王太子の合理的なランチタイム
「……っ、スプーンで……っ! スプーンでお願いします!」
これ以上、心臓に悪い選択肢を増やされてはたまらない。私は顔が爆発しそうなほど赤くなるのを感じながら、消え入るような声で即答した。
殿下はフッと、獲物を追い詰めた愉悦を隠そうともせずに笑うと、「聞き分けがいいな」と満足げに頷いた。
再び差し出された銀のスプーンから、温かなスープが口の中へ注ぎ込まれる。
……味が、わからない……
前世は一週間で飽きる多趣味な大学生だったおかげで、知識だけは妙に浅く広く積もっている。その「飽き性の遺産」を総動員して今世の病弱体質を改善してきた私だったが、この心臓の暴走を止める雑学だけは持ち合わせていなかった。
あまりの気恥ずかしさに耐えきれず、私は喉を鳴らしてスープを飲み込むと、必死に話題を振った。
「あ、あの……殿下。殿下は、お昼休み……ご自身の分はよろしいのですか? 私ばかりいただいては申し訳ありません。殿下も、召し上がらないと……」
少しでも自分に向けられたこの熱い視線を逸らしたくて、精一杯の「気遣い」を装ってみる。けれど、殿下はスプーンを引くどころか、さらに私の方へと身を乗り出した。
「俺の心配か? ……安心しろ。俺の腹は、もう満たされている」
「え? でも、まだ何も……」
「セレナが美味そうに俺の与えたものを食む姿。……それを見ているだけで、十分すぎるほど滋養強壮になる。これ以上の馳走があるか?」
「……っ!?」
絶句する私に、殿下はさらに追い打ちをかけるように目を細めた。
「それに、お前のその唇にスープが残っているのを見ると……別の方法で『お裾分け』をしてもらいたくなるな」
殿下の指先が、私の下唇をそっとなぞる。
「……っ、別の方法で、なんて……っ!」
私が顔を真っ赤にして身をすくめると、殿下は喉の奥でクツクツと楽しげに笑い、ようやく指を離した。
「冗談だ。そう怯えるな。……俺の分なら、これがある」
殿下が傍らの机から取り出したのは、丁寧に紙に包まれたものだった。中から現れたのは、厚切りのパンにたっぷりの具材を挟み、食べやすい大きさに切り分けられたもの。
サンドイッチ。
前世ではおなじみだったが、この国の貴族はナイフとフォークを使うのがマナー。手掴みで食べるこのスタイルは、高貴な方が公の場で好むものではないはずだった。
「それは……その、手で召し上がるのですか?」
思わず尋ねた私に、殿下は当然のように頷き、信じられない言葉を口にした。
「ああ。……お前が前世で、よく食べていただろう?」
「……えっ!?」
心臓が跳ねた。
忙しい大学生だった頃、講義の合間に片手で流し込んでいたコンビニのサンドイッチ。そんな、自分ですら忘れていたような、お世辞にも淑女とは言えない日常の姿まで、この人は見ていたというのか。
「お前が忙しそうにそれを頬張る姿を、夢で何度も見ていた。……この国ではあまり馴染みのない食べ方だが、これなら書類を読みながらでも、こうして君に食事を与えながらでも食べられる。合理的で、いい食べ方だな」
殿下は慣れた手つきでそれを一口かじると、満足げに目を細めた。




