第85話 シルフィ
精神世界(ナツ視点)
森の上空から降りてきた光の中から、
一人の精霊がゆっくりと姿を現した。
俺は思わず息を呑む。
長い銀白色の髪。
淡い翠色の瞳。
その身体を包むのは、
半透明の羽衣のような衣。
身体の周囲には、
常に穏やかな風が渦巻いている。
そして……。
足が地面についていない。
まるで彼女が風そのものようだった。
「…………」
これが……。
カナのパートナー……。
精霊は俺たちの前まで来ると、
優しく微笑んだ。
『カナ、ナツ』
「「……」」
『私はシルフィ』
『これから、よろしくお願いしますね』
カナが小さく頷く。
「よろしく、シルフィ」
「俺も……よろしく」
俺はシルフィを見つめた。
さっきから、気になっていたことがある。
「シルフィ」
『はい?』
「さっき……」
「俺たちが来た時に、ずっと待ちわびていたって言ってたよな?」
『……はい』
「どういうことなんだ?」
シルフィはカナを見る。
その表情は、
どこか懐かしそうだった。
『私は……カナが小さい頃から、ずっと見守っていました』
「……私を?」
『えぇ』
『いつか、あなたと竜たちのような繋がりを持ちたい……そう思っていたのです』
「俺たちのように?」
『はい』
『ですが……繋がりのない状態で、こちらから人間へ接触することは、その人の身体に大きな負担を与えてしまいます』
シルフィの視線が、
カナへと向けられる。
『カナは……もともと身体が弱かった』
『だから、組が襲われるあの日まで……私は接触することを避けていました』
「……」
カナが目を見開く。
「じゃあ……」
「私とレイナ姉を守ってくれたの……」
「シルフィだったんだ」
『……はい』
カナがシルフィを見つめる。
『ですが……』
シルフィの表情が曇る。
『あの時、私はカナを守るために力を使いました』
『そのせいで……カナの身体に大きな負担をかけてしまった』
「そんなこと……」
カナが首を横に振る。
「シルフィがいなかったら……」
「私も、レイナ姉も……」
「どうなっていたか分からない」
『ですが……』
「いいんだ」
俺はシルフィの言葉を遮った。
そして気づけば俺は、
シルフィの目の前まで駆け出していた。
「ありがとう!!」
「『!?』」
俺はシルフィの手を握った。
「シルフィがいなければ……」
「カナを失うところだった」
「本当に……ありがとう」
俺は深く頭を下げる。
『…………』
しばらく沈黙が続いた。
やがてシルフィが、
優しく微笑む。
『ナツは……本当にカナを大切に思ってくれているのですね』
「……あぁ」
俺はカナを見る。
カナは少し驚いたような顔で、
俺を見ていた。
「俺は……カナを愛してる」
「……!」
カナの頬が、
一気に赤くなる。
「今度こそ……」
俺はシルフィを見る。
「俺がカナを守ってみせる」
「だからシルフィ……」
「力を貸してくれないか?」
シルフィは静かに頷いた。
『もちろんです』
『ですが……』
「……?」
『カナとの繋がりができたとはいえ、私には一つ問題があります』
「なんだ?」
シルフィが空を見上げる。
『日の昇っている状態で外に出たら……』
『私はカナの身体を陽の光から守るだけで、ほとんどの力を使ってしまうのです』
「……なるほど」
俺は少し考える。
「つまり……」
「襲撃が日中だった場合、シルフィ自身が戦闘に参加するのは難しいってことか」
『はい』
「……そうか」
俺はカナを見る。
「じゃあ、もし昼間に敵が来たら……」
『ですが、間接的に力を貸すことはできます』
「……え?」
シルフィが俺を見る。
『幸いにも、ナツ』
『あなたは風属性です』
「……俺に?」
『はい』
『私の力をあなたに流し、風の力を底上げします』
「なるほど……」
「俺に風属性の能力強化をかけてくれるってことか」
『そうです』
『それでもよろしければ……私は喜んで力を貸しましょう』
「あぁ」
俺は頷いた。
「お願いするよ、シルフィ」
『……はい』
その時だった。
「……嫌だ」
「えっ!?」
思わずカナを見る。
カナは俯いていた。
「カナ……?」
カナはゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、
いつもの静かな表情とは違う、
強い意志が宿っていた。
「私も……」
「もしもの時のために、戦えるようになりたい」
「……」
「私だけ隠れてるなんて嫌」
「カナ……」
カナが俺の手を握る。
「私も……ナツを守りたい」
「……」
胸の奥が熱くなる。
俺はカナの手を握り返した。
「……分かった」
「一緒に強くなろう」
「……うん」
シルフィはそんな俺たちを静かに見つめていた。
『……分かりました』
『それでは……二人とも、覚悟してくださいね』
「……え?」
「……?」
その瞬間。
ゴォォォォォォォ!!
森全体を、
巨大な風が駆け抜けた。
木々が激しく揺れ、
無数の葉が空へと舞い上がる。
「な、なんだ!?」
カナの銀色の髪も、
強い風に煽られる。
シルフィは穏やかな笑みを浮かべた。
『今日から……』
『二人の修行を始めましょう』
「「……」」
俺は思わず息を呑む。
こうして俺たちは……。
上位精霊シルフィとの修行を、
始めることになった。




