理性を溶かす至福の毒
翡翠の瞳に射抜かれ、顎を固定されたまま、私の思考は完全にショートしていた。
至近距離で放たれた「奪いたくなる」という独占欲の塊のような言葉。かつサンドのソースの香りと、殿下が纏う清潔な白檀の香りが混ざり合い、脳を麻痺させていく。
どうにかして、この空気を変えないと……!
心臓の音がうるさすぎて、このままでは胸が弾け飛んでしまいそうだ。
私は震える手で、スプーンを掴んだ。視界の端に映ったのは、殿下が私のために用意してくれた、まだ温かなスープの器。
「あ、あの……! 殿下こそ、お疲れではありませんか? 専属の方が腕を振るったスープ、冷めないうちに……殿下も、どうぞ!」
自分でも何を言っているのか分からない。けれど、私はパニックの勢いのまま、スープを一口掬うと、殿下の唇の前に突き出した。
いわゆる、逆「あーん」である。
殿下の動きが、ぴたりと止まった。
私を捕らえていた指先から、僅かに力が抜ける。完璧な美貌に、一瞬だけ「想定外だ」と言わんばかりの驚きが走ったのを、私は見逃さなかった。
やった、隙ができた……!
そう思ったのも束の間。
殿下はフッと、喉を鳴らして低く笑った。
「…………ふむ。病人から給仕を受けるなど、王太子としてはいかがなものかと思うが」
殿下は避けるどころか、むしろさらに顔を寄せると、私が差し出したスプーンを躊躇いもなく口に含んだ。
翡翠の瞳が、じっと私を見つめたまま離れない。咀嚼するその喉の動きすら、酷く艶っぽく見えて、私はスプーンを握る手が震えるのを必死に抑えた。
「……悪くない。甘く感じるな」
「それは……野菜の甘み、ですから……っ」
「いいや、お前からの給仕だからだろう。……セレナ、お前からの誘いなら、たとえこれが毒であっても、俺は喜んで食らおう」
殿下は空になったスプーンを私の手から取り上げると、それを戻した。
そして、自由になった私の両手を包み込み、指先に深く、重い口づけを落とす。
「お返しだ。……このスープを飲み干すまで、俺がこうして手を握っていてやろう。それとも、またかつサンドがいいか?」
余裕を取り戻した殿下の、逃がさないという意志を宿した微笑み。
結局、私が必死に繰り出した反撃も、彼の深い愛の海に飲み込まれてしまうだけだった。




