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夢で出会ったモブ令嬢を王太子は絶対に手放さない  作者:


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34/68

狂っているのは、お前にだけだ

「ほら、口を開けて」


 差し出された銀のスプーンを前に、私は思わずのけぞった。

 殿下の翡翠の瞳は、まるで雛鳥に餌を与える親鳥のように穏やかで、けれど一歩も引く気配がない。


「……あ、あの。殿下。流石にこれは……その、度が過ぎているというか。自分で食べられますから、器を貸してください」


「いいや。君の手はまだ震えているだろう。こぼして制服を汚したくないのなら、俺に任せなさい」


 確かに動揺で指先は震えているけれど、それは衰弱のせいじゃない。

 私は顔に集まる熱をどうにか逃がそうと、必死に話をそらした。


「……そ、それに、さっきの。料理人の方が仰っていた『想い人』というのも……困ります。殿下はきっと、夢で私を見ていたから……その、親近感があるだけで……」


「親近感?」


「はい……。きっと、従妹のロシュフォール様を可愛がるような、兄妹みたいな……そんな、お気持ちなんですよ、きっと……っ」


 自分に言い聞かせるように、焦って言葉を紡ぐ私の前で、スプーンを差し出していた殿下の手がピタリと止まった。


「……兄妹、だと?」


 低く繰り返されたその声に、背筋がゾクリと震える。

 殿下はスプーンを器に戻すと、空いた手で私の頬を包み込み、逃げ場を塞ぐように顔を寄せた。


「俺は夢に見始めた頃から、四六時中お前のことばかり考えている。……風の噂では、俺は冷徹でどんな女にも興味を示さない、男色疑惑まで上がるほどの男だ。現に何度も夜這いにあったが、一度として反応したことなどなかったしな」


「え……っ、よ、夜這い……?」


 さらりと口にされた物騒な単語に絶句する私を、殿下は昏い熱を孕んだ瞳で見つめ返す。


「ああ。俺が男として反応を示すのは、夢の中で見てきたお前と、今目の前にいるセレナ。お前だけだ」


「……っ!?」


「そんな俺が、特定の女にこれほど執着し、他の誰にも見せたくないほど甘やかしている。……これをまだ『親近感』などという軽い言葉で片付けるつもりか?」


 至近距離で囁かれた、あまりにも直接的で重すぎる告白。

 そこにあるのは穏やかな情愛などではなく、獲物を追い詰め、決して手放さないと誓った捕食者の独占欲だった。


「さあ、口を開けろ。それとも……スプーンではなく、口移しの方がいいのか?」


 私の唇を親指でなぞりながら、殿下が低く、愉しげに笑う。

 もはや「兄妹」なんて言い訳は、木っ端微塵に砕け散っていた。

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