↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
238/255

8月19日(水):季節句の日

 とある世界では今日は『短い言葉の中へ、季節や目の前の景色をそっと置いてみる』日。アルメリアでは『季節句の日』として、見えたものや聞こえたものを短い言葉にし、その並びや間まで楽しむ日になっている。

 昼前の居間で、クリスは昨日の紙片を見つめていた。

『しろい』

『つぶ』

『まつ』

 白粒米を量ったあと、自分で残した三つの言葉だ。

 昨日は一枚の紙に縦に書いたまま、居間棚の端へ置いておいた。

「きょう、これ、つかう」

 クリスが卓へ運ぶと、レオンが向かい側へ座った。

「昨日、置く場所でも違って見えるって言ってたやつだな」

「うん。ならべる」

 ルミナは台所から細長い紙を三枚持ってきた。

「元の紙はそのまま残しましょう。こっちへ一つずつ写したら、好きに動かせるわ」

 クリスは鉛筆を握った。

 一枚目へ『しろい』。

 二枚目へ『つぶ』。

 三枚目へ『まつ』。

 字の大きさは少しずつ違う。それでも、自分で読める。

「できた」

 余分な紙を切る作業だけはルミナが引き受けた。角も指へ当たらないよう丸くする。

 三枚になった言葉を、クリスはまず昨日と同じ順に並べた。

『しろい』『つぶ』『まつ』

「よんで」

 レオンが一枚ずつ読む。

「しろい。つぶ。まつ」

 クリスの眉が寄った。

「ちがう」

「順番は合ってるよ?」

「でも、ちがう」

 今度はフィオナが卓の横へ来た。

「私も読んでいい?」

「うん」

 フィオナは三枚を見る。

「しろい、つぶ。まつ」

 クリスの顔が少し明るくなったものの、すぐ首を横へ振った。

「ちょっと、ちがう」

 そこへ工房からアストルが顔を出す。

「お、今日は言葉遊びか。父の名作を――」

「お父さんはまだ読まないで」

 フィオナに止められ、アストルは両手を上げた。

「了解。名作は胸の内へ戻した」

 クリスは三枚をじっと見た。

 書いてある言葉は合っている。

 順番も合っている。

 それなのに、頭の中で聞こえるものと違う。

 レオンは札へ手を出さずに尋ねた。

「クリス。どこで止まりたい?」

「とまる?」

「前に朗読の紙束で、読む順番と息を置くところを分けたことあっただろ。休むところがあるのは分かってる。今日は、その休む場所が三枚だけで相手に伝わるかってことじゃない?」

 クリスはしばらく考えた。

 それから、一枚目と二枚目を指で寄せた。

『しろい』『つぶ』

 三枚目だけを少し離す。

『まつ』

「ここ、いっしょ。ここ、やすむ」

「じゃあ、こう?」

 レオンが読む。

「しろいつぶ。……まつ」

 クリスの目が丸くなる。

「それ!」

 今度は自分で読む。

「しろいつぶ。……まつ」

 声にすると、昨日の炊き鍋が浮かんだ。

 白い粒。

 その前で、水面が静まるのを待った時間。

「これ、きのう」

「うん。クリスの見た順になったな」

 レオンは笑った。

 クリスは嬉しくなり、三枚をそのままアストルの方へ押した。

「おとうさんも」

「任せろ」

 アストルは卓の反対側から眺める。

「しろい。……つぶまつ」

「ちがう!」

 クリスが身を乗り出した。

「そこじゃない!」

「え、こっちじゃないのか?」

「ここ!」

 一枚目と二枚目の間を指す。

「ここ、いっしょ!」

「俺の側からだと、どっちの隙間も同じくらいに見えるぞ」

 アストルの言葉に、クリスは止まった。

 自分の席へ戻る。

 こちらからなら、ちゃんと違う。

 一枚目と二枚目は近い。

 二枚目と三枚目は遠い。

 今度はアストルの側へ回った。

 そこから見る。

「あれ」

 斜めになった札は端がずれていて、確かに隙間の差が分かりにくい。

「わたし、わかるのに」

「クリスの中では、もう休むところが決まってるからね」

 フィオナは三枚を動かさずに言った。

「でも、読む人はクリスの頭の中を見られない」

 クリスは自分の額を両手で隠した。

「みえない?」

「見えない」

「じゃあ、みえるようにする」

 答えは早かった。

 フィオナが笑う。

「うん。そこを考えよう」

 クリスは三枚を揃えようとして、すぐ手を止めた。

「おにいちゃん。どうする?」

 レオンは少し考える。

「ぼくが並べたら、ぼくの見やすい幅になる。クリスが決めた幅を、誰が見ても同じにできればいいんじゃないかな」

 グレゴールが地下室から上がってきたところで、その言葉を聞いた。

「基準を置けばよい」

 クリスが振り返る。

「きじゅん?」

「同じ幅を作るための物差しだ」

「ものさし、ながい」

「ならば、長くないものを使え」

 グレゴールはそれだけ言って椅子へ座った。

 フィオナが工房の端材箱から、薄い木片を二つ持ってくる。

 一つは指一本ほどの幅。

 もう一つは、その倍ほどある。

「これならどう?」

「これ、ちいさい。これ、おおきい」

「近く置きたいところには小さい方。大きく休みたいところには広い方を挟む。並べたら木片は外す」

 クリスはすぐにやってみた。

 一枚目。

 細い木片。

 二枚目。

 広い木片。

 三枚目。

 三枚の下端も卓の縁へ合わせる。

「まっすぐ?」

「少しだけ二枚目が上」

 レオンが答える。

 クリスは自分で直す。

 もう一度見る。

「これ」

 木片を抜いた。

 今度は、近い隙間と広い隙間の差がはっきり残った。

 クリスは自分の席から読む。

「しろいつぶ。……まつ」

 次にレオンの席へ回る。

 そこから読む。

「しろいつぶ。……まつ」

 アストルの側からも見る。

「しろいつぶ。……まつ」

「いっしょ!」

 クリスは両手を上げた。

 ルミナも少し離れた台所側から読んだ。

 フィオナも読む。

 最後にグレゴールが眼鏡越しに三枚を見る。

 誰が読んでも、二枚目と三枚目の間で一度止まる。

「みんな、いっしょ!」

「クリスが覚えた休み方を、みんなにも見える形にできたね」

 ルミナが言った。

 クリスはしばらく札を眺めたあと、また動かした。

 今度は、

『しろい』

 を離し、

『つぶ』『まつ』

 を近づける。

「よんで」

 アストルが読む。

「しろい。……つぶまつ」

 クリスは声を上げて笑った。

「へんなの!」

「粒松。地下室にありそうだな」

「ない」

 グレゴールが即答した。

「今のところは」

「増やさないで、義父さん」

 ルミナまで笑う。

 クリスは何度か間を変え、そのたびに家族へ読んでもらった。

 言葉の順番が同じでも、休む場所が変わると聞こえ方まで変わる。

 それが面白くて、もっと札を増やしたくなった。

「『あまい』も、いれる」

 鉛筆を取る。

 そこで止まる。

 昨日の白粒米は、確かに少し甘かった。

 けれど『あまい』を足すと、今いちばん残したかった「待った時間」より、味の方が大きくなる気がした。

 クリスは鉛筆を置いた。

「いらない」

 フィオナが尋ねる。

「書かないの?」

「うん。きょう、みっつ」

「足せるけど、足さない?」

「うん」

 クリスは満足そうに頷いた。

 何かを伝えるために、全部を言わなくてもいい。

 そして、言葉のないところも、何もしていないわけではない。

 三枚は厚紙の上へ置いた。

 貼り付けない。

 また並べ替えられるよう、そのままにする。

 細い木片と広い木片は小さな布袋へ入れ、厚紙の横へ置いた。

「これ、またつかう」

「じゃあ戻す場所を決めよう」

 レオンが言う。

 クリスは考えた。

「ことばのとなり」

 居間棚の手前。

 三枚の札、その横に木片の袋。

 次に遊ぶとき、すぐ一緒に出せる場所だ。

 午後のいちばん暑い時間は戸布を閉じ、家族はそれぞれ静かに過ごした。

 夕方になって日差しが弱まると、ルミナが高窓を少し広く開けた。

 細い風が居間へ通る。

 そのとき、窓の外から小さな羽音がした。

 クリスが顔を上げた。

「きこえた」

 もう一度。

 今度は少し近い。

 クリスはすぐ窓へ走らず、席に座ったまま耳を澄ませた。

「どこ?」

 レオンも窓を見る。

「音はするけど、まだ分からないな」

 クリスは新しい札へ手を伸ばしかけた。

 けれど、やめた。

「まだ、かかない」

 今日は、分からないものへ先に言葉を置かない。

 三枚の言葉の間には、夕方の風が通っていた。

 梁の上でスノーが、居間棚の三枚と開いた高窓を順に見下ろした。

「読む順を知ってても、頭ん中の間までは勝手に伝わらねえ。見える幅にして初めて同じところで休める――明日の羽音も、聞こえた場所だけで決めつけるなよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。