第39話 感情のままに
薄野上空
薄野の空気は、
焦げた匂いと湿った熱に満ちていた。
俺は静かに地面へ降り立つ。
竜化(弱)。
(俺は何をしてたんだ…)
ゆっくりと顔を上げる。
「ユウ!!」
ナツの声。
「カナもレイナも……息してる!!」
(……そうか)
だが、俺は何も答えない。
視線の先には、一人の男。
仲間を傷つけた男……石田。
バチ……バチ……
空気が弾ける音。
俺は、一歩踏み出した。
コツ……
「……おい、ユウ……」
ナツの声が、途中で止まる。
何かを感じ取ったのだろう。
言葉が続かない。
(……遅かった)
コツ……
その瞬間。
じわり、と。
俺の身体から、闇の魔力が滲み出る。
空気が歪む。
ナツの息が止まった。
「……なんだよ……それ……」
石田の顔が引きつらせながら言った。
コツ……
「来るなッ!!」
石田が叫び、雷を収束させる。
槍の形を成した雷が放たれる。
バチィッ!!
頬をかすめた。
熱い。
血が流れる。
だが。
俺は止まらない。
「は……?」
石田の目が揺れる。
「なんで……避けねぇ……」
答えない。
コツ……
バチバチバチ!!
雷槍が、次々と飛んでくる。
腕を裂き、
足を焦がす。
肉が焼ける匂い。
皮膚が裂ける感触。
……それでも。
俺は歩みを止めない。
(俺のせいだ)
コツ……
「来るなぁぁぁッ!!」
狙いが、乱れている。
恐怖で、手元が狂っている。
だが、一本。
深く。
ドスッ……
肩に突き刺さった。
肉を焼き、骨に届く。
煙が上がる。
ナツが叫ぶ。
「ユウ!!やめろって!!」
(すぐ帰るって言ったのに…)
槍を突き刺したまま、歩く。
石田の顔が、歪む。
「なんでだよ……!!」
「なんで避けねぇんだよ!!」
無言。
コツ……
石田が歯を食いしばる。
「クソがぁぁぁぁ!!」
空を見上げ、魔力を解放する。
ゴロォォォォ……
雷雲が唸る。
次の瞬間。
ドォォォォォォォン!!!
巨大な雷が、俺を飲み込んだ。
白い閃光。
爆音。
煙。
ナツの声が遠くで響く。
「ユウゥゥ!!」
静寂。
(……殺す)
やがて。
煙の中から。
コツ……
俺は歩み出る。
身体は焼け焦げている。
皮膚は裂け、血が滲んでいる。
それでも。
歩く。
(守れると思ってた)
石田の顔が、完全に崩れた。
「……来るな……」
後ずさる。
「来るなぁぁぁぁぁ!!」
逃げるために、飛ぼうとする。
シュンッ
次の瞬間。
俺は、石田の隣にいた。
ガシッ
翼を掴む。
「…は?」
そのまま、
振る。
ドゴォォォン!!!
地面に叩きつける。
もう一度。
ドン!!
もう一度。
ドン!!
骨が軋む音。
肉が潰れる音。
(間に合うはずだった)
そして。
ブチッ……
翼が引きちぎれた。
脆い。
石田の絶叫。
「ぎゃああああああああ!!」
血が飛び散る。
俺は、それを投げ捨てる。
ゴロゴロと転がる石田。
立てない。
逃げられない。
俺は、また歩き出す。
コツ……
「ひっ……」
石田の身体が震える。
「やめろ……」
「来るな……」
……。
コツ……
(なんで俺は…)
石田が叫ぶ。
「頼む……!!」
(こんなやつを…)
「家族がいるんだ!!」
(助けようなんて…)
「嫁と子供が……!!」
(そのせいで……)
「俺だって……やりたくてやったんじゃ……!!」
俺は、立ち止まる。
そして。
静かに言う。
「……それで?」
石田の顔が、凍りつく。
俺は刀を抜く。
スッ……
次の瞬間。
ドスッ
石田の足に突き刺す。
「がぁぁぁぁぁ!!」
石田の髪を掴む。
無理やり顔を上げさせ、
覗き込む。
石田の瞳に、
俺の姿が映る。
深紅の眼が鈍く光る。
「……ひっ……」
その時。
「ユウ!!」
声が響く。
あいつらが到着したらしい。
だが、どうでもいい。
あいつらはすぐに動く。
マサキとジュンはナツ達に駆け寄る。
「ジュン!カナを助けてくれ!」
「黒瀬は俺が見る!」
治療が始まる。
石田が、口を開いた。
「たす……」
ドスッ
言葉は最後まで出ない。
喉に刀を突き刺したから。
石田は口から血が溢れ、
呼吸が出来ない。
喉を押さえ、もがく。
空気を求めて。
無様に。
俺は、それを見下ろす。
石田の手が光る。
回復魔法。
まだ、生きようとしている。
(こいつはなんで生きようとしてるんだろう)
俺は足を上げる。
そして。
顔面を踏み抜いた。
グシャッ……
動かなくなった。
完全に。
終わった。
……。
ポツ……ポツ……
雨が、降り始める。
やがて。
ザーッ……
強くなる雨。
火の手が上がる街を、叩くように。
俺は振り向き、
みんなの方へ歩く。
コツ……
レイナが視界に入る。
足が、動かない。
視界が歪む。
「……あ……」
喉が、震える。
アキラたちが駆け寄ってくる。
「……ユウ!!」
「……あぁ……」
胸の奥が、軋む。
「あぁ……ああぁぁぁあああああ!!」
叫びが、空を裂いた。
雨音を、掻き消すほどに。
みんなが言葉を失う。
マサキとジュンの手が止まる。
誰も、何も言えない。
俺は、ただ。
叫び続けた。




