第47話 王太子の悔恨
すう、すう、と。
薬が効いてきたのか、セレナの呼吸がようやく安定し始めた。
あれほど赤かった頬も、今は少しずつ熱が引き、穏やかな微睡みの中に沈んでいる。
その枕元で、俺――レオナルトは、己の掌を見つめたまま動けずにいた。
この掌には、先ほどまで抱き上げていた彼女の、壊れそうなほど華奢で、けれど確かな熱を帯びた体の感触が残っている。
「……すまない、セレナ」
誰にも聞こえないほど低い声が、静かな部屋に落ちた。
今朝、週に一度の逢瀬を約束させた時までは、まだ冷静だったはずだ。
けれど、彼女が体調を崩して保健室へ向かったと聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
心底心配で、居ても立ってもいられず駆けつけたのは事実だ。だが、いざ彼女を目の前にすると、心配という名目の裏側で、どろりとした別の感情が鎌首をもたげた。
誰にも邪魔されず、彼女の傍にいたかった。
「最愛」だと叫んで、既成事実を作って、一刻も早く俺の婚約者にしたかった。
夢の向こうで観測し続けてきた日々が長すぎたせいか、ようやくこの手に触れられる現実の存在として現れた彼女を前に、俺はあまりにも焦りすぎてしまった。
誰にも邪魔されず、彼女の傍にいたかった。
俺が彼女を抱き上げ、人目に晒し、寮まで強引に上がり込んだ結果が、この熱だ。
道中、彼女が必死に俺の胸に顔を隠し続け、正体が暴かれるのを防いだのは、彼女なりの平穏への最後の抵抗だったのだろう。俺の独占欲が、彼女の体を、そして彼女が大切にしていた「平穏」をここまで追い詰めてしまった。
ふと、セレナが苦しげに眉を寄せ、寝言のように小さく吐息を漏らした。
俺は反射的に、その白く細い指先に触れようとして――、思い止まって手を引いた。
今の俺に、彼女を慈しむ資格などない。
この重すぎる情愛は、彼女にとっては救いではなく、ただの「逃げ場のない熱」でしかないのではないか。
俺は立ち上がろうとして、結局そのまま椅子に深く腰を下ろした。
せめて今夜だけは、彼女の眠りを守る盾になろう。
明日、彼女が目を覚ましたら、どんなに冷たくあしらわれても構わない。
ただ、この熱が引き、彼女が再び健やかに笑えるようになるまで。
俺は、この場所を動かないと決めた。




