逃げ場なしの公開お披露目
静寂は、一瞬だった。
次の瞬間、廊下はひっくり返したような阿鼻叫喚に包まれる。
……っ、この、刺さるような空気は何!?
視界を断たれた私の肌に、ビリビリとした「殺気」が突き刺さる。
どこか遠くで、いくつもの扇がバタバタと床に落ちる乾いた音が響いた。続いて聞こえてきたのは、絞り出すような絶望の悲鳴だ。
「……嘘。殿下が、あんな、大切そうに……」
「信じたくないわ……。わたくしたちがどれだけお声をかけても、一度も視線を下さらなかったあの方が……」
震える声の主たちが、どれほど高い地位にいる令嬢たちなのか、私にはわからない。けれど、その声に含まれた圧倒的な「絶望」と、それとは対照的に、遠巻きに聞こえる「ひっ……!」という、息を呑む音だけが、今の異常事態を克明に物語っていた。
ごめんなさい……本当に、本当にごめんなさい……!
私は心の中で謝罪を繰り返しながら、さらに深く、殿下の制服の合わせ目に顔を押し込んだ。けれど、耳を塞ぐことまではできない。
「あああ……俺たちの『聖域』が、一瞬で公式に破壊された……っ!!」
「ちょっと、どいて! 相手の顔が見えないじゃない、特等席はどこよ!」
天を仰いで嘆く令息たちの悲痛な叫びや、不謹慎にも特ダネを狙って身を乗り出す野次馬たちの喧騒。
私は心の中で謝罪を繰り返しながら、さらに深く、殿下の制服の合わせ目に顔を押し込んだ。けれど、耳を塞ぐことまではできない。
「見て……あの殿下の表情。あんなに独占欲を剥き出しにしたお顔、拝見したことなくてよ……」
「ええ……いつも氷のように冷ややかで美しいお顔しか拝見したことがなかったから、あんなに愛おしそうな……熱を孕んだ瞳で見つめられるなんて、刺激が強すぎて……っ」
周囲のささやき声が、次第に熱を帯びた、恐ろしいほどの期待感と嫉妬へと変わっていく。
殿下が今、どんな不遜で、それでいて甘い顔で私を抱え、群衆を見下ろしているのか。想像するだけで、私の背筋には冷たい汗が流れた。
ただ、耳元で聞こえる殿下の呼吸が、わずかに笑みを含んだものに変わったのが分かった。
「……案ずるな。お前の名は、まだ誰にも教えてやるつもりはない」
殿下は私を安心させるつもりなのか、あるいはただの独占欲か、低く響く声で私にだけ聞こえるように囁いた。
「今のうちは、正体不明の『私の最愛』として、皆に羨まれていればいい」
……な、何を言ってるんですか、この人は……っ!
言葉を返す余裕なんてない。私はただ、殿下の腕の中でカチコチに固まり、これ以上一言も余計なことを言わないでくれと祈るしかなかった。けれど、殿下はそんな私の沈黙を「肯定」と受け取ったのか、さらに足取りを速めて群衆の中を割って進んでいく。
背後からは、殿下が放った「最愛」というニュアンスを敏感に感じ取った野次馬たちの、さらに激しい絶叫と悲鳴が追いかけてきた。




