掌の上の秘薬、甘やかな侵食
カサリ、と。
使い古された布地のポーチをなぞる、殿下の長い指先が微かに震えた。
「……これが、研究を重ねて作り上げた……あの、常備薬なのだな」
感無量、という言葉では足りないほどの熱が、その低い声に宿っている。
殿下の翡翠の瞳は、まるで失われた聖遺物をようやく手にした騎士のように、私の愛用しているポーチを凝視していた。
……ああ、そうだ。この人は、知っているんだ。
寝ぼけていた意識が、急激に冷や水を浴びせられたように覚醒する。
サイドテーブルの時計を盗み見て、私は自分の失態に愕然とした。一限目が終わってから、もう二時間近く経っている。
お昼休みが始まる直前まで、私は泥のように眠りこけていたのだ。
先ほど殿下が囁いた言葉が、脳裏を支配する。
あまりに幸せそうに眠るものだから、起こすのが惜しくてね。この静かな時間を、たっぷり独り占めさせてもらった。
つまり、私はこの国の王太子に、決してお見せできないような無防備な寝顔をずっと晒していたということか。
「……っ、あ、う……」
羞恥で顔が爆発しそうになり、私は慌ててシーツを鼻先まで引き上げた。
そんな私を逃がさないと言わんばかりに、殿下の手が私の前髪をそっと払う。
その指先は驚くほど熱く、けれど壊れ物を扱うように優しい。
「だいぶ顔色は良くなったようだが。まずは薬を飲んでおこうか。これを先に飲むのがいつもの習慣なのだろう?」
殿下はポーチの中から、一錠の薬を丁寧に自身の掌の上に乗せた。
「……今、飲めるか?」
拒絶など許さないと言わんばかりの、真っ直ぐな視線。
「あの、殿下。自分で飲めますから、大丈夫、です……」
私は動揺を隠せないまま、震える手で薬を受け取ろうとした。
けれど、殿下はその手をひらりとかわすと、もう片方の手でサイドテーブルのコップを手に取った。
「いいや、俺がやる。無理はするな」
抗う間もなく、私の背中に彼の大きな腕がそっと回される。グイと上体を引き寄せられ、私の背中に彼の逞しい胸板の厚みが伝わってきた。
「さあ、ゆっくりでいい。……支えているからな」
あまりの至近距離に、思考が追いつかない。
殿下は驚くほど慎重な手つきで、私の唇に薬を運んでくる。
――あ。
薬が舌の上に乗ると同時に、殿下の熱い指先が、私の唇をなぞるように触れた。
わざとなのか、それとも偶然なのか。
吸い付くような指の感触と、薬の微かな苦味。
驚いて顔を上げようとした私の口元に、彼は祈るような手つきで水の入ったコップを添えた。
「……上手に飲めたな。偉いな、セレナ」
飲み終えた私を、殿下は満足そうに、少しだけ力を込めて抱きしめた。
濡れた私の唇を、彼の親指が名残惜しそうに、もう一度だけゆっくりと拭う。
その仕草があまりに艶めかしくて、心臓の音が耳元までうるさく響いた。




