第0083撃「メタ氏、鍵盤に触れる!!」の巻
平成4年1992年、7月、高校1年の夏休み。
七月二十一日。
いよいよ、待ちに待った夏休みが始まりました。
それは、夏休みが始まって間もない頃のことでした。
「あんた、楽器のキーボード欲しいか?」
母が、新聞に挟まれていた駅前の大型電器店のチラシを眺めながら、
何気なくそう訊ねました。
あまりに突然のことで、
小生は喜びを隠せませんでした。
母の胸の内は、
きっとこんな思いだったのではないでしょうか。
〈勉強をしても、何をやらせても長続きせず、
一家の何の役にも立たない穀潰しの息子が、
ようやく夢中になれるものを見つけた。
先日、エレキギターを買って以来、
労働基準法の労働時間など軽々と超えてしまうほど、
朝から晩までジャンジャカとかき鳴らしていた。
ところが、
ほどなくして壊してしまい、
肩を落としていたと思ったら、
今度は友達からフォークギターを譲り受け、
寝食も忘れて練習を再開した。
それもまた壊してしまい、
すっかり静かになってしまった。
ならば、
せめてもう一度だけ夢中になれるものを与えてあげたい。
ひょっとしたら、
楽器の才能でも花開くかもしれない〉
そんな親心だったのかもしれません。
翌日。
母と一緒に、泡嶋駅前(仮名)の大型電器店へ向かいました。
楽器売場へ行くと、
チラシに載っていたキーボードが、
堂々と展示されていました。
思っていた以上に大きく、
厚みもあります。
本格的なプロ仕様には及ばないのでしょうが、
周囲に並ぶ入門機が、
どこか子ども用のおもちゃに見えてしまうほど、
立派な存在感を放っていました。
「直時。
ほんじゃ、これでええんやね?」
断る理由など、
小生には一つもありません。
そのままレジで会計を済ませ、
母とふたり、
大きな箱を抱えて家路につきました。
泡嶋駅前から、マンションフォーエバーまでは七百メートルほど。
普段なら、十分か十二分も歩けば着く距離です。
ところが、キーボードの箱は見た目以上に重く、
家へ着くまで二十分近く掛かったように思います。
途中、市営住宅の近くまで来たところで、
マンションの向かいにあるローソンの店長の奥さんと出会いました。
「まぁ! 何を買ったん?」
驚いたように訊かれました。
「母がキーボードを買ってくれたんです」
小生が嬉しそうに答えると、
母は照れくさそうに笑うだけでした。
帰宅してからも、ひと騒動でした。
小生は昔から、
こういう組み立てや準備は、
どうにも苦手です。
箱から取り出し、
ACアダプターをつなぎ、
譜面台を差し込み、
あれこれ説明書とにらめっこしながら動き回っていたのは、
結局ほとんど母でした。
「さあ。
何か音を出してみなさい」
小生は、
人差し指を一本だけ伸ばして、
おそるおそる鍵盤を押しました。
ポーン。
部屋いっぱいに広がる音色に、
思わず頬がゆるみました。
「あんた、
ベートーヴェンの『喜びの歌』は弾けへんの?」
そう言われ、
音色を眺めていると、
百種類近くある中に、
パイプオルガンを見つけました。
せっかくなので、その音色に切り替えてみます。
小学校へ上がる前。
母が付きっきりで教えてくれた、
ピアニカの練習曲。
小生の指は、
不思議とその頃の記憶だけは忘れていませんでした。
「シシドレレドシラ──。
ソソラシシ〜ララ〜」
そこから先が、
どうしても出てきません。
もう一度。
「シシドレレドシラ──。
ソソラシラ〜ソソ〜」
「あら、ちゃんと弾けたやないのぉ!」
母は、自分のことのように嬉しそうでした。
幼馴染で、昔は家族ぐるみの付き合いがあった上緒(仮名)のおばさんと、
母はとても仲が良く、
おばさんはドレマトーンの先生をしていました。
マンションフォーエバー四号館の自宅で、
子どもたちに個人レッスンを開いていたのです。
母はすぐに話をつけてくれました。
月謝も母が払ってくれ、
小生は毎週、
上緒のおばさんの家へ通って、
ドレマトーンを習うことになったのでした。
平松愛理 「部屋とYシャツと私」(1992年)
YouTubeで視聴する https://youtu.be/efMGn6LtD9o?si=72sbeZ5CBl5koAQC
続く。果てしなく続く……。
(まだまだ続くよーっ!お楽しみに〜!)
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