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黒刀と瑠璃眼の少女  作者: あると


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第37話 烏山の大天狗

クラマは鼻歌を歌いながら、足取りも軽く駅へ続く坂道を下っていた。

「ふんふふ~ん♪ クレープ、クレープじゃ~♪」

小さな背中には、全身から溢れ出んばかりの期待感が漂っている。

やがて目の前に無人の古びた駅舎が見えてくると、クラマは嬉しそうにクルリと振り返った。

「さあ、九十九よ! 早くわらわをその至高の『くれーぷ』とやらの元へ案内せい!」

「…………」

九十九の顔から、一瞬で血の気が引いた。

(やっば……)

青ざめた九十九は、今になって絶望的な事実を思い出したのだ。

(そういえば……ここ、周囲に田んぼと定食屋が一軒あるだけの無人駅じゃんっ!?)

「……まさか」

クラマの無邪気な笑顔が、氷のように冷たく引き攣っていく。

「おぬし……わらわを騙したのではなかろうな?」

「そ、そそそ、そんなわけないだろ!?」

九十九は派手に視線を泳がせた。

「ち、ちょっとここで待ってろって!」

言い捨てるや否や、九十九は脱兎のごとく駅前の古びた定食屋へと駆け込んでいった。

しばらくして――。

九十九が妙にギコチナイ歩き方で戻ってきた。両手を背中に隠し、何かを必死に隠している。

「して……わらわのクレープはどこじゃ?」

クラマがジト目で九十九を睨みつける。

「じゃじゃ~ん!」

九十九が勢いよく両手を差し出した。

「さあ召し上がれ! これぞ現代の至宝、クレープだ!」

そこにあったのは――紙カップに入った、棒のついたアイスクリームだった。

「……ちょっと、九十九」

葉月が目を見開き、呆れ果てた顔をする。

「これって、どう見てもアイ――」

「んぐっ!?」

九十九は間一髪で葉月の口を力任せに塞いだ。

クラマは目の前のアイスを見つめると、疑いもなく目を輝かせ、勢いよく木のスプーンで頬張った。

「んん~~~っ!」

そして――。

「なんじゃ、この冷たくてとろける甘さはぁぁぁぁぁっ!!」

静かな山あいの駅前に、クラマの咆哮が木霊した。

「しーっ! 声が大きいって!」

九十九は冷汗を流しながら慌てて口元に指を当てる。そして保身のために自分の分のアイスまでクラマへ献上した。

「ほら、俺の分もやるから!」

「おおっ! おぬし、なかなか気の利く奴ではないか!」

クラマは上機嫌で二つ目のアイスへ手を伸ばした。

そんな二人を見て、葉月は溜息をつきながら口を解放させた。

「あなた……嘘はいけないわよ」

「何をしておる!」

クラマがスプーンを構えたまま怒鳴った。

「わらわは今、この至高の『くれーぷ』を心ゆくまで味わっておるのじゃ! 邪魔をするな!」

「そうだぞ、葉月」

九十九も図々しく便乗する。

「クラマ様が感動してんだから水差すなよな」

「…………」

葉月は頬をぷくっと膨らませると

「……知らないんだから」と呟き、ぷいっと顔を背けて自分のアイスを食べ始めたのだった。


アイスを食べ終え、ガタゴトとローカル線に揺られることしばらく。

三人は目的地であるT県・烏山へと到着した。

電車を降り、駅の外へ出た三人は思わず足を止めた。

「へぇ……」

九十九が周囲を見回す。

先ほどまでの閑散とした田舎駅とは打って変わり、烏山の駅前は活気があり、商店街が立ち並んでいる。

すると――。

「あっ!」

葉月が意地悪そうな笑みを浮かべ、声を上げた。

「あれを見てください、クラマ様!」

葉月が指差した先に、色鮮やかな一軒の専門店があった。

店先には大きく――『焼き立てクレープ』の文字と、生クリームが溢れる写真。

「…………」

クラマの動きが、ピタリと止まった。

九十九の額から、滝のような冷や汗が吹き出す。

「クラマ様……」葉月がニヤリと口元を歪めた。「あれが、正真正銘の本物の『クレープ』です」

「おい、葉月……っ!?」

九十九が恐る恐るクラマの顔を覗き込む。

「お・ぬ・し……」

ゴゴゴゴゴゴ……っ!!

クラマの小さな身体から、怒号のような禍々しい妖気がゆらりと立ち上った。

「わらわを……欺いたのかぁぁぁぁぁっ!!」

「すみませんでしたぁぁぁっ!!」

九十九はその場にダイナミックに土下座した。

「好きなだけ食べてください! 俺の奢りで!!」

「最初からそう言えば免じてやったものをっ!!」

「いやだってあの時は……っ!」

助けを求めて葉月を見る九十九。

しかし葉月は――「あっかんべー」と可愛らしく舌を出して見せた。

こうして、激怒したクラマと乗っかった葉月による、怒濤の『クレープ祭り』が開催された。

十個を超えたあたりで、財布を絞り尽くされた九十九は遠い目をする。

「クラマさん……あんまり食べると太って、由香に怒られるぞ……」

「なんじゃとおぉっ!?」

「なんでもありません!」九十九は即座に口を塞いだ。

やがて――。

「ふはぁ……満腹じゃ……!」

お腹をぽんぽんと叩き、クラマは至福の表情を浮かべた。

(食い物の恨みって本当に恐ろしいな……)と、九十九は心から痛感したのだった。


「よし。遊びはここまでじゃ」

クラマが表情を一変させ、立ち上がる。

三人は烏山の賑やかな街並みを抜け、禍々しい霊気が漂う山道へと足を踏み入れた。

しばらく鬱蒼とした森を進むと、巨大な苔むした鳥居が一つ、ぽつりと佇んでいた。

「ここじゃ」

クラマが足を止める。

「どいておれ」

九十九が思わず一歩下がる。

クラマは右手の鋭い爪を静かに伸ばすと――空間そのものを一閃、横一文字に切り裂いた。

ズバァァンッ!!

裂け目から異界の気が溢れ出し、空間の向こう側に重厚な古びた大門が姿を現す。

「うわ……空間を切り開いた……」

九十九が呆然と呟く中、クラマは何事もなかったかのように門をくぐり抜けた。

門の先には、どこまでも続く巨大な石造りの階段が聳え立っていた。

その入り口に立ち塞がったのは、漆黒の羽を背に生やした二人組の『烏天狗』であった。

「止まれっ!!」

一人がギラリと光る長槍を構え、威嚇する。

「この先は大天狗様の霊域! 何者だ!?」

「御館様に会いに来た」

クラマは小さく胸を張り、尊大に言い放った。

「クラマが会いに来たと伝えよ」

「……クラマ……だと?」

烏天狗たちは不審そうに顔を見合わせた後、鼻で笑った。

「ハッ、噂の九尾の王か何か知らんが、前当主の御館様はすでに隠居されたわ!」

「何じゃと?」

「今のこの山を取り仕切っているのは、――大天狗のアラタ様だ!」

「ふん、誰が当主だろうとどうでもよいわ」

クラマは興味なさそうに腕を組んだ。

「それより、ここへ鎌鼬の兄弟が来ておらんか? わらわの仲間じゃ」

「鎌鼬の兄弟だぁ?」

烏天狗の一人が、心底蔑むような歪んだ笑みを浮かべた。

「ああ……あの惨めな落ちこぼれたちのことか!」

クラマの目線が、わずかに低くなった。

「知っておるのだな?」

「ああ、もちろんだとも!」烏天狗は嘲笑を深める。「人間風情に伝来の『玉手箱』をまんまと奪われた、救いようのない間抜けどもだろう?」

「…………」

「アラタ様のお怒りは凄まじくてな。

明日の朝、見せしめに首を跳ねて処刑される予定だ」

「けっけっけ、今頃広場で磔にされて、恐怖に震えながら泣き叫んでいる頃だろうよ!」

烏天狗たちがゲラゲラと下品な笑い声を響かせた。

その瞬間。

―――――ッ。

山全体の空気が、一瞬にして極度に凍りついた。

風が止まり、鳥の囀りすら絶える。

「……おぬしら……」

クラマの声から、一切の感情が削ぎ落とされていた。

背後でゆらりと持ち上がった一本の尾。そこへ、凶悪な紫電がバチバチと奔走し始める。

『クラマ、まずいっ! やめろ!!』

体内の水狐が叫んだ。

『頭を冷やせ! ここで騒ぎを起こせば鎌鼬たちが真っ先に殺されるぞ!!』

だが――遅かった。

九尾の王の逆鱗に触れたのだ。

「――『轟雷』」

ドガァァァァァァンッ────────っ!!!!

天を裂いて振り下ろされた極大の稲妻が、二人の烏天狗を容赦なく直撃した。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

「ぐはっ……!?」

凄まじい放電と肉が焦げる臭いとともに、二人の烏天狗は一瞬で白目を剥き、崩れ落ちた。

「ああぁぁ……やりすぎだってぇ……」水狐の絶望的な声が響く。

九十九と葉月も息を呑んだ。

だが、クラマは倒れた門番など視界にも入れず、静かな、けれど底なしの殺気を孕んだ瞳で、山頂へと続く果てしない階段を見上げていた。

「わらわの仲間を……嘲笑い、傷つけるか」

クラマの爪が、激しい怒りにギリギリと音を立てて伸びていく。

「万死に値するわ……っ!!」

その凄まじい雷鳴と妖気を察知し、山頂の社から次々と異形の妖魔たちが群がり現れた。

「何事だ!?」

「門番がやられたぞ!」

「襲撃だ! 侵入者を殺せっ!!」

無数の武器が剥かれ、殺気立った妖魔の群れが階段を駆け下りてくる。

だが、クラマは不敵に、そして禍々しく口元を歪めた。

「九十九! 葉月っ!」

「おうっ!!」

九十九は黒刀を抜き放ち、葉月もまた札を構えて前傾姿勢をとる。

「鎌鼬どもを救い出し、あのアラタとかいう不届き者の首を引っつかむぞ!」

九尾の王の怒号が、烏山全体を激しく揺らした。

「邪魔立てする雑種どもは――一匹残らず、叩き潰して進むぞっ!!!!」

「「おおおおおっ!!!!」」

怒れる九尾の王と二人の陰陽師は、迫り来る妖魔の群勢に向け、嵐のような勢いで階段を駆け上がっていった。

囚われの鎌鼬、そして立ち塞がる大天狗アラタ。

烏山を舞台とした、血風吹き荒れる新たな戦いの火蓋が、今まさに切って落とされたのだった。

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