狂っているのは、お前にだけだ
「ほら、口を開けて」
差し出された銀のスプーンを前に、私は思わずのけぞった。
殿下の翡翠の瞳は、まるで雛鳥に餌を与える親鳥のように穏やかで、けれど一歩も引く気配がない。
「……あ、あの。殿下。流石にこれは……その、度が過ぎているというか。自分で食べられますから、器を貸してください」
「いいや。君の手はまだ震えているだろう。こぼして制服を汚したくないのなら、俺に任せなさい」
確かに動揺で指先は震えているけれど、それは衰弱のせいじゃない。
私は顔に集まる熱をどうにか逃がそうと、必死に話をそらした。
「……そ、それに、さっきの。料理人の方が仰っていた『想い人』というのも……困ります。殿下はきっと、夢で私を見ていたから……その、親近感があるだけで……」
「親近感?」
「はい……。きっと、従妹のロシュフォール様を可愛がるような、兄妹みたいな……そんな、お気持ちなんですよ、きっと……っ」
自分に言い聞かせるように、焦って言葉を紡ぐ私の前で、スプーンを差し出していた殿下の手がピタリと止まった。
「……兄妹、だと?」
低く繰り返されたその声に、背筋がゾクリと震える。
殿下はスプーンを器に戻すと、空いた手で私の頬を包み込み、逃げ場を塞ぐように顔を寄せた。
「俺は夢に見始めた頃から、四六時中お前のことばかり考えている。……風の噂では、俺は冷徹でどんな女にも興味を示さない、男色疑惑まで上がるほどの男だ。現に何度も夜這いにあったが、一度として反応したことなどなかったしな」
「え……っ、よ、夜這い……?」
さらりと口にされた物騒な単語に絶句する私を、殿下は昏い熱を孕んだ瞳で見つめ返す。
「ああ。俺が男として反応を示すのは、夢の中で見てきたお前と、今目の前にいるセレナ。お前だけだ」
「……っ!?」
「そんな俺が、特定の女にこれほど執着し、他の誰にも見せたくないほど甘やかしている。……これをまだ『親近感』などという軽い言葉で片付けるつもりか?」
至近距離で囁かれた、あまりにも直接的で重すぎる告白。
そこにあるのは穏やかな情愛などではなく、獲物を追い詰め、決して手放さないと誓った捕食者の独占欲だった。
「さあ、口を開けろ。それとも……スプーンではなく、口移しの方がいいのか?」
私の唇を親指でなぞりながら、殿下が低く、愉しげに笑う。
もはや「兄妹」なんて言い訳は、木っ端微塵に砕け散っていた。




