第16話 政府と竜の意向
冥闇城 応接室
長時間の交渉が終わった空気は、
戦闘の後よりも重かった。
神崎と藤堂は互いに目配せし、
静かに資料端末を閉じる。
「条件は、了承する」
神崎の声は淡々としていた。
「刑務所制圧の独立権限。国家は介入しない」
「覚醒者登録の拒否を、公式に認める」
「冥闇城オニキスの治外法権化」
「龍華に関する国家機密の全面開示」
藤堂が一拍置いて続ける。
「加えて、報酬については」
「今回の依頼は百億円、
以降は、依頼の難易度に応じ、
そちらが提示した金額を国家予算から拠出する」
百億円という数字は、
中小国家の年間予算に匹敵した。
数字が空間に落ちた瞬間、
室内の空気がさらに冷えた。
「代わりに刑務所暴動の鎮圧は、
そちらの責任で行ってもらう」
「…異存はないか」
俺はソファに深く沈み込み、天井を見上げた。
「……構わない」
それだけで、国が一つ動いた。
官邸
執務室の照明は落とされ、
総理の背後には巨大なガラス窓が広がっていた。
「影宮悠……」
総理は低く呟く。
背後に立つ男、
龍華の使者が薄く笑った。
「彼は国家戦力にすべきです」
「もはや一個師団より価値がある」
総理はペンを転がしながら、目を細める。
「制御不能な怪物は、兵器ではない」
「だが……使えれば、最強だ」
官邸の廊下では、すでに「影宮悠派兵計画」が非公式に回り始めていた。
国家は、怪物を欲していた。
冥闇城 ダイニング
応接室を出た瞬間、膝が笑った。
「……政治家の相手は、疲れるな」
俺は頭を掻きながら言った。
ナツが笑う。
「政治とかユウには似合わねぇよ、
ミツルはぴったりだったけど」
アキラが鼻で笑う。
「ユウの反応が自然やで」
ミツルが小さく肩をすくめた。
「国家相手に喧嘩売ったのはユウだけどな」
俺はソファに倒れ込んだ。
「今日はもう疲れた」
冥闇城 城門前 早朝
ナツが足早についてくる。
「ユウ、あいつら納得してなかったぞ」
「いいんだよ、
ちゃんと説明出来る気がしないしさ」
「はぁ、本当に二人で大丈夫かな…」
ヒュゥゥゥ
ナツの周りに、翡翠色の風が渦を巻いた。
《大丈夫、僕がちゃんとサポートするから》
春嵐の声がナツの中で響いた。
《初めてだから感覚だけ掴んで》
ナツが唾を飲み込む。
「俺でも……いけるんか?」
《できる》
《もうユウの影に隠れる気ないだろ?》
風がナツの背に集まり、形を成す。
背骨に沿って、薄い竜鱗。
肩甲骨から、風を裂く風竜翼。
竜化(弱)。
「……おお」
風に包まれながら、ナツは笑っていた。
昔の、ただの高校生みたいに。
《行くよ、相棒》
俺は遠くからそれを見て、軽く息を吐いた。
「似合ってんじゃん」
ナツが振り返り親指を立てた。
バサァァッ!!
次の瞬間、翼が大きく広がる。
空に向かって、風が爆ぜた。
ナツの身体が浮く。
「行こう、ユウ!」
俺も闇竜翼を展開する。
「手の平返し早すぎだろ」
二つの影が、冥闇城の縁から空へ飛び出した。
俺達の故郷、北の大地、北幌に向かって。
北幌は、まだ平和だと思っていた。
しかし北の大地は、
すでに怪物たちに喰われていた。




