第26話 闇の契約者
攻撃に備えてレイナが構える。
闇を纏った拳を前に出し、
腰を落とした格闘家のような構え。
呼吸は荒く、
それでも視線だけは幽月から逸らさない。
「……」
二本の尾を揺らしながら、幽月はゆっくりと円を描くように歩いた。
〈ん?、君は来ないのか?〉
金色の瞳が、俺を射抜く。
〈信頼してるのか…ずいぶん余裕だね〉
俺は一歩前に出た。
竜の魔力を、隠さず垂れ流す。
精神世界が軋み、平安の町並みが歪む。
黒い結晶が悲鳴を上げるように震えた。
「……俺にも参戦しろと?」
声を低く落とす。
「舐めてんのか?」
幽月の瞳孔が細くなる。
〈竜の気配……、なんだこの殺気は…〉
背後で暁闇の影が揺らいだ。
幽月は無言で距離を取る。
〈力の差は理解した…が……〉
〈なぜ、それほどの力を持ちながら、
力で従わせようとしない!〉
「それじゃなんの意味もないんだよ」
俺は闇の空を見上げた。
「俺たちは仲間が欲しいんだ」
幽月は目を細め、わずかに笑った。
〈随分と甘いんだね……〉
〈待たせたね、始めようか…〉
その瞬間、幽月の姿が闇に溶けた。
「消えた?!」
レイナが気配を追う。
「来るぞ!」
ピシピシピシッ
俺の声を聞いたレイナが、力強く踏み込む。
闇を纏った身体が弾丸のように跳ねた。
幽月の影と衝突する。
拳が交錯し、衝撃波が十字路を吹き飛ばす。
「はあっ!」
レイナの右拳が幽月の頬を捉える。
同時に幽月の前足がレイナの腹部を引き裂いた。
血の気配はない。
だが、衝撃だけが魂に刻まれる。
「っ……!」
幽月の尾が鞭のように振るわれ、
レイナの脚を払った。
レイナは宙で体勢を立て直し、
空中から蹴り下ろす。
ドォォオンッ
地面が砕け、闇が舞い上がる。
ドンッ
攻撃を交わした幽月は体当たりで迎撃する。
猫とは思えぬ質量の塊が、
レイナを弾き飛ばした。
〈良いね、人の身でこの速度、この膂力……〉
幽月が距離を取る。
口が、ゆっくりと開いた。
〈じゃあ…〉
闇が集束する。 口前に凝縮される黒い魔力。
〈こういうのはどう?〉
次の瞬間、闇の光線が放たれた。
「――っ!」
レイナは紙一重で、横跳びで躱す。
光線が町並みを薙ぎ払い、
精神世界の景色が崩壊する。
光線が通過した場所だけ、
世界が塗り潰されたように消失した。
回避と同時に、レイナは踏み込んだ。
拳に闇を限界まで纏わせる。
「これで……決める!!」
渾身の一撃。
バキバキバキッ
闇を圧縮した拳が幽月の胴体を撃ち抜いた。
衝撃波が世界を貫く。
幽月の身体が吹き飛び、闇の中へ消えた。
「…ハァハァ…どうだ」
レイナが飛ばした方向を注視する。
その瞬間、
レイナの背後で気配が動く。
〈…惜しい〉
振り向く間もなかった。
幽月は、すでに背後にいた。
幻影。
先ほどの幽月は、闇の残像だった。
前足が振り下ろされる。
ドォンッ
土煙が十字路を覆い尽くす。
やがて煙が晴れたとき、
そこにあったのは…、
地面に倒れ伏したレイナの姿だった。
意識はなく、呼吸だけが浅く続いている。
幽月は静かに俺を見る。
〈……君、ユウって言ったっけ?、
随分と冷静なんだね〉
俺は小さく笑った。
「幽月が加減してくれてるのは、
分かってたからな…、ありがとな…」
幽月の尾が揺れた。
〈へぇ…〉
「致命打は打ってなかったし、
レイナの限界を見るためだったんだろ?」
幽月は黙り込んだ。
「俺が修行させる、
また挑むからそのときは頼むわ」
俺がそう言うと、幽月も小さく笑った。
〈いや……〉
数十分後
俺は胡坐をかき、レイナの頭を膝に乗せていた。
「……んっ……」
まぶたが震え、レイナが目を開ける。
「……負けちゃった、んだ……」
「そうだな」
幽月が歩み寄る。
〈だが、力は見せてもらったよ〉
金色の瞳が、レイナを見下ろす。
〈最後のあの拳、
まともに喰らえば致命傷だった〉
レイナは悔しそうに唇を噛んだ。
〈人の娘にしては、十分すぎる力だったよ〉
幽月は、ゆっくりと尾を立てた。
〈力を貸すよ〉
俺は知っている、あの時と同じ…。
いじめを跳ね除けるために、
変わる努力をしてたあの時と。
「頑張ったな…」
俺はレイナの頭を撫でた。
〈これからよろしく〉
幽月はレイナに肉球を近づけた。
「こちらこそ…よろしく…」
二人は笑顔で手を合わせた。




