第69話 迷える大天使
……時は少し遡る。
天界
静寂に包まれた空間で、
ラファエルは一人で空を見つめていた。
『……』
地上から。
一つ。
また一つと、
生命の灯火が消えていく。
彼女にはそれが痛いほど伝わってきていた。
『また…一つ……』
救えたかもしれない命。
救われることなく消えていく命。
胸が締め付けられる。
そんなラファエルの隣へ、
一人の天使が歩み寄った。
ミカエルだった。
『……ラファエル』
『辛いですか』
ラファエルは小さく頷く。
『私は……癒しを司る天使です』
『命が消えていくのを感じるだけというのは……』
『慣れません』
しばらく沈黙が流れる。
やがてミカエルは静かに口を開いた。
『少し、地上を見てきてはどうです』
ラファエルが顔を上げる。
『依代の状態を確かめる良い機会にもなります』
『現状、どこまで力を扱えるのか』
『知っておく必要もあるでしょう』
ラファエルは少し迷う。
『……いいのでしょうか…』
『ええ』
ミカエルは頷いた。
『ただし条件があります』
『戦闘は禁止』
『依代はまだ完全ではありません』
『扱う魔力は、今の総量の半分まで』
『決して無理はしないように』
ラファエルは静かに頭を下げた。
『ありがとうございます』
純白の翼が広がる。
ラファエルは地上へと飛び立った。
日輪 上空
焼け焦げた大地。
崩れ落ちた街。
黒く変色した建物。
そこに生きている者は、ほとんどいない。
ラファエルはゆっくりと降り立った。
瓦礫の隙間で、
苦しそうに息をする人。
家族の亡骸を抱き締める老人。
泣き叫ぶ子供。
『……』
胸が痛んだ。
助けたい。
しかし。
神は世界の消滅を望んでいる。
救うことは神意に背くのではないか。
それとも、
目の前の命を見捨てることが間違いなのか。
『……私は』
『どうすればいいのでしょう』
ラファエルは両手を胸の前で重ねる。
淡い緑色の光が溢れた。
柔らかな光が空へ舞い上がり、
静かに地上へ降り注ぐ。
癒しの光。
苦しそうだった人々の表情が少しだけ和らぐ。
痛みが引いていく。
だが。
傷は癒えず、
失われた命は戻らない。
『……気休めですが、どうか…安らかに…』
ラファエルは目を伏せた。
ここにいても命は救えない。
例え治したとしても、また汚染されるから。
ゆっくりと翼を広げ、
被害の少ない地域へ向かった。
しばらく飛び続けた、その時だった。
『……』
遠くに七つの巨大な浮遊城が見えた。
『あれが……』
『竜種の……』
膨大な魔力。
七つの属性。
神ですら危険視する存在。
ラファエルは目を閉じる。
『知りたい……』
『神が滅ぼそうとしている存在を……』
気付けば、
翼は自然とその城へ向かっていた。
オニキス 上空
近付くほどに、
凄まじい魔力を感じる。
『……これは』
(竜が…七…)
(魔王も…七…)
それだけではない。
『妖怪……』
『それに』
『上位精霊の力まで……』
本来なら決して共にいるはずのない存在。
皆が同じ場所に集まっている。
その時。
ギィ……
オニキスの門が開き、
二人の人物が姿を現した。
そして時は現在へ…。
オニキス 正門前(ユウ視点)
俺はラファエルを見据えた。
「そうだ」
一歩前へ出る。
「で?」
「要件は?」
ラファエルが口を開いた。
『……私は』
言葉が止まる。
沈黙。
ルシファーが静かに問い掛けた。
『……なぜここへ来た』
ラファエルは目を閉じる。
そして、小さく答えた。
『……わかりません』
「『……は?』」
俺とルシファーの声が重なる。
『わからないのです』
『自分でも』
『何がしたいのか……』
俺は思わずラファエルを見る。
その表情には敵意も怒りも無かった。
あるのは…、
悲しみだけだった。
ルシファーは小さく息を吐く。
『……そうか』
『癒しを司る天使からすれば』
『この状況は辛いのであろうな』
『……』
ラファエルは何も答えない。
俺は静かに口を開いた。
「命は救いたい」
「でも神に反逆したいわけじゃない」
「そんなところか?」
ラファエルは少し驚いたように俺を見る。
『……竜よ』
『あなたは』
『あなた達は何のために戦っているのですか』
この話をするのは何度目か…。
答えは変わらない。
「仲間を守るため」
「それだけだ」
ラファエルは続ける。
『……あなたの望みは』
俺は少し笑った。
「平穏だ」
「毎日みんなで飯食って…」
「みんなでバカ話して…」
「笑って…」
「それだけで十分なんだ」
みんなの笑顔が頭に浮かぶ。
「ラファエル…これだけは言っとくぞ」
「俺たちの平穏を脅かす奴は」
「例え神でも……」
「殺すぞ」
ドクン……
自然と魔力が溢れ出した。
ラファエルは静かに見つめる。
『……他の人間を』
『守ろうとは思わないのですか』
「……ないな」
俺は目を伏せる。
「人間の醜さは痛いほど知ってる」
「だから俺は…」
「俺の大切な奴だけ守れればそれでいい」
ラファエルは悲しそうに微笑んだ。
『……そうですか…』
静寂。
その時だった。
「ユウ!!」
ナツの声が聞こえた。
俺の魔力に気付いたみんなが外へ出て来る。
ラファエルは静かにみんなを見渡していた。
表情は変わらない。
でも、その瞳はどこか寂しそうに見えた。
『……』
アキラがラファエルを見る。
「ホンマに一人で来とるやんけ」
サイも前へ出る。
「この戦力差でやる気か?」
ラファエルは静かに首を振った。
『違います』
『私は戦いに来たのではありません』
全員がラファエルを見る。
『私は』
『癒しの大天使ラファエル』
『七日後』
『依代と魂は完全に馴染みます』
『その時』
『七大天使は動くでしょう』
少しだけ目を伏せる。
『私は……』
言葉を飲み込む。
『だから』
『それまでに』
『備えてください…』
静寂。
ラファエルは最後にもう一度、皆を見渡した。
『神よ……』
『あなたが滅ぼそうとしているのは』
『本当に悪なのでしょうか……』
純白の翼を大きく広げ、
ラファエルの姿は夜空へ消えていった。
「ラファエル……」
あいつとは…。
出会う場所が違えば、
ダチになれていたのかもしれない…。
天使との決戦まで残り七日……。




