第43話 守るために
オニキス ダイニング(ナツ視点)
扉が開く音だけが、やけに大きく響いた。
俺たちは、無言のまま中へ入る。
誰も口を開かない。
ただ、足音だけが続く。
コツ……コツ……
重い空気が、全身にまとわりついていた。
疲労か、緊張か、それとも…別の何かか。
誰も、それを言葉にしない。
やがて、それぞれが足を止める。
視線も交わさないまま、
俺とユウは、それぞれの部屋へと向かった。
俺は、静かに扉を開ける。
ギィ……
ベッドの上。
カナは、眠ったまま。
穏やかな呼吸。
だが、目を覚ます気配はない。
俺はゆっくりと近づき、
ベッドの横に腰を下ろす。
そっと、カナの手を取った。
温かい。
生きている。
それだけで、
少しだけ安心できる…。
「……カナ」
声が、かすれる。
「もっと早く戻ってれば……」
言葉が続かない。
喉の奥が、詰まる。
「俺のわがままで……」
「薄野に残ってれば……」
握る手に、力が入る。
「……俺……」
小さく、息を吐く。
「……カナのこと、好きなんだ……」
ぽつりと、落ちた言葉。
返事はない。
ただ、静かな寝息だけがそこにある。
俺は、俯いた。
「…でも……」
ふっと、乾いた笑いが漏れる。
「俺一人で戻ってたら……勝てたのか?」
沈黙。
頭の中で、あの光景が蘇る。
石田。
あの力。
あの速度。
「……無理だよな」
すぐに、答えは出た。
分かりきっている。
あの場に一人で戻っても……、
結果は、変わらなかった。
拳が震える。
悔しさと、無力感が、胸の奥で渦巻く。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
心は決まった。
「……それなら…」
小さく、息を吸う。
「勝てるようになればいいんだろ」
静かに。
だが、確かな意志を持って。
「今度は……誰が相手でも」
握った手に、力がこもる。
「一人でも、守れるように」
その瞬間。
かすかに。
近くの部屋から、声が聞こえた。
「うわあぁぁぁぁぁぁん……!!」
泣き声。
子供のように、
抑えきれない感情が溢れ出した声。
「……黒瀬さん…」
目を覚ました。
だが。
俺は、ふと視線を落とす。
ベッドの上。
カナは、まだ眠ったままだ。
静かなまま。
動かない。
「……っ」
唇を噛む。
今、自分に出来ることは、
見守ることじゃない。
カナをもう傷つけさせたくない。
力が足りない。
だから。
俺は、そっと手を伸ばす。
カナの頭を、優しく撫でた。
「……起きたらさ」
小さく呟く。
「ちゃんと伝えるから」
少しだけ笑う。
「……行ってくる」
手を離し、
そして、背を向けた。
扉へ向かう。
一瞬だけ、足が止まりかけるが、
止まらない。
ギィ……
扉を開け、部屋を飛び出した。
ダイニング。
そこには、まだ全員が残っていた。
マサキ。
ミツル。
アキラ。
サイ。
ジュン。
全員の視線が、一斉にこっちへ向けられる。
俺は、そのまま歩く。
迷いなく。
まっすぐに。
サイの前まで。
足を止め、
目を合わせた。
一瞬の静寂。
サイが、眉をひそめる。
「……なんだ?」
俺は、即答した。
「修行に付き合え!」
「……は?」
空気が、わずかに揺れる。
俺は、一歩も引かない。
「俺は守りたい……」
声が、低く落ちる。
「でも……」
拳を握る。
「力が足りないんだ!!」
その言葉が、部屋に響いた。
沈黙。
だが…。
アキラが、ニヤリと笑った。
「えぇやないか」
立ち上がる。
「わいもついでに頼むわ!」
ミツルが肩をすくめる。
マサキは静かに目を閉じる。
ジュンも、小さく頷いた。
言葉はいらない。
全員が、同じ意思だった。
視線が、サイに集まる。
沈黙。
数秒、誰も動かない。
サイは、深くため息をついた。
「……はぁ……」
面倒そうに、頭をかく。
「……めんど……」
だが。
ほんの少しだけ、口元が緩む。
「……まあ、迷惑かけたしな……」
その一言で、十分だった。
俺の表情が、わずかに緩む。
「よし!」
振り返り、軽く声を張る。
「ユウ!俺たち修行いってくるわー!!」
返事はない。
でもそれでいい。
シュゥゥゥ、ブンッ……
俺はもう迷わない。
……二度と、同じ後悔はしない。




