第22話 帰る場所
薄野(レイナ視点)
夜の街はまだ生きていた。
ネオンの光が壊れたガラスに反射し、
歪んだ光景を作り出している。
だが、人の気配は少ない。
ここは戦場の外縁、
辛うじて日常が残る場所だった。
「……はぁ」
あたしは屋上の端に立ち、
遠くの空を見つめていた。
北の空、
ユウが向かった方向。
「すぐ戻る」 そう言って飛び立った背中が、
もう何時間も帰ってこない。
「大丈夫だって言われても……」
心臓の奥が、ずっとざわついている。
覚醒者同士の戦いなんて、
想像もしたくない。
でも、ユウは行っちゃった。
「黒瀬さん、そんなにあいつが心配?」
隣でナツが柵にもたれて笑った。
「あいつが死ぬわけないだろ?」
「大丈夫、負ける訳が無い」
「……そういう問題じゃない…」
ナツは苦笑した。
「はぁ、あいつ黒瀬さんの気持ちに、
気づいてないだろうなぁ」
「こんなに好きでいてくれてるのに…」
顔が熱くなる。
否定したいのに、否定できない。
この感情に身を任せたらあたしは、
ユウの親友じゃいられなくなる。
ユウの一番は親友たちだから……。
「……帰ってきたら、殴ってやる」
「それ愛情表現?」
「うっさい!」
ドンッ
あたしはナツを肩パンした。
「痛ッ!」
その時だった。
遠くから黒い影が近づいてくる。
翼を広げた影。
「ユウ……」
胸が締め付けられる。
生きているかどうかなんて、
影を見るまで分からなかった。
ユウが屋上に降り立つ。
焦げ臭い残り香が香る。
地面が僅かに揺れ、
風が巻き起こった。
「ふぅ、お疲れ〜」
いつも通りの声だった。
その瞬間、
張り詰めていたものが崩れた。
「……バカ」
気づいたら走っていた。
ドンッ
ユウの胸に飛び込み、
思いきり抱きつく。
「帰ってくるの、遅すぎ……」
声が震える。
涙が止まらない。
「生きてて……よかった……」
ユウは少し驚いた顔をして、
でもすぐに困ったように笑った。
「死ぬわけないだろ?」
ナツが背後から声をかける。
「お前遅いんだよ、
こっちは結構大変だったんだぜ?」
「お?、もしかして初戦闘?」
「アリの魔物にリベンジかましたぜ!」
「おお!、やるじゃん」
パンッ
二人はハイタッチした。
あたしはユウの胸に顔を埋めたまま動けなかった。
「レイナ、苦しい」
「我慢して」
「理不尽」
ナツが笑った。
「相変わらずだな、お前ら」
少しして、私はようやく離れた。
目をこすりながらユウを見る。
「……怪我は?」
「無傷」
「嘘」
「本当」
ユウは肩をすくめた。
「敵が弱かっただけ」
ナツがため息をつく。
「刑務所の囚人が弱いって言えるの、
多分お前だけだよ」
ユウは夜空を見上げた。
「でもな」
その声が少しだけ真面目になる。
「覚醒者、思ったよりヤバいかも」
「力持ったやつが、
みんな同じ方向を向くとは限らない」
「……どうするの?」
あたしが聞く。
「話す」
即答だった。
「話すって?」
ナツが眉をひそめる。
「覚醒者同士で、ルールを決める」
「守れないやつは、俺たちが止める」
淡々とした声。
でも、覚悟だけは伝わってくる。
「……それ、ほぼ世界の秩序作るって言ってるよな」
ナツが苦笑する。
「無理だと思う?」
ユウが聞く。
「いや?」
ナツは少し笑った。
「お前なら、やりかねない」
あたしはユウを見る。
「……無茶しないで」
「守るって言ったろ」
その一言だけ。
なのに、心臓が跳ねた。
「俺が強くなる理由はそれだけだ」
ナツがため息をついた。
「無自覚で言うのが一番タチ悪いんだよ、
そのセリフ」
「?」
ユウは本気で分かっていない顔をしている。
あたしは顔が熱くなった。
「……バカ」
「なんで?」
「なんでもない」
夜風が吹き抜ける。
ネオンが揺れ、
遠くで誰かの笑い声が聞こえた。
戦場の外側で、まだ日常は続いている。
「とりあえず飯行こうぜ」
ナツが言った。
「……あーしも行く…」
「当たり前だろ?」
ユウは軽く笑った。
「飯のあと、夜景の見えるとこでも行くか〜」
「観光気分かよ」
ナツが突っ込む。
「生きてるうちに楽しまないとな」
その言葉が、私には耐えられない…。
あたしはユウの袖を掴む。
「……帰ってきてくれて、ありがとう」
ユウは少しだけ目を逸らした。
「…ただいま」
夜の薄野に、三人の影が並ぶ。
「私も行きたい…」
置いていかれると思ったカナが、
焦って出てきた。
「置いていくわけ無いでしょ?、
行くよ」
四人の影。
その影はまだ、小さい。
だがやがて、この世界の形を変える影になる。
それを、誰もまだ知らない。




