、要には名前すら見当のつかないものまで山積みにされている。
赤い実はトマトに見えるが、少し細長い。隣の籠に入っている葉物はほうれん草に似ているものの、葉脈が淡い紫色をしていた。
要はその葉を見て、眉を寄せる。
どこかで見た。
「これ……」
「気づいた?」
善一郎が横から覗き込んできた。
「店で使ってるやつですよね」
「そうそう」
以前、仕込みを手伝ったときに見た葉物だ。ほうれん草だと思っていたのに、よく見ると色も形も微妙に違っていた。
あのときは品種の違いか何かだと思った。
「つまり、店の食材って」
「全部じゃないけど、こっちから仕入れてるものも多いよ」
「最初に聞いたとき、それ言ってくれればよかったんじゃないですか」
「言っても信じなかったでしょう?」
アルバイトを始めたばかりの頃に、店主から「この野菜は異世界から仕入れている」と言われていたらどうしただろう。
たぶん、冗談だと思った。
「……まあ、そうですね」
「でしょう?」
善一郎が満足そうに頷く。
「おいおい、店先で納得してないで仕事しろ。今日は何がいるんだ?」
ローエンが二人の間に割って入った。
善一郎は手押し台車を店先へ寄せると、ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。
「いつもの野菜をいくつか。あと、先週頼んでおいた果物も」
「ああ、取ってある。奥だ」
ローエンは店の中へ入り、ほどなく木箱を抱えて戻ってきた。
大きさの割に軽そうに持っているが、台車へ下ろしたときには鈍い音がした。
要は箱の中を覗く。
丸い黄色の果物が、藁の上に十個ほど並んでいた。大きさはリンゴくらいだが、表面には細かな赤い斑点がある。
「これ、何です?」
「ルーメの実だ」
ローエンが答えた。
「甘いぞ。そのまま食ってもうまいし、煮てもいい」
「へえ」
「食ってみるか?」
「売り物じゃないんですか」
「味も知らずに運ぶのか?」
そう言うなり、ローエンは店先の籠から一つ取った。
「いや、それ商品ですよね」
「俺の商品だ」
「そうですけど」
ローエンは腰から小さなナイフを抜き、実を二つに割った。中は淡い橙色で、中心に小さな種がいくつも集まっている。
片方を差し出され、要は少し迷ってから受け取った。
「皮ごといける」
言われた通りにかじる。
しゃり、とリンゴに近い歯触りがした。直後に強い甘みが広がり、そのあとから柑橘のような酸味が追いかけてくる。
「……うまい」
「だろ?」
ローエンが得意げに笑った。
「それ、今日のケーキに使おうと思ってるんだよ」
善一郎が言う。
要は手元の実と木箱を見比べた。
「これがケーキになるんですか」
「帰ってからのお楽しみだねぇ」
「俺も食べられます?」
「働いたらね」
「じゃあ働きます」
即答すると、善一郎が笑った。
「現金だねぇ」
「給料以外の福利厚生は大事なんで」
「若いの、面白いな」
ローエンまで笑っている。
要としては特に面白いことを言ったつもりはない。
その後は、善一郎が品物を選び、ローエンが箱へ詰め、要が台車へ運ぶことになった。
葉物の束。赤い実。見たことのない細長い芋のようなもの。箱が増えるたび、空だった台車が少しずつ埋まっていく。
「要くん、それは下に置いて」
「はい」
「そっちは上だ。潰れるぞ」
ローエンからも声が飛ぶ。
「先に言ってください」
「今言っただろ」
「持ち上げたあとに」
「若いんだから、それくらい持ってろ」
要は箱を抱えたままローエンを見る。
ローエンは悪びれもせず、次の籠を善一郎へ見せていた。
「マスター、この人いつもこんな感じですか」
「今日は大人しいほうかな」
「これで?」
「おい善一郎、余計なこと言うな」
「本当のことだろう?」
二人のやり取りを聞きながら、要は箱を台車の下段へ押し込んだ。
長い付き合いなのだろう。言葉遣いに遠慮がない割に、仕入れの話になると確認は早い。善一郎が欲しい品と量を伝えれば、ローエンはほとんど迷わず品物を揃えていく。
やがて台車の半分ほどが木箱で埋まった。
「こんなもんか」
ローエンが腰に手を当てる。
善一郎は紙と積まれた箱を見比べ、頷いた。
「うん。今日はこれでいいよ」
「次は?」
「たぶん来週だねぇ」
「じゃあ、いいのが入ったら取っとく」
「頼むよ」
話がまとまったらしい。
要は台車の取っ手へ手を掛けた。来たときとは違い、押してみるとずしりと重い。
「これ、帰りは俺が押すんですか」
「そのつもりだけど?」
善一郎が不思議そうに首を傾げた。
「聞いてないんですけど」
「今言ったよ」
さっきも似たようなことを聞いた気がする。
要は何も言わず、ローエンを見る。
ローエンは肩を揺らして笑っていた。
「頑張れ、若いの」
「他人事ですね」
「俺の仕事はここまでだからな」
否定できない。
要は諦めて台車を押し出した。
「じゃあ、戻りますか」
善一郎は要の横を通り過ぎ、そのまま市場の奥へ向かって歩いていく。
「マスター」
「うん?」
「森、そっちじゃないですよね」
「そうだねぇ」
「店に戻るんじゃないんですか」
善一郎は振り返り、当然のように言った。
「まだ仕入れ、終わってないよ」
要は足元から台車へ視線を移した。
すでに十分重い。
「……まだあるんですか」
「もちろん」
善一郎は笑って、さらに市場の奥を指した。
「次は茶葉を取りに行こうか」
どうやら、初めての異世界はまだ帰らせてくれないらしい。
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