3月27日(金):枝下色見の日
とある世界では今日は『咲きはじめた枝の下で、色を見比べ、春に似合う残し方を決める』日。アルメリアでは『枝下色見の日』として、朝のうちに枝の影へ布を置き、風にさらすものと休ませるものを分けて、春の色を静かに見定める。
春休みの朝は、鐘が鳴らないぶん、家の中に少しだけ余り時間がある。けれど、その余りは何もしなくていい時間ではなかった。区切りがないぶん、物の置き場を自分で決めないと、軽いものから迷っていく。フィオナは戸口の棚に、昨日たたんだ端布を二枚だけ選んで重ねた。ひとつは薄い生成り。もうひとつは少し厚手の灰白。どちらも、細い輪を休ませても形を崩しにくい。
「きょうは、えだの した?」とクリスが訊く。
「うん。昨日選んだ髪輪を、外の色でもう一度だけ見るの」
レオンがすぐ頷いた。「家の中でよく見えても、外だと枝の影が入るからね。春って、明るいのに見えにくい」
ルミナは端布の端を指でならした。「持っていくなら、その二枚で十分。増やしすぎると、選ぶ前に疲れるわよ」
その言い方が、もう半分は答えだった。
昨日、分校の友だちから預かった小さな籠は、居間の卓の端に置いてある。中には、薄青い髪輪、白い結び布、薄桃の細紐、それから昨日はもう見ないと決めた飾り輪がひとつ。返す前に、枝の下で最後の見え方だけ確かめたい、と頼まれていた。
フィオナは籠を開けたとたん、昨日の鏡台とは別の迷い方を見た。もう選び終えたはずのものと、候補から外したものが、同じ籠の中で同じ顔をしている。これでは、外へ持ち出したとたんにまた増える。
「多いね」とレオンが言った。
「うん。見るものより、持っていくもののほうが多い」
クリスが籠を覗き込む。「みんな いっしょ。ねる とこ、ない」
フィオナは頷いた。軽いものほど、休ませる場所がいる。昨日は鏡台の前でそうだった。今日は枝の下で、同じことをやればいい。ただ、今日は急いで流れを作るより、先に数を減らしたほうがいい。
フィオナは居間の卓へ灰白の布を広げ、その上に生成りの小さな布を重ねた。札は書かない。今日は朝の家だから、色と場所だけで足りる。
「灰白は、みる布。生成りは、やすめる布」
レオンがすぐ意味を取る。「外で見るのは少なくして、外したら休ませるんだね」
「うん。今日、枝の下へ持っていくのは二つまで」
フィオナは籠の中を分けた。持っていくのは、昨日選んだ薄青い髪輪と、比べ直すための白い結び布だけ。薄桃の紐と飾り輪は、そこで畳んで小箱へ移す。返す箱だ。今日もう一度出さないと決めたものは、最初から戻る場所へ入れてしまう。
ルミナが小箱の蓋を渡しながら言った。「見ないものが決まると、見たいものが静かになるのよね」
「うん」とフィオナは小さく答えた。「今日はそっち」
三人で通りの角の小さな桜まで歩く。まだ満開ではない。けれど枝先のいくつかに、薄い花がひらいている。朝の光はやわらかく、花の影も布の影も、境目が少しだけ曖昧だった。
フィオナはまず灰白の布を石の低い縁へ敷いた。風が端を持っていかないよう、四隅を折り込む。その上へ生成りの布を半分だけ重ねる。みる布とやすめる布が離れすぎないよう、でも混ざらないように。
「先に薄青」とフィオナは言った。
外した髪輪は、すぐ生成りの布へ置く。草の上へは置かない。早春の土はまだ冷たく、目に見えない花粉もある。輪の縁に湿りがつくと、見たい軽さが変わってしまう。
レオンが枝の影を見上げる。「今日は白を足すと、前に出すぎるかも」
「ぼくもそう思う。桜の下って、白が強く見える」
フィオナは一度だけ頷き、次に白い結び布を薄青に添えた。悪くはない。けれど、枝の影の中では明るさだけが先へ出て、顔のまわりの色が少しだけ騒ぐ。
クリスが首を傾げる。「しろ、ぴかって してる」
「うん。今日はそれ」とフィオナは笑った。「きれいだけど、少し前へ出すぎる」
薄青い髪輪だけに戻すと、顔のまわりの色が静かにおさまった。桜の薄い花と喧嘩しない。昨日より少しだけ外の朝に近い顔になる。
「やっぱり、こっちだね」とレオンが言った。「増やさないほうが、春っぽい」
その言い方に、フィオナはほっとした。選び直したというより、余分を畳んで残した感じがしたからだ。
見終わったあとは早かった。薄青い髪輪を生成りの布から小箱へ戻し、白い結び布は一度たたんで返す籠の奥へ入れる。灰白の置き布は花粉をはたき、四つに折る。使ったものと使わなかったものが分かれているだけで、帰り支度まで静かだった。
「昨日、布座を作ってよかった」とフィオナが言うと、ルミナが頷いた。
「今日はその続きね。休ませる場所が決まっていると、残すものも決めやすい」
クリスは小箱を見つめて言った。「へらすと、みえるの?」
「うん。きょうは、そのほうが春だった」
帰り道、フィオナはたたんだ灰白の布を腕に抱えた。枝の下の色は、花そのものより、残したものの少なさで見え方が決まるのだと思う。春休みは、時間が空く季節ではなく、余計なものを少しずつ減らしていく季節なのかもしれなかった。
家へ戻ると、戸口の棚に返す籠と小箱を並べた。泡の立つ飲みものに掛ける札や、細い瓶の口へ結ぶ紐も、たぶん同じだ。待つものと、もう使えるものが同じ顔で並ぶと、手はまた迷う。春の軽いものは、増やすより先に休ませる場所を要るのだ。
梁の上でスノーが、たたまれた灰白の布と、小箱の丸い影を見下ろして嘴を鳴らした。「桜は増やして見る花じゃねえ。余りを畳んで、残りを立たせろ――そうすりゃ、春の色は自分で前へ出てくる」




