8月16日(日):絵送り窓の日
とある世界では今日は『電子の画面で漫画を読むサービスの節目を祝う』日。アルメリアでは『絵送り窓の日』として、絵物語を一度に先まで見せず、小さな見窓を動かしながら一場面ずつ楽しむ日。
昼前、クリスは昨日の薄い絵物語を抱えて、レオンの隣へ座った。
本の途中には、昨日二人で少し奥へ戻した細い栞紙が挟まっている。
「きょう、ここから」
「うん。昨日の続き」
クリスが栞を抜く。
レオンは開いた頁を一度閉じ、表紙側から頁の順番を確かめ直した。
「今日は、本の順番は変えない。絵もそのまま」
前に、見やすくしようとして絵の大きい紙を先へ出し、物語の順番まで崩したことがある。だから今回は、本そのものには手を加えない。
「でも、クリス、次の絵すぐ見るだろ」
「みえるから」
「見えなかったら?」
「よむまで、まつ」
「じゃあ、一個ずつ見える窓を作ろう」
レオンは工房口からアストルへ声を掛けた。
「お父さん、白い板紙の切り落とし、使っていい?」
「端紙箱のならいいぞ。切るところは持ってこい」
アストルが厚めの白い板紙から、細長い帯を4本切った。角は最初から丸く落とす。
レオンは居間へ戻り、最初の頁にある大きな絵へ合わせて、上下左右へ一本ずつ置いた。
本へ貼らない。挟み込まない。
4本を指先で押さえると、真ん中に四角い窓だけが残る。
「ここだけ見える」
クリスが顔を近づけた。
「まど!」
最初の頁では、うまくいった。
森を歩く主人公だけが窓の中に見える。レオンが文章を読み終えるまで、頁の下側にある次の場面は隠れている。
「つぎ」
頁をめくる。
今度は、小さな絵が縦に3つ並んでいた。
窓は上の絵と真ん中の絵を半分ずつ見せてしまう。
「大きいな」
レオンは左右の帯を内側へ寄せ、上下も狭くした。
「これなら一個」
一場面だけになった。
クリスも頷く。
ところが、その次は横長の絵だった。
主人公が台所へ入り、卓の下にある小箱へ手を伸ばしている。さっき狭くした窓では、伸ばした手も小箱も切れてしまう。
クリスが首を傾げた。
「なに、してる?」
「箱を取ろうとしてる」
「はこ、ない」
「枠の外にある」
「みえない」
レオンは4本の帯をまとめて右へずらした。
小箱は見えた。
今度は主人公の顔が消えた。
「かお、ない」
「じゃあ左……」
「はこ、ない」
さらに次の頁は、見開きいっぱいの絵だった。
四角い窓に入るのは、空と屋根の一部だけだった。
クリスが頬を膨らませる。
「このまど、よみにくい」
レオンの指が止まった。
「でも本の順番は変えてないよ。絵も動かしてない」
少し強い声になった。
向かいで読んでいたフィオナが顔を上げる。
「そこはちゃんとできてるよ」
「じゃあ、なんで読みにくいんだよ」
「本は動かしてない。でも、窓の形を動かしてないからじゃない?」
レオンは4本の帯を見る。
最初の絵に合った。
次の小さい絵にも、狭くすれば合った。
それで、その大きさを正しい形みたいに持ち続けていた。
グレゴールが眼鏡越しに本を眺める。
「頁が変われば、絵の割り方も変わる。順番が正しくても、見せる幅まで同じとは限らん」
レオンは口を尖らせかけて、止めた。
この数日、条件が変わるなら同じ答えへ固定しないと、何度も確かめてきた。
「……窓を先に正解にした」
「そうみたい」とフィオナが言った。「でも本を並べ替えてないから、前と同じ失敗じゃないよ」
「うん。そこは戻ってない」
言葉にすると、少しだけ胸が軽くなった。
アストルが工房から顔を出す。
「作り直すか?」
「待って。先を見てから」
レオンは窓を外し、まだ読んでいない先の頁を3枚だけ、内容を追わないよう絵の形だけ確かめた。
縦に3つ。
横長が一つ。
見開きいっぱい。
「左右の帯、なくてもいいかも」
「どうするの?」とフィオナ。
「上と下だけ隠す。読んだところと、まだ読まないところを分ける」
四角い窓の形はやめた。
左右の2本を外す。
上の帯と下の帯だけを残し、長さは本の横幅より少し短く整える。昨日の細い栞紙を重ねて目安にし、左右の端が頁からはみ出しすぎない位置へ印を付けた。
切るのはアストルに頼む。
「ここまで」
「了解」
アストルが切り、切り口の角をもう一度丸める。
レオンは指の腹で端をなぞった。
「引っかからない」
「それなら本へ置いても傷めにくいな。ただし貼らない」とアストル。
「うん。毎回動かすから」
上の帯は、もう読んだところを隠す。
下の帯は、まだ読まないところを隠す。
2本の間だけを、その場面の見窓にした。
「もう一回」
小さな絵が縦に3つある頁。
上下の帯を動かすと、真ん中の一場面だけが残る。
「これ、みえる」
次は横長の絵。
帯を上下へ大きく開く。
主人公の顔も、伸ばした手も、小箱も全部見えた。
クリスが指を差す。
「はこ、あった!」
「最初からあったよ」
「まどが、かくしてた」
レオンは一拍置いた。
「……はい。窓が悪かったです」
フィオナが笑う。
見開きの頁まで来ると、レオンは2本の帯を本の外へ外した。
クリスが目を丸くする。
「まど、ない」
「この絵は、全部で一場面だから。隠さない方が見やすい」
「まど、やすみ?」
「そう。窓も休み」
グレゴールが手元の読み物から目だけ上げた。
「道具の形を残すより、役目を残せ。使わぬ方がよい頁で外せるなら、その方が融通が利く」
続きを読んだ。
一つずつなら狭くする。
横長なら広げる。
見開きなら外す。
レオンが全部動かすのではなく、途中からはクリスにも下の帯を持たせた。
「次、どこまで見たい?」
「ここ。これ、ひとつ」
「じゃあ下をそこまで上げる」
クリスは慎重に帯を動かした。
「できた」
最後の頁では、主人公が家族と果物を囲んでいた。
クリスは自分で2本とも外す。
「さいご、ぜんぶみる」
「うん」
読み終えると、クリスは本を閉じた。
昨日の栞はもう続きの印には要らない。
レオンは2本の帯と一緒に小さな紙袋へ入れ、『絵送り窓』と書いた。
「次の本は、また絵の形が違うかもしれないから、本には挟まないで横に置く」
薄い絵物語は居間の本棚へ戻し、紙袋だけをその隣へ立てる。
台所では、ルミナが冠のような葉を付けた実を一つ、涼み棚の浅い籠へ置いていた。
クリスがすぐ見つける。
「あれ、たべる?」
「明日ね。まだ香りが薄いから、明日もう一度、匂いと柔らかさを確かめましょう」
「いま、かたい?」
「押さない。今日は見るだけ」
クリスは伸ばしかけた手を引っ込めた。
「じゃあ、あした、みる」
レオンは本棚から少し飛び出していた『絵送り窓』の紙袋を押し戻す。
この数日、レオンは何度も、先に決めた答えが合わなくなるところを見てきた。
今日は、本の順番まで変えずに済んだ。
それでも窓は合わなかった。
合わなくなったら、相手を曲げるより先に、自分の道具を動かす。
明日は、きっとクリスが誰より早く台所の実を見に来る。
そのときは、レオンが先に柔らかいかどうかを決めず、クリスと一緒に確かめればいい。
梁の上でスノーが、紙袋から少しだけ覗く2本の帯を見下ろした。「一枚に合った窓を、全部の頁へ押しつけるな。読めねえなら本を曲げる前に枠を動かせ――先まで見たいなら、答えの方に蝶番を付けとけ」




