逃げ場のない熱
急いで制服を脱ぎ捨て、手早く部屋着へと袖を通した。
薄手の、けれど肌を露出させないゆったりとしたドレス。髪を留めていたピンを外すと、熱を孕んだ髪が重たげに肩へと流れ落ちる。
とにかく早く身なりを整えなければという焦りだけで、私は扉の外で待つ人の存在を意識しながら、震える手で着替えを終えた。
「……お待たせいたしました」
ようやく声を絞り出すと、間を置かずに扉が開いた。
「失礼する」
扉の方へ歩み寄ろうとしていた私は、予期せぬ早さで現れた彼を前に、その場で立ち尽くす。
入ってきた殿下の手には、約束通り水が満たされたグラスと、青い小瓶がある。
殿下の視線が、解かれた私の髪と、普段の制服姿からは考えられないほど薄い部屋着の装いへとしなやかに滑った。
その熱を帯びた瞳に全身をなぞるように見つめられた瞬間、私は自分の姿があまりに隙だらけであることに、今更ながら気づいて愕然とする。
彼は入り口で一度足を止め、言葉を失ったように私を見つめていたが、やがて吐息のような低い声で呟いた。
「……その姿を、俺以外に見せるな」
低く、けれど有無を言わせぬ響きを伴ったその一言に、顔に火がつくような思いがした。見られてはいけない姿を晒してしまったという激しい羞恥に、私は逃げるように後ずさる。
そのまま背後のベッドにぶつかるようにして腰を下ろすと、殿下は待っていたと言わんばかりに、迷いのない足取りで詰め寄ってきた。
逃げ場を塞ぐようにして、殿下が私の隣に腰掛ける。シーツが深く沈み込み、彼との距離が一気にゼロになった。
「薬だ」
「あ、あの、ありがとうございます」
差し出されたグラスを受け取ろうと手を伸ばしたが、殿下はその手をひらりとかわし、空いた方の腕を私の背中に回した。
「いいから。じっとしていろ」
「ひゃいっ……!?」
変な声が出た。背中に回された大きな掌が、薄い生地越しに私の体温を直接拾い上げる。そのままぐいと引き寄せられ、私は殿下の逞しい胸元へと寄りかからされる形になった。
耳のすぐそばで、殿下の規則正しい、けれど力強い鼓動が響く。
彼の清涼な香りが鼻先を掠め、思考がぐちゃぐちゃにかき乱された。
「……口を開けろ。少しずつ飲ませてやる」
拒む間もなく、私の手の上に殿下の手が重なり、一緒にグラスを支える形になる。大きな掌に包み込まれた私の指先は、自分でも驚くほど震えていた。
「……っ、ふ……っ」
唇に触れたグラスの縁から、冷たい水が流れ込む。
殿下の腕の中に閉じ込められ、至近距離で見守られながらでは、水をごくりと飲み下すことさえも困難な作業だった。必死に嚥下する私の喉の動きを、殿下はじっと見つめている。
「……よく飲めたな」
最後の一滴まで飲み終えると、殿下は満足げに目を細めた。
けれど、腕は解かれない。それどころか、殿下は空いた手で、私の頬に張り付いた髪を優しく耳の後ろへと流した。
「で、殿下……もう、大丈夫ですから……」
「何が大丈夫なものか。顔がまだこんなに赤い」
それは熱のせいではなく、あなたのせいです――。
あまりの恥ずかしさに、私は自分の部屋着の裾をぎゅっと握りしめて、ただ視線を泳がせることしかできなかった。
「薬が効くまで、こうして寝ていろ。……いいな?」
殿下は私をゆっくりと横に寝かせると、首元まで丁寧に毛布を掛け直した。
そして、立ち去るどころか、再び私の枕元に腰を下ろす。
逃げようとした先まで追い詰められ、私はただ、見守る彼の熱い眼差しから逃れるように、震える手でシーツを握りしめることしかできなかった。




