7月28日(火):菜葉ほどきの日
とある世界では今日は『数字の並びを葉の名に読み、夏の食卓を青い菜で整える』日。アルメリアでは『菜葉ほどきの日』として、束をほどく前に、今夜食べる葉、明日へ残す葉、先に使う葉を見分け、濡らす分だけを洗う日。
朝、フィオナは台所の乾かし籠に広げてあった二枚の涼み布へ指を当てた。昨夜、水瓜を食べたあとに洗い、重ねず掛けておいた布だ。縁だけでなく、中央まで乾いている。
「もう畳んで大丈夫」
フィオナが言うと、クリスが布の端を両手で持った。
「つめたい。ぬれてない」
二人で角を合わせ、台所の夏布棚へ戻す。昨夜の片づけが、朝になってようやく終わった。
その日の夕方、ルミナが朝の商店街で買ってきた菜葉の籠を低い卓へ置いた。幅の広い葉、赤い茎の葉、香りの強い小さな葉が、それぞれ細紐で束ねられている。外はまだ明るかったが、灯路は石畳の底で夜の光をため始めていた。
「夕餉に使う分だけ、ほどきましょう」
ルミナが手を洗って戻るより先に、アストルが一束を持ち上げた。
「大きい葉から並べれば、切るのが早いな」
「ぼくは茎の長さをそろえる。短いのが下へ入らないようにすれば、運ぶときに見失わない」
レオンは浅い籠を二つ出した。
クリスは葉の縁を見つめる。
「わたし、やぶれ、みつける。こっち、ちいさい」
グレゴールは深鉢を卓の端へ置いた。
「根元を下へ立てれば、葉の形は保てる」
どれも間違いではなかった。けれど、家族は別々の基準で同時に手を動かした。
三本の細紐が外れ、幅広の葉は大きさで重ねられ、赤い茎は長さで別の籠へ移り、柔らかな新葉は破れた葉と一緒にクリスの前へ集まった。グレゴールの深鉢には、残った葉が種類をまたいで立てられる。
その間に、アストルが洗い桶から一つかみを戻した。水滴の付いた葉が、まだ洗っていない葉の上へ重なる。香り葉が幅広の葉の下に隠れ、今夜使うつもりだった赤い茎の半分は、明日へ残す籠へ入った。
フィオナは一枚を持ち上げた。表は濡れているのに、裏には乾いた砂が残っている。
「止めよう。今は、葉の名前も、使う時も分からなくなってる」
アストルが手を引いた。
「すまん。早く片づくと思った」
「ぼくも、長さしか見てなかった。明日へ残す葉まで洗ったら、乾かす場所が増える」
レオンは自分で理由を言い直し、浅い籠を卓から下ろした。
ルミナは外した細紐を三本拾い、卓へ少しずつ間を空けて置いた。
「誰が悪いかではなく、今夜の献立から戻しましょう。今夜は、破れた葉と赤い茎を汁物にする。幅の広い元気な葉は明日の朝。香り葉は濡らさず、明日の夕方まで残す」
「やぶれ、たべる?」
クリスが不安そうに聞く。
「腐っていないものは食べられるわ。形が崩れた葉から先に使えば、捨てなくて済むの」
ルミナは葉の匂いと根元を一枚ずつ確かめた。黒く傷んだ端は薄く切り落とす。裂けただけの葉は今夜の籠へ。張りのある幅広の葉は明朝の籠へ戻し、香り葉は乾いた小皿へ置く。
フィオナは短い紙片を三枚出したが、濡れた卓には置かなかった。木の洗濯ばさみで籠の外側へ留める。
『今夜』 『明朝』 『香り葉』
クリスはフィオナから一枚ずつ受け取り、札の付いた籠へ葉を置いた。
「これは、いま。これは、あした。これは、におい」
「うん。香り葉は、濡らさないで右の小皿」
レオンは混ざった葉を持ち上げる前に、根元を見るようになった。
「赤い茎は今夜。幅広で元気なのは明朝。破れていても匂いと色が悪くなければ今夜。これなら長さより先に分けられる」
グレゴールは深鉢を空にし、乾いた布で内側を拭いた。
「形を守る器も、中身を取り違えれば役に立たん。器は最後だな」
「父さんが自分で言うと、妙に効くな」
アストルが笑い、グレゴールは返事の代わりに眼鏡を押し上げた。
今夜使う葉だけを洗い桶へ移す。ルミナは水の中で葉を押しつぶさず、根元から静かに振った。フィオナが裏返して砂を確かめ、アストルが水切り籠を両手で支える。レオンは洗い終えた葉を一度に重ねず、籠の縁へ広げた。
クリスは水切り籠を覗き込んだ。
「はっぱ、くっつく」
「重なると水が残るから、少し離そう」
フィオナが葉先をずらすと、隙間へ夜の風が通った。
赤い茎は先に刻み、幅広の葉は鍋へ入れる直前に切る。ルミナは茎を薄い汁で煮てから葉を加え、最後に裂けた柔らかな葉を落とした。魔法を使わなくても、火の順と切る順を変えれば、葉は色を失わずにしんなりする。
夕餉の卓には、青い葉の浮いた汁と、昨夜の水瓜の残りが二切れ並んだ。
「きのう、あか。きょう、みどり」
クリスが椀をのぞく。
「明日は何色だろうな」
アストルが言うと、レオンは葉を一口食べてから答えた。
「色より先に、残ってるものを見る。今日の明朝の籠を忘れたら、また同じになるから」
「立派なまとめね」
ルミナが笑う。レオンは照れたように椀へ目を戻した。
食後、明朝分の葉は乾いた浅籠へ入れ、根元を同じ向きにそろえすぎず、間へ空気が入るように置いた。香り葉の小皿には乾いた伏せ鉢をかぶせる。今夜の細紐は洗わず、湿りのないものだけを束ね直して籠の持ち手へ掛けた。
フィオナは『菜葉ほどき札控え』へ書いた。
『束をほどく前に、使う時を聞く。洗うのは今夜の分。裂けた葉は傷みを確かめて先に使う。明日へ残す葉は、濡らさず風を通す』
控え札は台所脇の『食べ物と水』へ入れた。冷渦札控えと木の実袋控えの隣で、名前の見える向きに収まる。
水切りに使った台所布は洗って固く絞り、昨夜の涼み布と同じように、乾かし籠の縁へ一枚で広げた。誰も畳もうとはしなかった。
高窓から、遠い路地の呼び声が細く届いた。近所で呼ばれたように聞こえたのに、返事はずっと向こうの通りから返ってくる。レオンが顔を上げ、聞こえた方角を指しかけて、手を下ろした。
「近くに聞こえても、近くとは限らないんだ」
梁の上で、スノーが夜の風へ首を向けた。「葉は束をほどけば元へ戻せるが、遠い声は聞こえた場所へ戻すな。明日は返事を送る前に、誰がどこから呼んだか確かめろ」




