第0079撃「父へ。いつまでも変わらぬ愛を」の巻
平成4年1992年、6月、高校1年の1学期。
家には、小生と愛犬のぺるしかいませんでした。
ぺるはリビングのソファに腹ばいになり、
退屈そうに前脚を伸ばしています。
祖母も母も外出していて、
家のなかは妙に静かでした。
そこへ突然、電話のベルが鳴りました。
受話器を取ると、
父でした。
久しぶりの父の声。
およそ何年ぶりだったでしょう。
最初のひと言を聞いただけで、
懐かしさのようなものが胸の奥から込み上げてきました。
けれども今回の電話は、
どこか様子が違っていました。
以前なら父は、
「元気にしてるか?
お母さんに代わってくれるか?」
と言い、
ほどなく母へ受話器を渡す流れになるのでした。
ところが、その日は違いました。
父は母のことを尋ねません。
その代わりに、
静かな声でこう言ったのです。
「直時、お父さんと会いたいか?」
不意を突かれました。
すごく会いたい……。
電話越しに声を聞けただけでも、
嬉しくてたまらなかった。
それなのに。
長いあいだ会えなかった寂しさだったのか。
しばらく放っておかれていたことへの悲しさだったのか。
あるいは、
ただ意地を張ってしまっただけなのか。
本当なら、
〈会いたい〉
そのひと言だけで良かったのです。
子どもらしく甘えて、
素直にそう言えば良かった。
けれど小生は、
なぜか心にもない言葉を選んでしまいました。
「とくに会いたいとも思わないけど……」
受話器を持ちながら、
自分でも嘘だと分かる言葉でした。
電話の向こうで、
少しだけ間が空きました。
そして父は、
「そうか……。
元気でやるんやぞ」
とだけ言いました。
その声は、
どこか残念そうで、
どこか諦めたようでもありました。
電話は、そこで終わりました。
その後。
父から電話がかかってくることは、
二度とありませんでした。
あれが、
この人生で父の声を聞いた最後の瞬間になるとは、
そのときの小生は、
思いもよりませんでした。
受話器の向こうの沈黙も。
「元気でやるんやぞ」というひと言も。
あまりにも短い別れの挨拶だったように思えます。
六月八日。
大阪市が梅雨入りしたと、
ニュース番組が伝えていました。
窓の外には、
重たそうな雲が垂れ込めていました。
まるで季節が、
静かにひとつ区切りを告げているかのようでした。
織田哲郎「いつまでも変わらぬ愛を」(1992年)
YouTubeで視聴する https://youtu.be/0B_QUJRv6y0?si=DyxL9He30QutDTA2
続く。果てしなく続く……。
(まだまだ続くよーっ!お楽しみに〜!)
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