第68話 癒しの天使
オニキス ダイニング 夜
食卓には料理が並び、
十五人で夕食を囲んでいた。
アキラが飯を食いながら言う。
「流石に狭すぎやろ」
ミツルが笑いながら返す。
「正月で親戚集まったみたいになってるな」
世界が滅びかけているとは思えないほど、
穏やかな時間だった。
『……美味しい』
ベルゼブブが目を丸くする。
『こんな美味しい料理初めて……』
ナツが笑う。
「それならよかった」
「おかわりあるからな?」
『食べるー♡』
その瞬間。
マモンが呆れたように肩をすくめた。
『ベルゼブブにそんなこと言ったら、食料が枯渇するぞ?』
「あー、それ多分大丈夫だよ」
ジュンが苦笑した。
『ん?』
アモンが首を傾げる。
『そんなに食料があるのか?』
「原理は知らないけどさ」
ジュンはテーブルの隅に置かれた木箱を指差す。
「食材が入ってる木箱の中身、
朝になると元通りになってるんだよね」
『なんだそれ!?』
マモンが立ち上がる。
『アーティファクトか!?』
ナツが頷いた。
「春嵐に聞いた話だと、赭土とドワーフの共同制作らしいよ?」
『……なるほど』
『ドワーフか……』
マモンは納得したように腕を組む。
レヴィアタンが小さく笑った。
『羨ましいわ……』
木箱を見つめる。
『これがあれば……争いも無くなるのかしらね』
サイが即座に答えた。
「いや、無くならないだろ」
アキラも苦笑する。
「まぁ、みんな仲良くとはいかへんやろな」
レヴィアタンは少し寂しそうに笑った。
『……そんな簡単なことなら』
『今こんなことにはなってないものね』
少しだけ空気が重くなる。
そんな時だった。
みんなの視線が、
自然と俺へ集まった。
理由は分かってる。
アスモデウスとの一件から、
レイナが俺の腕を離さないからだ。
「……」
俺は気にせず料理を口へ運ぶ。
すると。
「ぷっ」
誰かが吹き出した。
重かった空気が、
少しだけ和らいだ。
やがて食事も終わる。
ルシファーが静かに立ち上がった。
『美味しい食事だった』
『ありがとう』
「おう」
ナツが片付けながら聞く。
「ん?」
「どっか行くのか?」
ルシファーは窓の外を見る。
『核が落ちた場所がどうなっているのか』
『一度見てこようと思ってな』
すると。
「やめといた方がいい」
ミツルだった。
ルシファーが振り返る。
『……理由を聞いても?』
ミツルは静かに話し始めた。
「核の危険は爆発だけじゃないのは言ったよな?」
「爆発で巻き上げられた土や建物の破片が、
放射性物質を大量に含んだまま空へ舞い上がって」
「それが冷えて地上へ落ちてくる」
「俗にいう〝死の灰〟」
部屋が静まり返る。
「爆心地に近い場所なら、
早ければ爆発から30分くらいで降り始め」
「風向き次第じゃ数十キロ先まで運ばれる」
ルシファーが真剣な表情になる。
『触れるだけでも危険なのか?』
「量によるんだ……」
ミツルは続ける。
「でも吸い込んだり、
汚染された水や食料を口にしたらかなり危険だ」
「しかも放射線は目に見えない」
「だから厄介なんだ」
魔王達も黙って聞いている。
「それと放射能はすぐ消えない」
「有名なのが〝七・十の法則〟」
マサキが呟く。
「七・十?」
ミツルは頷く。
「例えば爆発から一時間後を百とする」
「七時間後には十分の一」
「さらに七倍の時間が経てば、また十分の一」
「つまり二日後には百分の一程度」
「二週間も経てば千分の一くらいまで下がる」
「もちろん場所によって全然違うし、
これは目安だけどな。」
レヴィアタンが目を見開く。
『そんなに長く……』
「そう」
ミツルは頷く。
「だから爆発が終わっても安全とは限らない。」
「特に爆心地は何週間、場所によっては何ヶ月も立ち入りできない可能性がある」
静かな空気。
ルシファーはゆっくり頷いた。
『……理解した』
『不用意に近付くのは危険ということか』
「まあ、あくまで人間の話だから魔王のあんたらに害があるかわからないんだけどな…」
「でも危険を犯す必要はないと思うぞ?」
『用心するに越したことはないな』
俺は苦笑する。
「毎回思うけど、お前のその知識量どうなってるんだ?」
「普通、一般人はそこまで知らねぇぞ?」
ミツルは肩をすくめた。
「興味あることを色々調べて覚えてるだけだろ?」
ナツがニヤニヤ笑う。
「でも放射能がどれだけ飛散するか分からなかったじゃん。」
「……」
ミツルは呆れた顔をした。
「着弾した時の高さとか、風速とか、地形とか。」
「そんなもん計算できるわけないだろ。」
ナツはさらに笑う。
「そこはミツルが暗算しろよ。」
「出来るか!!」
部屋に笑い声が響いた。
その時だった。
ゾクッ……
俺の全身に鳥肌が立つ。
「……!」
天使の魔力。
俺は目を閉じる。
探知。
「……一人?」
思わず呟く。
「一人で来ただと……」
ルシファーも目を細めた。
『この魔力は……』
『ラファエルだな』
「交渉か……」
俺は窓の外を見る。
「それとも罠か……」
ルシファーは静かに首を振る。
『あいつは人を陥れるようなやつじゃない…』
俺は立ち上がる。
「とりあえず、みんなはここにいてくれ」
ルシファーを見る。
「行くぞ」
『ああ』
オニキス 正門前
夜風が静かに吹く。
そこには一人の天使が浮遊している。
純白の翼。
翡翠色の瞳。
静かな慈愛を宿した表情。
大天使ラファエル。
ラファエルはルシファーを見た。
『……久しぶりですね』
『ルシファー』
ルシファーも静かに答える。
『ラファエル……』
『一人で何の用だ?』
ラファエルの視線が俺へ向く。
『……その人間が』
『竜なのですね』
俺は一歩前へ出る。
「そうだ」
「で?」
「要件は?」
ラファエルの真意は何なんだ……。




