第21話 託された責任
米澤組事務所(ナツ視点)
黒瀬さんは、いつも通りだった。
いや、〝いつも通りに見せようとしている〟だけだ。
「二人とも大丈夫〜?、
なんか顔かたくな〜い?」
笑顔で、コーヒーを差し出してくる。
手が、少しだけ震えていた。
「黒瀬さんありがとう、俺は平気っすよ…」
「私も……」
わかってる。
俺も、カナも…。
黒瀬さんは無理に明るく振る舞ってることを…。
ユウが飛び立って、あいつのことが心配で。
周りに心配かけないように。
あいつがいつ戻って来てもいいように…。
でも、その穴を…誰も埋められない。
ゴゴゴゴ……
突然、地面が揺れた。
次の瞬間、事務所の近くの5階建てのマンションが大きく傾く。
ガシャァァン!!
崩落。
粉塵。
悲鳴。
「何!?」
黒瀬さんは動揺した声を上げた。
耳鳴りの中で、頭に直接声が響く。
《ナツ、聞こえる?》
「春嵐、聞こえるよ」
《近くに魔物が出た》
《数は一体。場所は事務所の南東だ》
背筋が冷えた。
「カナ、外に出ないでね」
「ナツくん!?」
俺は事務所を飛び出した。
瓦礫の向こうに、それはいた。
赤黒い外殻。
節くれ立った脚。
巨大な顎。
「……アリ……」
視界が揺れる。
駅前。
人が変異して。
潰されて。
泣いて。
逃げられなくて。
ユウが来て。
全部、切り裂いて。
……助けられた側の俺。
「……違う」
拳を握る。
「今度は俺が守る番だろ」
竜化(弱)
バサッ……!
緑の竜翼が生え、
身体が軽くなる。
武器具現化……
左腕に鉄の盾、
右手に片手剣。
「行くぞ……!」
俺は地面を蹴った。
ザンッ!!
剣を振るう。
だが、硬い。
「くっ……!」
刃は脚の半分までしか食い込まない。
ギィィィ
アリが甲高く鳴き、反撃してくる。
ドォン!!
巨大な顎。
盾で受ける。
「ぐっ……!」
衝撃で吹き飛び、ビルの壁に叩きつけられた。
「……がはっ……」
肺の空気が抜ける。
息が、できない。
「……いてぇ」
視界の端で、人影が見えた。
「那津くん!」
橋本さんだ。
熊の手を構えて、出てこようとしている。
「来ないで!!」
叫んだ。
「これは俺の戦いなんだ!!」
橋本さんが怯む。
「しかし……」
「俺がやる!!」
声が震える。
「ユウの隣で歩くって決めたんだ!」
「これくらいできねぇなら……死んだ方がマシだ!!」
自分でも、何言ってるかわからない。
でも、俺の魂が叫んでいた。
俺の背中を見て、
橋本さんは何も言えなくなった。
《ナツ、剣に魔力を集中させろ》
「無理だ……そんな繊細なの……」
《なら、ありったけ乗せるんだ》
《一撃で決めろ》
「……はは」
笑ってしまった。
「やっぱ脳筋だよ、竜種は……」
魔力を剣に流し込む。
身体が熱い。
血管が焼けるみたいだ。
アリが突進してくる。
ドォン!!
今度は盾で受け切る。
脚が地面にめり込む。
「うおおおおおおおお!!」
剣に、風が集束する。
一瞬、あいつの背中が脳裏に浮かんだ。
「兜割りじゃぁぁあ!!」
振り下ろす。
ギャリィィィ……!!
ノコギリで削ったような、汚い断面。
だが、確実に切断された。
アリの身体が、二つに割れた。
ズシャァ……
崩れ落ちる巨体。
「はぁ…はぁ……」
《……初めてにしては、上出来じゃない?》
「全然、駄目だろ……」
膝が震え、座り込む。
空を見上げる。
青空。
雲。
あいつが飛んでいった方向。
「……ユウ」
拳を天に突き上げた。
「やっぱお前すげぇわ!!」
「でも、やってやったぜ!!」
風が、背中の翼を揺らした。
俺は、確かに…、
一歩、前に進んだんだ。
俺は少し太陽が沈むのを見ていた。




