↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶むすびの杜 ~バイト先の裏口が異世界への門で、俺が雇われたのは偶然じゃなかったらしい~  作者: あずきまんま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/21

第19話 出雲の予定

 康平と千織が帰る頃には、窓から入る光がテーブルの端まで伸びていた。


「お茶、ごちそうさま。また飲みに来るね」


 会計を終えた千織が、要へ顔を向ける。


「次はマスターが淹れるかもしれないけど」


「要くんが淹れる日でもいいよ」


「俺はケーキがある日に来る」


 康平が続けると、千織は呆れたように笑った。二人を見送った要は、空いたテーブルを片づけてから、残っていた仕事へ戻った。


 その後も何人か客が来た。善一郎の淹れたコーヒーを運び、注文を聞き、食器を下げる。自分で茶を淹れたのは二人の分だけだったが、仕事が終わる頃には、足にも少し疲れが出ていた。


「今日はここまででいいよ。お疲れさま」


 善一郎に声を掛けられ、要は時計を見た。


「お疲れさまです」


 店にはもう客がいなかった。要が鞄を取りに厨房へ入ると、善一郎はカウンターの下から一冊の手帳を出した。


 仕入れの予定でも確かめているのかと思ったが、開いたページを見たまま、しばらく動かない。


「何か忘れたんですか」


「いや。まだ少し先の予定を見ていてね」


 善一郎はペンを持ち、余白へ何か書き込んだ。


「秋に、何日か店を休むことになると思う。日が決まったら、要くんにも早めに伝えるよ」


「旅行ですか」


「出雲へね」


 要は鞄を肩へ掛けかけ、手を止めた。


 出雲という地名は知っている。大きな神社があるところだったはずだが、場所を聞かれたら、地図を見ないと少し怪しい。


「神社に行くんですか」


「うん。挨拶をしに」


「マスターもお参りとかするんですね」


 言ってから、妙な聞き方だったかもしれないと思った。喫茶店の店主がお参りをしてはいけない理由はない。


 善一郎は手帳から顔を上げた。


「するよ。顔を合わせておきたい方もいるしねぇ」


「……大国さんとか?」


「そう。あの方にも会うよ」


 要は鞄をカウンターの椅子へ置いた。


 観光旅行の話ではないらしい。


「そこ、もうちょっと普通に説明してもらっていいですか」


「座るかい?」


「話、長いんですか」


「要くんがどれだけ聞くかによるかな」


 前にも聞いたような返事だった。要は鞄を隣へ移し、椅子に座った。


 善一郎は手帳を脇へ置く。


「神無月って、聞いたことはある?」


「月の呼び方ですよね。神様がいないって書くやつ」


「うん。その頃、神々が出雲へ集まるんだよ」


 要は少し考えた。学校でそんな話を聞いたことがあるような気もする。詳しく覚えてはいなかったが、神様がどこかへ集まるという話自体は、まったく初めてでもなかった。


「それ、本当に集まるんですか」


「集まるよ」


 善一郎は、店に常連客が来る話と変わらない調子で答えた。


 要はカウンターへ目を落とした。昨日、ここで味噌天神様が茶を飲んでいた。その前には大国主様がケーキを食べていた。今さら集まりだけを否定しても、あまり意味がないのかもしれない。


「……じゃあ、大国さん以外も?」


「もちろん」


「味噌天神さんも行くんですか」


「今年の予定は、本人に聞いてみないとね」


 何でも善一郎が知っているわけではないらしい。要は頷いてから、改めて手帳へ目を向けた。


「それに、マスターも行くんですよね」


「そうだよ」


「神様じゃないのに?」


 善一郎が目を細めた。要はその顔を見て、余計な質問をした気がしたが、もう遅い。


「長い付き合いだからね。店のことも、ご挨拶しておきたいんだ」


「店のこと?」


「こちらも変わりなくやっています、って」


 コーヒーを売って、ケーキを焼いているという報告なのだろうか。


 要は厨房の奥へ目を向けた。あの扉のことも知っている大国主様へ挨拶に行くなら、ほかの神様にも、同じように店の事情を知る人がいるのかもしれない。


「バイトを雇いました、とかも?」


「それは話すと思うよ」


「俺の話、どこまでしてるんですか」


「一緒に仕入れに行ったことは、大国さんに話したね」


「聞きました」


 善一郎は笑った。


「昨日はお茶を淹れてくれたし、今日はお友達にも飲んでもらった。そういう話もできるねぇ」


「全部報告しなくていいです」


「そうかい? 要くんが手伝ってくれるようになって、僕は助かっているんだけど」


 要は返事をせず、椅子の横に置いた鞄の持ち手を直した。


 窓の下で猫が体を起こした。こちらが仕事を終えたことまで分かるわけではないだろうが、もう帰るつもりで待っているように見える。


 要は善一郎へ視線を戻した。


「出雲に行ってる間、店はどうするんですか」


「休みにするよ」


 答えを聞いて、要は肩の力を少し抜いた。


「よかった」


「一人でやってみたいかい?」


「無理です」


 今は茶を淹れるだけでも見てもらっている。コーヒーも料理も、善一郎がいなければ出せない。


「返事が早いねぇ」


「できないことを、できるって言うほうが困るでしょう」


「その通りだね」


 善一郎は頷き、手帳を閉じた。


「日程が決まったら、入口にもお知らせを出そう。要くんにも手伝ってもらえるかな」


「それなら、店番よりはできます」


 要が答えると、善一郎は声を出して笑った。


 休みの知らせなら、自分にも作れる。何日から何日までと分かれば、客に聞かれても答えられる。神様へ挨拶に行くという事情まで、張り紙に書く必要はないだろう。


「客に聞かれたら、何て言います?」


「店主の都合で、お休みします、でいいよ」


「そこは企業秘密じゃないんですね」


「それがいい?」


「都合で、でいいです」


 善一郎はまだ笑っていた。要は鞄を取り、椅子から立った。


 秋の予定が決まるまで、まだ時間はありそうだった。明日の勤務が急に変わるわけでもない。ただ、これからもずっと善一郎がカウンターに立っているものだと、何となく思っていたことに気づく。


 善一郎には、店を休んででも会いに行く相手がいる。


「神様が集まるって、何するんですか」


 鞄を肩へ掛けながら尋ねると、善一郎は手帳をカウンターの下へ戻した。


「それは、大国さんに聞いてみるといいよ。僕は挨拶に行く側だからね」


「また縁の話にされそうですけど」


「そこも含めて、何を聞くか考えておこうか」


「含めたくないです」


 善一郎の笑い声を背に、要は扉を開けた。


 外の猫が立ち上がり、足元へ来る。要は頭を一度撫でてから、マンションの入口へ向かった。


 まだ聞いていないことは、店の裏側だけにあるわけではないらしい。


 鞄の中には、茶の淹れ方と感想を書いたメモ帳がある。次に大国主様が来たら、出雲で何をするのか聞いてみよう。


 縁の話を始められる前に、自分から聞けばいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。