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第47話 生の記憶、人は怪物


オニキス ナツの部屋(ユウ視点)


レイナが落ち着いた頃、

部屋にはようやく静けさが戻っていた。


ナツの部屋は薄暗く、

窓から差し込む光がベッドのシーツの皺を照らしている。


俺は椅子に腰掛けながら、

ぼんやりと天井を眺めていた。


境界の崩壊からまだ一週間も経ってない。


疲れが来てる…。


「ユウ、どうしたの?」

「ぼーっとしちゃって」


レイナが覗き込んできた。


いつもなら軽口でも返すところだが、

今は妙に思考が過去に引っ張られていた。


「……橋本さんと初めて会った時のこと、

思い出してさ…」


レイナの眉がぴくっと動く。


「……あぁ。あの、カラオケの時の……」


言いづらそうに視線をそらすレイナ。


あれは、忘れようと思っても忘れられない出来事だ。


意識はゆっくりと高校時代へ引き戻されていく。






回想 某カラオケ


高校に入って、

レイナが突然垢抜け始めた頃だった。


部活に入るわけでもなく、

ただ気が向いたから行こうと誘われ、

二人でカラオケに来ていた。


レイナが「ちょっとトイレ」と席を立って、

数分。


俺も飲み物を飲みすぎて、

後を追うようにトイレに向かった。


その廊下で、見た。


男二人に絡まれているレイナを。


一人はレイナの腕をぐっと掴み、

強引に連れて行こうとしていた。


レイナは嫌がって手を振り払おうとするが、

相手は聞く耳を持たない。


その瞬間、思考より先に体が動いていた。


俺はレイナの腕を掴む男の手首をがっちり捻り上げる。


「いってぇ!」


悲鳴を上げた男の声は、やけに甲高かった。


冷静になって相手二人をよく見る。


柄物のスーツ、

明らかに一般人じゃない雰囲気。


…あ、これヤバいやつだ。


レイナが慌てて俺の腕を引っ張る。


「ユウ、やめて!」

「この人たちは…!」


だが止まらない。


というか止めるタイミングを、

完全に見失っていた。


もう一人の男が俺に殴りかかってきた。


拳をギリギリで避ける。


さらに数発、殴ってくる。


すべて避ける。


殴ればまずいと頭ではわかっている。


……手出したら終わりだろ、これ。


けど、躱してるうちに、徐々にムカついてきた。


(何回殴りに来てんだよこいつ……)


そう思った瞬間、

そいつの拳が俺の頬にクリーンヒットした。


「っ……!」


視界が揺れた。


「てめぇ……黙ってりゃいい気になりやがって……」

「死ねぇ!!」


次の瞬間には、

俺の拳が相手の顎を撃ち抜いていた。


一撃で男が吹っ飛び、

壁にぶつかって崩れ落ち、

気を失った。


(あ……やべっ)


すると…。


廊下の奥から、

〝明らかに格が違う〟男が歩いてきた。


空気が一瞬で変わり、重くなる。


「お前ら、何してんだ?」


オーラが全身から漏れ出ている。


男がビビった声で叫ぶ。


「カシラ! こ、このガキが……!」


俺は思わずその〝カシラ〟を睨みつけていた。


「ん? 何だ坊主?」


「……レイナは渡さねぇぞ」


「?」


「どんな因縁付けたか知らねぇが、

女に手出してんじゃねぇぞ!」


男たちの動きが止まった。


レイナは頭を抱える。


「レイナ、早く逃げろ!」


「だ、か、ら! 違うんだって!!」


「?」


そのとき、カシラが豪快に笑った。


「あははは、お嬢の知り合いか」


「……は?」

「……は!?」

「お、お嬢!?」


「橋本さん!!」


レイナは気まずそうに目を逸らした。


橋本は笑いながら俺の肩に腕を回してきた。


「坊主、お嬢を守るためとはいえ、

ヤクザに凄むとはな」

「俺は若頭の橋本って言うんだ、

よろしくな、坊主」


この瞬間、

俺の高校生活の〝バグ〟が一つ始まった。






現代 ナツの部屋


俺は苦笑した。


「……最悪の初対面だったな、マジで」


「ほんとそれ」

「あれであたしがヤクザの娘って、

バレちゃったし…」


レイナは苦笑しながら肩をすくめる。


俺もため息を吐くしかなかった。


あの日、笑って肩を組んできた男が、

もうこの世にいないなんて……、

まだ…実感がなかった…。






龍華共和国首都・昇龍京


スピノサウルスは、

崩れた高層ビルにもたれかかるように、

絶命していた。


四肢の一部は砕け、

尾は断たれ、

巨体には無数の裂傷が走っている。


口元からは黒ずんだ血が流れ、

濁った瞳は虚空を見つめたまま動かない。


戦闘はすでに終わっていた…。


……にもかかわらず、

街には歓声ひとつ上がらなかった。


瓦礫の山、

焼け焦げた車両、

崩れ落ちた建物。


そして…魔物の死骸よりも遥かに多い、

人間の亡骸。


路上には逃げ遅れた住民。


高圧水流で身体を断たれた者。


瓦礫の下敷きになった者。


そして…兵器の〝資源〟として、

使い潰された者たち。


誰も、彼らに目を向けない。


兵士たちは淡々と作業を続けていた。


「青龍の回収急げ」


「玄武の生体反応五。回収班を呼べ」


「朱雀は残量ゼロです」


無機質な声だけが、瓦礫の街に響く。


箱の扉が開かれる。


中から折り重なった人間たちが、

荷物のように地面へ落とされた。


生きている者、

死んでいる者、

判別すらされない。


「……た、助け……」


かすれた声を上げた老人の腕を、

兵士が無言で踏み越えていく。


その先で、

小さな少女が母親の身体を揺すっていた。


「ママ……起きてよ……ママぁ……」


返事はない。


兵士の一人が少女の肩を掴む。


「生体を確認、補充対象だ」


「やだ……! ママといる!!」


泣き叫ぶ少女は、

そのまま引きずられていく。


誰も止めない。


止められない。


この国では…、

人は〝資源〟でしかない…。


瓦礫の中央に、

司令官らしき男が、

端末を見ながら報告を受けていた。


「討伐完了」

「人的損失は、住民を含め推定四百七十二」


「白虎の一撃で、箱一つを使い切るとはな」


「資源を増加させた場合、強化が見込めます」


男は眉一つ動かさず答える。


「一度帰還し、資源を補充後、

魔物の殲滅を再開する」


「はっ!」


その命令と同時に、

兵士たちは再び住民たちへ向き直った。


泣き叫ぶ者、

逃げ出す者、

膝から崩れ落ちる者。


だが結果は同じだった。


容赦なく拘束され、箱へ押し込まれていく。


昇龍京は救われていない。


龍華そのものが、新たな怪物になった…。


司令官らしき男は端末の情報を整理しながら、

通信し始めた。


「運用試験は問題なく終了しました」


〔よくやった〕

〔これで聖戦の礎となるだろう〕


「予定通り、首都の安全を確保次第、

竜の捕獲に向かいます」


〔あぁ、龍華に竜の力を手に入れるのだ〕


「はっ!」


人を喰らう怪物は倒れた。


だが、人を喰う国は今動き出す……。

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