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黒刀と瑠璃眼の少女  作者: あると


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第11話 封印の檻と駆ける刃

一角の妖魔は、大地を踏み鳴らしながらゆっくりと二人の前へと歩みを進めてきた。

ズシン……。

重苦しい一歩。

ズシン……。

また一歩。

その小山のような巨体が動くたび、足元の地面が震動で小さく跳ね上がる。

「さて……」

一角は獰猛な眼光で周囲を見回すと、足元に転がっていた軽自動車ほどもある巨大な岩塊へと巨腕を伸ばした。

「まずは――」

丸太のような片手で、岩を羽毛のように軽々と持ち上げる。

「――こいつから潰すか」

ブォンッ!!

空気を切り裂く凄まじい咆哮とともに、巨大な岩塊が投擲された。

「クラマっ!!」

九十九の絶叫が響く。

迫り来る巨大な影を見据え、クラマは無事な右腕を閃光の速さで振り抜いた。

「邪魔じゃっ!!」

漆黒の妖気が爪となって急伸びする。

ズバァァンッ!!

巨大な岩塊は一瞬にして真っ二つに切り裂かれ、九十九たちの左右へと爆音を立てて吹き飛んだ。

「……なに!?」

だが、クラマは安堵する間もなく眉をひそめた。

「遅いぞ」

突風とともに、目の前へと一角の巨体が肉薄していた。

「っ――!?」

視界を覆い尽くすほどの巨大な拳が振り下ろされる。

クラマは咄嗟に左腕を掲げてガード姿勢を取ろうとした。

だが――。

「……動か……んっ!?」

鵺の呪符と純銀のナイフによって深く苛まれた左腕は、激痛と麻痺によりピクリとも動かなかった。

クラマは土壇場で苦笑を漏らす。

「これは……流石にまずいのう」

ドゴォォォォンッ!!

一角の無慈悲な拳が、クラマの顔面を正面から捉えた。

「ぐはっ……!?」

華奢な身体が弾き飛ぶ。

地面を何度も跳ねながら転がり、最後は背後の巨大な岩へと激しく叩きつけられた。

「クラマ――――っ!!」

九十九がボロボロの身体を揺らし、駆け寄ろうとする。

クラマは岩にもたれかかりながら、血を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。

「……なんじゃ、この傷は……っ」

肩に深々と刺さった銀のナイフへ、震える手で触れる。

「銀で切られたところだけ……再生が……治らんぞ……」

傷口からは今もダラダラと赤い血が滲み続け、彼女の妖力を削ぎ落としていた。

九十九は歯が折れるほど強く唇を噛みしめた。

「……クラマ」

膝の震えを力でねじ伏せ、ふらつきながら立ち上がる。

九十九は満身創痍の身体でクラマの前へと踏み出した。

「俺が……お前を守る……っ!」

一角はその光景を面白そうに見下ろし、凶悪に口元を吊り上げた。

「ほう……。まだ動ける体力が残っていたか」

巨躯を折り曲げ、両手をゆっくりと地面へ押し当てる。

「なら――」

ズズズズズ……!!

大地が悲鳴を上げ、二人の周囲の地面が大きく隆起し始めた。

「――逃げられんようにするか」

一角の背後、そして左右から、見上げるような巨大な岩壁が次々とせり上がっていく。

まるで巨大な死の檻のように、迫りくる岩肌が二人を閉じ込めようと蠢く。

「クラマっ! 逃げろっ!!」

九十九が叫ぶ。

だが、クラマは迫り来る死の壁を見つめ、不敵に舌打ちをした。

「……邪魔じゃ」

「え……?」

次の瞬間――。

ドンッ!!

「うわっ!?」

クラマの無事な右手が、九十九の胸を強く突き飛ばしていた。

「クラマァァァっ!!」

九十九の身体が、間一髪でせり上がる岩壁の隙間から外へと転がり出る。

その直後――。

ゴゴゴゴゴゴ……!!

巨大な岩壁が完全に噛み合わさり、密閉された。

クラマの姿が、完全に視界から遮断される。

「クラマぁぁぁぁぁっ!!」

九十九は血を吐きながら立ち上がり、固く閉ざされた岩壁へと飛びついた。

だが――。

パァァァン……!!

岩壁の表面に、禍々しい無数の光の紋様が疾走した。

巨大な結界が即座に展開され、空間そのものがぐにゃりと歪んでいく。

そして――。

クラマを閉じ込めた岩壁は、結界の空間ごと跡形もなく消え去った。

「……そんな……ウソだろ……っ」

ぽっかりと空いた空間を前に、九十九は呆然と立ち尽くす。

しかし、次の瞬間には血走った眼で顔を跳ね上げた。

「……コンっ!!」

腰の黒刀の柄へと握りこぶしを叩きつける。

「応えろコン! 尾獣が閉じ込められた封印の場所を教えろ!!」

黒刀の柄から、面倒くさそうな青年の声が返ってきた。

『……知るわけないだろ。結界で空間ごと転移されたんだぞ? そんな簡単に居場所が分かるわけ……』

「頼むっ!!」

九十九は握りしめた拳を震わせ、魂を吐き出すように叫んだ。

「クラマを……あいつを助けたいんだっ!!」

『…………』

「お前……本当は薄々分かってるんだろ!? お願いだコン……っ!!」

九十九の声は、切実な祈りのように小さく震えていた。

長い沈黙が流れる。

やがて、黒刀の中からコンの深い溜息が漏れ聞こえた。

『……ハァ、分かったよ。ただし、期待はするなよ? 俺だって確信があるわけじゃないんだからな』

「……っ!!」

九十九が固唾をのんで頷く。

コンは意識を研ぎ澄まし、黒刀を通じて周囲に漂う微小な妖気を探り始めた。

『………………』

そして、ゆっくりと黒刀の意識がひとつの方向へと固定される。

『……たぶん、あっちだ』

九十九の視線の先――遠くに黒々とそびえ立つ、霊山の山頂を指し示した。

『あの山の上に、濃密な結界の残滓を感じる』

言い終わるより早く、九十九は地面を蹴っていた。

「ありがとうっ!!」

『おい待て! まだ確実と決まったわけじゃ――』

コンの制止の声を背に受けながら、九十九は山頂へと続く果てしない石段を、激痛を忘れて爆速で駆け上がっていく。

だが――。

「グルルルル……」

石段の途中、鬱蒼とした木々の影から獰猛な影が躍り出た。

妖魔だ。

一体。二体。……十体。

あっという間に石段を覆い尽くすほどの異形が群がり、爪を研ぐ。

「……なるほどな」

九十九は駆け上がりながら、腰の黒刀の柄――鵺によって巻き付けられた『退魔の紐』が結ばれた柄へと手を掛けた。

「でかしたぞ、コン」

口元に凄絶な笑みを浮かべる。

「どうやら――」

シャキィィィンッ!!

黒刀を一気に抜き放つ。

「――大当たりだったらしいなっ!!」

群がる妖魔たちが一斉に牙を剥いて襲いかかる。

「邪魔だぁぁぁぁぁっ!!」

黒刀が描く漆黒の軌跡。

一閃。二閃。三閃。

退魔の紐から溢れ出る強力な波導を受け、黒刀の一撃は群がる妖魔たちを次々と霧散させ、紫煙へと変えていく。

九十九は一瞬たりとも足を止めない。

ただひたすらクラマを取り戻すため、山頂を目指して駆け抜けた。

一方――遮断された結界の内部。

クラマは襲い来る一角の猛攻を、満身創痍の身体で必死にかわし続けていた。

「はぁ……はぁ……っ!!」

ドゴンッ!!

一角の巨拳が地面を粉砕し、クレーターを作り出す。

「くっ……!」

クラマは横へと跳び、間一髪で直撃を避ける。

一角の攻撃は力任せで圧倒的な破壊力を持つが、その動き自体は単調だ。

見切りさえできれば、避けること自体は不可能ではない。

だが――問題はクラマ自身の肉体だった。

鵺から受けた『禁』の呪い。

そして純銀のナイフが突き刺さった両足から、刻一刻と流れ出し続ける鮮血。

「……そろそろ限界かのう……」

クラマの口から荒い息が漏れる。

だが、その瑠璃色の瞳の光だけは死んでいなかった。

じっと一角の予備動作を見据える。

(……あやつは力任せの愚者。ならば――)

クラマは極限の集中力で、たった一度の機を待つ。

一角が腕を大きく引き絞り、振り上げた。

「死ねぇぇぇいっ!!」

大きな隙を晒す、渾身の大振り。

「今じゃっ!!」

クラマは足の激痛をねじ伏せ、一気に一角の懐へと潜り込んだ。

「――っ!?」

右腕の爪を一点に集中させ、突き出す。

ズドンッ!!

漆黒の爪が、一角の胸元へと深々と突き刺さった。

「これで――終わりじゃっ!!」

パキンッ!!

硬質で重厚な岩が粉々に砕け散る音が響く。

だが――。

「……な……っ!?」

クラマの表情が凍りついた。

砕けたのは、一角の胸を厚く覆っていた重装甲の岩の『一番外側の一枚』だけだったのだ。

「……これしか……砕けぬというのか……っ!?」

一角は傷ひとつない胸を見下ろし、凶悪にニヤリと笑った。

「ククク……残念だったな」

「――ッ!?」

次の瞬間。

ゴッ!!

一角の丸太のような巨大な拳が、至近距離からクラマの小さな身体を打ち抜いた。

「ぐあぁぁっ!?」

クラマはボールのように弾き飛ぶと、結界の硬質な壁へと激しく叩きつけられた。

ズズン……。

壁を滑り落ち、クラマは力なく地面へと伏す。

「……っ」

もう、立ち上がれない。

指先ひとつ、ピクリと動かすことすら叶わなかった。

一角は地鳴りを立てて、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「九尾の王……。どんな化け物かと思えば……」

崩れ落ちたクラマの目の前まで来ると、心底見下すように嗤った。

「噂ほどでもないな。それとも――」

凶悪な拳を固く握り締める。

「――俺が強すぎたのかなぁ!? ははははははっ!!」

高慢な笑い声が、閉ざされた結界の内部に空しく響き渡る。

クラマは落ちていく意識の中で、薄く目を開いた。

そして、かすれた声で静かに呟く。

「……殺せ」

一角の笑みが、いっそう深く残忍に歪んだ。

「そうか。なら――」

ゆっくりと、トドメの巨腕を天高く振り上げる。

「――死ねよ」

山のような巨大な拳が、動けないクラマを目がけて無慈悲に振り下ろされた。

ドゴォォォン

結界内に無慈悲な音が響き渡った。

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