第67話 血路を開く爪牙、分断の結界壁
ドガァァァンッ────!!
凄まじい肉斤と衝撃の轟音が大地を激しく震わせた。
数百を超える大妖たちの軍勢が、仮面退魔師たちの無機質な防衛陣形へと真っ正面から激突したのだ。
先頭を猛進するのは、大天狗・御館直属の猛者たる側近の大天狗たち。
彼らは丸太のような鉄棍を容赦なく振り下ろし、迫り来る退魔師の群れを力任せに打ち砕きながら、帝の屋敷へと繋がる一本の血路を開こうと試みる。
しかし――。
「くそぅ……! 数が……数が多すぎる……っ!?」
先頭の側近天狗が、血に濡れた顔で叫びを上げた。
倒しても、斬り倒しても、無感情な仮面の退魔師たちが底なしの湧き水のごとく次々と押し寄せてくる。
やがて大妖たちの怒濤の進軍速度は急速に鈍り、ついには足を止められかねない完全な包囲網へと引きずり込まれつつあった。
その一瞬の停滞を逃さず、死臭を纏う退魔師たちが左右から大妖の群れを完全に囲い込んでいく。
「どけぇぇぇっ! このまま足止めを喰らえば……挟み撃ちで全滅してしまうぞっ!?」
大天狗が焦燥の叫びを上げた、まさにその時であった。
「……お前らは、揃いも揃ってバカなのか?」
低く、研ぎ澄まされた冷ややかな声が戦場を射抜いた。
次の瞬間――!
ヒュンッ────!!
三つのしなやかな影が、側近天狗の頭上を飛び越えて前線へと躍り出た。
その影が交錯した直後、前列に群がっていた退魔師たちの手足が瞬時に宙を舞い、血飛沫とともに地面へと崩れ落ちていく。
天狗たちが目を見開いた先――そこに立っていたのは、一風の迅雷のごとき鋭い構えを見せる大鎌鼬、そしてその息子とその妻の三匹の鎌鼬であった。
「まずは御館様と千鶴様を……あの化け物・カミーラのもとへ無傷で送り届けるのが最優先だろうが」
大鎌鼬が、冷徹な眼差しで前方を見据えたまま言い放つ。
「無駄に重い鉄棍で一叩きするより、関節を片っ端から刃で切り裂く方がずっと手早いわ」
女の鎌鼬が、研ぎ澄まされた両腕の鎌を優雅に構えながら言った。
「親父! ここは俺たちに任せて、親父は御館様の側へついて行ってくれ!」
息子の鎌鼬も、退魔師の群れを牽制しながら叫ぶ。
「バカを言うな! お前たちを残して行けるか! まだ幼い窮奇と時雨を遺してどうするつもりじゃっ!?」
大鎌鼬は、我が子とその妻を交互に見つめた。
二人を死地に置き去りにして、己だけが安全な後方へ引き下がるなどできるはずもない。
だが、息子の鎌鼬は、返り血を拭いながら不敵な笑みを浮かべた。
「親父には……他に真っ先にやらなきゃいけないことがあるんじゃないですか?」
「……何……?」
「千鶴様が目を覚ましたら、真っ先に謝るんでしょう? だったら……こんな雑魚どもの前で死んでる場合じゃないですよ」
「なっ……!」
大鎌鼬の屈強な表情が、わずかに強張った。
女の鎌鼬も、愛する夫の横で優しく、だが揺るぎない笑みを浮かべる。
「それに……私たちだって、ここで無駄死にするつもりはありません。生きて子供たちの元へ帰るために……前へ出るんです」
その言葉には、一切の迷いがない確かな覚悟が宿っていた。
大鎌鼬は二人を見つめ、歯が折れるほど強く唇を噛み締めた。
まさに、その時――。
「ならば! 先頭の盾はわしが引き受けようっ!!」
地響きのような重厚な声が響き渡った。
大きな岩石の塊のような巨躯を誇る大妖・岩王が、重い足音とともに前へと進み出たのだ。
「頑丈さと防御力なら、このわしの右に出る者はおらん! お前たちは両翼に回り、退魔師どもの隙を切り裂けっ!」
岩王は豪快に胸を叩いて笑うと、巨大な岩石の拳を固く握り締めた。
「……すまぬ」
大鎌鼬は悔しさと感謝を押し殺すように呟くと、二人の若い鎌鼬の背中を一度だけ強く叩き、御館たちの待つ後方へと下がっていった。
「さあ! 仕切り直しだぁぁぁっ!!」
岩王が地を揺らして吠えた。
ドゴォォォンッ────!!
山のごとき巨大な拳が振り下ろされ、正面に塞がっていた無数の退魔師たちがまとめて空へ吹き飛ぶ。
岩王が自らの巨体で力ずくの道を切り開き、その左右を鎌鼬の夫婦が目にも留まらぬ速度で疾走していく。
側近の大天狗たちも再び息を吹き返して鉄棍を振り上げ、勢いを取り戻した大妖の軍勢は、数千の防衛線を怒濤の勢いで食い破っていった。
やがて――。
無数の死闘をくぐり抜け、大妖たちはついに帝の屋敷の広大な門前へと辿り着いた。
「はぁ……はぁ……。さあ、着きましたよ、御館様! 早く屋敷の中へっ!」
岩王が全身から汗と血を吹き出しながら、御館を促した。
だが、御館はすぐには動かなかった。
門の向こうに広がる屋敷の広大な敷地には、不気味なほどに静まり返り、生者の人影が一切存在しない。
その不自然極まりない静寂が、かえって胸を突き刺すような胸騒ぎを膨らませていく。
御館は、背負う千鶴を庇うようにゆっくりと背後を振り返った。
「……これは……」
そこにいたのは、満身創痍のわずかな大妖たちだけであった。
出陣の際には千人近くいた誇り高き仲間たちが、今や百人にも満たない数へと激減している。
しかも、残された大妖たちの背後には、追撃してきた数千の退魔師の大軍勢が逃げ場を完全に塞ぐように押し寄せていた。
「お前たち……っ!?」
御館の巨顔が苦痛に歪む。
その時、息子の鎌鼬が、追いついた大鎌鼬の背中を強引に屋敷の中へ押し込んだ。
「親父も! 御館様と一緒に先へ行けっ!!」
「なっ……何をする!?」
不意を突かれた大鎌鼬は、そのまま門の内側へと押し込まれた。
「お前たち……ここで死ぬ気か!?」
御館が、門の外に残った大妖たちに向かって血吐くような叫びを上げた。
すると、息子の鎌鼬は呆れたように肩をすくめて見せた。
「何を言ってるんですか、御館様? 屋敷の中に潜む化け物どもを相手にするより、数が多いだけの雑魚を相手にする方が、俺たちにとっちゃよっぽど気楽に暴れられるってだけですよ!」
「そうそう!」
女の鎌鼬も、楽しげに両腕の鎌をクルリと回転させた。
「お守り役の御館様や千鶴様がいなくなりましたし……これで何の気兼ねもなく、思いっきり暴れまわれますね!」
「お前たち……っ!!」
御館はギリギリと奥歯を噛み締め、絶句した。
目の前に立ち塞がる仲間たちは、自暴自棄になって残ったわけではない。
自らの果たすべき最期の役目を誰よりも深く理解した上で、御館と千鶴、そして優哉を確実に先へ進ませるために、自らを盾としてこの地に踏みとどまったのだ。
巨躯の岩王が一歩前へ踏み出した。
「御館様。必ずや……あの元凶の化け物どもをブチ殺してきてくだされっ!」
そう言い放つと、岩王は丸太のような両手を力任せに地面へと叩きつけた。
「ぬぅぅぅぅんっ──────!!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ──────!!!!
大地が激動の悲鳴を上げた。
次の瞬間、屋敷の門と境界を取り囲むように、巨大な岩壁が地面から突き上がり、瞬く間に一帯を包み込んでいく。
そびえ立つ断崖のごとき岩壁は屋敷全体を優しく包み込むように連なり、やがてその内側を外界の戦場から完全に隔絶した。
それはまさに、命を賭して紡ぎ出された絶対の岩石結界であった。
これで、御館たちが突入する決戦の道と、残された大妖たちが殿として戦う死地は完全に見えなくなった。
「さあ……思いっきり暴れ回るぞぁぁぁっ────!!」
岩壁の向こう側から、岩王の地鳴りのような雄叫びが轟いた。
鎌鼬の夫婦も、左右に美しく疾風の鎌を構える。
「一匹たりとも、この門より先へは通さない!」
「覚悟しなさい、傀儡の退魔師どもっ!」
残された大妖たちは一斉に歓喜の咆哮を上げ、押し寄せる数千の敵へと向き直っていった。
岩壁で守られた背後で、御館たちは静まり返る屋敷の深部へと足を進めていく。
御館は一度だけ立ち止まり、背後の岩壁の向こうにいるかけがえのない仲間たちへと視線を向けた。
「……必ず、生きてお前たちのもとへ戻ってくるぞ」
その硬い誓いを胸の奥深く刻み込み、御館は前を向いた。
屋敷の奥で待ち受けるのは、絶対の宿敵・カミーラと皇綺羅。
そして、九尾の王・クラマを奪還するための、すべてを賭けた最終決戦であった。




