第55話 消える都市
オニキス ダイニング
重たい空気が、
静かにダイニングを包んでいた。
さっきまでの軽い空気は、
もうどこにもない。
レイナが、
少し不安そうに俺を見る。
「……ユウ、大丈夫?」
「あぁ」
俺は短く答える。
「無理はしないさ」
「お前らの安全が最優先だからな」
そう言いながら、
カップへ視線を落とした。
「ただ……」
自然と、
声が低くなる。
「俺は日輪を許してない…」
「正直……今すぐにでも潰しに行きたいくらいだ……」
静寂。
誰も言葉を挟まない。
ナツたちも、
ただ黙って聞いていた。
俺自身、
かなり危ういことを言っている自覚はある。
けど…、
本音が溢れ続ける。
「でも、
今こっちから動くのはまだ怖い」
レイナが綺麗な目で、
じっと見つめてくる。
「天使と悪魔の動きも気になるし……」
「あいつらの狙いがわかるまでは……」
ミツルがこっちを見ながら少し笑った。
「まぁ、
そこを冷静に考えられてるなら大丈夫か」
「さすがの俺も考えてるって…」
俺は苦笑する。
すると、
マサキが話題を変えるように口を開いた。
「ちなみに浮遊城は呼んだけど、
天使と悪魔の攻撃に耐えられるのか?」
俺は頷く。
「あぁ」
「暁闇の話だと、バリアの耐久度は単純に七倍になってるらしいし」
「それに全属性に耐性付いてるみたいだしな」
話を聞いたアキラが口を開く。
「完全にチートやな……」
「まぁ逆に言えば、
これで耐えられないなら、
俺たちはもう手詰まりだな」
俺は笑いながら言った。
だが、
その笑みを見た瞬間。
レイナの表情が、
ほんの少しだけ曇った。
「ユウ……」
アキラが背もたれへ身体を預ける。
「まぁ、一蓮托生ってやつやな」
マサキも軽く笑った。
「今さら逃げる気もないけどな」
「そういうことなら防衛は大丈夫だな」
「じゃあ今日も修行…」
そう言ってナツが立ち上がろうとした。
その時……。
ピピピッピピピッ!!
突然、
テレビから速報の音が響く。
字幕を見た全員の表情が変わる。
[龍華共和国首都、昇龍京が消失…]
ジュンが声を漏らす。
「……こ、これって…」
〔そ、速報が入りました…〕
〔げ、現場から中継です〕
画面が切り替わり、
ヘリからの映像が映し出された。
そこには…更地に変わった都市。
都市を見下ろす影が二つ。
数十分前……。
龍華共和国首都 昇龍京
空が黒かった。
朝だというのに、
巨大な黒雲が都市上空を覆っている。
高層ビル群。
渋滞した道路。
避難しようとする人々。
その全てを見下ろすように、
空に二つの影が浮かんでいた。
六枚の黒翼を揺らす。
傲慢の魔王、ルシファー。
その後方。
巨大な蝿の羽音を鳴らしながら笑う。
暴食の魔王、ベルゼブブ。
地上では、
龍華軍が慌ただしく展開していた。
戦車。
対空砲。
戦闘機。
都市全域へ警報が鳴り響く。
「対象確認!!」
「全軍、迎撃開始!!」
だが…。
ルシファーは、
ただ静かに都市を見下ろしていた。
その瞳には、
感情がない。
まるで、
ゴミを見るように。
『……始めろ』
低い声。
その瞬間。
都市上空に浮かんでいた黒い影が、
一斉に崩れ落ちた。
下級悪魔。
その数、千。
黒い軍勢が、
昇龍京へ雪崩れ込む。
「ぎゃああああああ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
「悪魔だ!!」
悲鳴。
爆発。
悪魔たちは、
人間を引き裂き、
喰らい、
踏み潰していく。
道路は血で染まり、
高層ビルから人々が飛び降りる。
地獄だった。
ベルゼブブが、
その光景を眺めながら笑う。
『いいなぁ……美味しそう……』
『それに恐怖、絶望、死……』
『最高の調味料だからねぇ』
ルシファーは答えない。
ただ、
静かに街を見下ろしている。
その時…。
ゴォォォォォッ!!
龍華軍の戦闘機部隊が、
雲を突き破った。
「ロック完了!!」
「撃てぇぇぇぇ!!」
ミサイルの雨。
砲撃。
だが。
ルシファーが、
ゆっくりと掌を振り上げ。
『落ちろ』
振り下ろす。
ズドォォォォンッ!!
空間が歪む。
次の瞬間。
戦闘機部隊が、
見えない力に叩き潰された。
機体がひしゃげ、
爆発しながら地面へ落下していく。
「なっ……!?」
「重力を操っているのか!?」
龍華軍に動揺が走る。
だが、
攻撃は止まらない。
大型ミサイルが、
ルシファーへ直撃する直前。
ベルゼブブが、
ゆっくり前へ出た。
『ん〜?』
そのまま、
飛来するミサイルを掴む。
そして。
ガブリ。
巨大な口が開き、
ミサイルを丸ごと噛み砕いた。
爆発。
だがベルゼブブは、
嬉しそうに咀嚼している。
『結構美味しい』
『もっと欲しいなぁ』
龍華軍の顔色が変わる。
そして……。
龍華政府地下司令部。
大統領が叫ぶ。
「神属兵器を起動しろ!!」
「住民供給を開始!!」
「はっ!!」
都市中央。
施設が割れ、それは姿を現した。
巨大なアンテナ。
そして、
アンテナへ接続された巨大コンテナ。
その中には…。
押し込められた住民たち。
千人。
泣き叫び、
助けを求めている。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「出して!!」
「助けてくれぇぇぇ!!」
だが、
機械は止まらない。
ゴォォォォォ……
住民たちの生命力が、
強制的に吸い上げられていく。
ベルゼブブが目を細めた。
『へぇ……』
『まるで悪魔だね』
次の瞬間。
アンテナが、
眩く輝いた。
極大の光線。
都市を裂きながら、
ルシファーたちへ放たれる。
空間そのものを焼く、
膨大な破壊エネルギー。
龍華軍が叫ぶ。
「当たれぇぇぇぇ!!」
だが。
ルシファーは、
避けなかった。
静かに後ろへ手を伸ばす。
そして。
ベルゼブブの頭を掴み、
そのまま自分の前へ突き出した。
『え?』
ベルゼブブが目を丸くする。
直後。
ドォォォォォォォォンッ!!
超巨大光線が、
ベルゼブブを襲う。
しかし。
ベルゼブブの口が、
異常なほど大きく裂ける。
『あーーーん』
ゴォォォォォォ……
光が。
消えていく。
喰われていた。
絶望的な光景だった。
司令部の人間たちが凍り付く。
「……は?」
「そんな……」
「神属兵器だぞ……!?」
ベルゼブブが、
腹を撫でながら笑う。
『うーん』
『さっきのほうが美味しかった…』
その瞬間。
ルシファーが、
静かに目を細めた。
昇龍京を見下ろす。
泣き叫ぶ人間。
命を燃料にする国家。
醜く生き延びようとする文明。
そして。
『……不快だ』
初めて。
ルシファーの声に、
僅かな怒気が混じった。
空気が震える。
ルシファーが、
片腕をゆっくり振り上げた。
莫大な黒い魔力が、
天を埋める。
ベルゼブブですら、
笑みを消すほどの圧力。
『消えろ』
振り下ろされた腕。
その瞬間──。
ズガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
昇龍京全体へ、
超重力が落下した。
大地が沈み。
高層ビルが、
紙細工のように潰れ。
道路が砕け。
地下施設ごと圧縮される。
人間も。
兵器も。
悲鳴すら。
全てが押し潰されていく。
都市が。
国家が。
文明が。
たった一撃で、
地面へ叩き潰され。
そこに残っていたのは…。
巨大なクレーターだけだった。




