第40話 雨の帰路
米澤組事務所跡地(マサキ視点)
「あぁ……ああぁぁぁあああああ!!」
ユウの叫びが、
薄野の空に響き渡った。
雨音すら掻き消すほどの、
壊れた声。
その時。
俺とジュンの手が、止まった。
回復魔法の光が揺らぐ。
「……ユウ……」
ジュンが小さく呟く。
アキラ、ミツル、サイもユウに近づいていたが、
誰もそれ以上、踏み込めなかった。
ただ、見ていることしか出来ない。
……空気が、重い。
息が詰まる。
……ダメだ。
俺は一度、強く息を吐いた。
ジュンの肩を軽く叩く。
「……戻れ」
「……あぁ」
我に返ったジュンが頷く。
俺たちはすぐに回復を再開した。
ジュンが回復してる女の子はカナと言うらしい。
見たところ、致命傷はない。
(軽傷……脳震盪か)
呼吸も安定している。
俺は黒瀬を回復させていた。
こちらも傷は深くないが、
全身に戦闘の痕が残っている。
(……守ってたのか)
カナを。
この状況で。
歯を食いしばる。
……考えるな。
今は回復だ。
俺は魔力を流し込む。
傷はすぐに塞がっていく。
ジュンの方も、同じように。
回復自体は難しくない。
……早い。
ほぼ同時に、終わった。
ジュンと目が合う。
小さく頷き合い、立ち上がる。
次は、ユウだ。
遠目でも分かる。
あれは、異常だ。
(……生きてるのが不思議なレベルだ)
俺とジュンは同時に駆け出した。
ユウの元へ。
すぐに回復魔法を発動する。
だが……。
(間に合うか……?)
傷が深すぎる。
焼け、裂け、抉れている。
普通なら、とっくに動けない。
「……くそっ」
思わず漏れる。
俺は念話を飛ばす。
(水禍)
(力を貸してくれ)
《分かってるわ》
水禍はすぐに返してくれた。
《マサキは魔力を一定に流すことだけ考えなさい》
《後は私が引き受けるわ》
(……助かる)
俺は意識を集中させる。
一定に、流す。
それだけに。
次の瞬間。
回復速度が跳ね上がった。
目に見えて傷が塞がっていく。
(……俺の相棒はすげぇな…)
横を見ると、ジュンも同じだった。
瑞光の力を借りているのだろう。
だが…。
ユウが、動いた。
無言のまま。
歩き出す。
コツ……
「……」
声をかけようとする。
だが、俺は止まった。
ユウの顔を見た瞬間、
言葉が、出なかった…。
……無理だ。
これは、触れちゃいけない。
周りも同じだったのだろう。
誰も、何も言わない。
ただ、ついていく。
ユウの背中を。
コツ……
やがて、ユウは立ち止まった。
視線の先には…黒瀬。
ユウが、そっと手を伸ばす。
濡れた頬に触れる。
優しく。
壊れ物に触れるみたいに。
「……」
声は、ほとんど聞こえなかった。
だが、
唇が、動いた。
(……ごめんな)
そう、言った気がした。
ユウは黒瀬を抱き寄せる。
「レイナ……」
その名を呼ぶ声は、
あまりにも弱かった。
ナツも、隣でカナを見つめる。
「……カナ……」
俺たちは、
ただ、それを見ていることしか出来なかった。
何も言えない。
言葉が、見つからない。
やがて。
ユウが、黒瀬を抱き上げる。
そのまま、黒瀬を見つめて。
小さく、呟いた。
「……帰るぞ」
短い一言。
ナツが、静かにカナを抱き上げる。
俺とジュンは、手を下ろした。
回復は、もういい。
……あとは。
歩くだけだ。
ユウが先頭を歩く。
ナツが、その少し後ろ。
俺たちは、
少し距離を空けてついていく。
雨の音だけが、響く。
しばらくして。
アキラが、ぽつりと呟いた。
「……ユウがやったあいつ、石田やな」
「……あぁ」
ミツルが短く返す。
少し、間が空く。
ジュンが、小さく言った。
「……他の二人は」
俺は、前を見たまま答える。
「……瓦礫の下だ」
ジュンは、黙った。
ミツルが、続ける。
「……あの二人、生きてるんだよな」
「回復は終わってる」
ジュンが答える。
「……でも、精神のダメージが大きいらしい」
また、沈黙。
サイが、低く呟いた。
「……俺が暴れなきゃ、こうはならなかった」
アキラが、首を振る。
「……お前のせいやない」
だが、サイは何も言わなかった。
雨は、止まない。
俺は、前を見たまま呟く。
「……これから、どうするかな」
答えるやつはいなかった。
ただ。
歩き続ける。
誰も振り返らない。
その帰路は、
あまりにも静かだった。




