7月23日(木):文戻し札の日
とある世界では今日は『手紙を書く楽しさと、受け取るうれしさを確かめる』日。アルメリアでは『文戻し札の日』として、便りを届けたあと、返事と控えと道具が帰る場所まで整える日。
昼の工房は、戸布を半分閉じても明るかった。外の石畳から返る白い光が、六つ口の札分け台の縁を細く照らしている。
夏休み6日目。フィオナは学院へ持っていく鞄ではなく、昨日から台の上に残っている木の実袋控えを見ていた。
札には、葉、水滴、家の印と、短い外歩きの手順が書かれている。木の実小袋は台所脇。外歩きの札は玄関小棚。昨日はどちらへ戻すか決めきれず、一時分類の皿へ置いたままにした。
戸鈴が鳴った。
「はい」
フィオナが戸を開けると、伝言屋の配達担当が薄い封筒を差し出した。差出人は近所の通り会だった。
『風影案内札掛けは、今朝の風でも正面を保ちました。木の実小袋の使い方も、次の当番へ渡したいので、手順を3行ほど返してください』
「返事は今日の集荷に間に合えば大丈夫です」
配達担当を見送ったあと、フィオナは封筒を卓へ置いた。
「レオン、木の実袋控えを取ってくれる? 外歩きと安全の箱から」
「うん。昨日、外へ持っていった札だから、そこから探す」
レオンは玄関小棚を開け、手前から札の名を読んだ。白もや風屋根札控え。風影案内札控え。水差し順札。けれど、木の実袋控えは出てこない。
「ない。奥まで見たけど、入ってない」
「だって、ここにあるもの」
クリスが六つ口の札分け台を指した。
「なくしてはいないんだよ。ただ、戻す場所が決まってないの」
フィオナが答えると、台所からルミナが顔を出した。
「私は、木の実の残りや袋を確かめるときなら『食べ物と水』を探すわ」
アストルは通り会の封筒を裏返した。
「俺なら町へ返す手順だから、『町の手順』を見るな」
「ぼくは外へ行く前に使うから、『外歩きと安全』。同じ札なのに、探す入口が3つある」
レオンが理由を並べるほど、フィオナの胸が少し急いだ。六分類にしたのは、探す場所を減らすためだったはずだ。
グレゴールが地下室の階段から上がってきて、札分け台の前で止まった。
「一枚に3つの役を持たせたのではない。3つの場面から、同じ一枚を探そうとしているだけだ」
「それなら、札を3枚に写す?」
アストルが言うと、フィオナは首を振った。
「全部を写したら、あとで手順を直したときに、直し忘れる札が出る。戻す札は一枚にしたい」
ルミナが木の実小袋を台所から持ってきた。家の印の袋には、昨日残した木の実が入っている。
「札を戻す場所は、物の戻る場所に合わせたらどうかしら」
クリスが袋と札を見比べた。
「きのみ、だいどころ。ふだも、だいどころ?」
「そうだね。本当の控えは『食べ物と水』へ戻そう」
フィオナは札の裏へ『戻り先 食べ物と水』と書いた。次に、同じ大きさの札を増やす代わりに、細い紙片を2枚切った。
1枚には、葉と水滴の印を描き、『木の実袋控えは 食べ物と水』。
もう1枚には、『通り会へ返す手順は 木の実袋控えから3行だけ写す』。
「これは手順の写しじゃない。控えがどこにあるかだけを知らせる札」
レオンは紙片を読み、頷いた。
「外歩きと安全には最初の1枚。町の手順には2枚目。これなら中身を直すのは、台所脇の控え1枚だけで済む」
「こっちにいるよ、のふだ」
クリスが言った。
「うん。探し札にしよう」
フィオナは六つ口の札分け台を工房の整理棚から卓の中央へ移した。7月20日に直した左案内溝、案内木、木輪を、指で一つずつ確かめる。壊れてはいない。今日は、直した台を実際に使う日だ。
まず、木の実袋控えを上の差し口へ入れた。案内木を『食べ物と水』へ合わせ、札の角を揃えて押す。札は左へ寄らず、受け皿へ収まった。
次に、葉と水滴を描いた探し札を『外歩きと安全』へ通す。細い紙片は途中で斜めになりかけたため、フィオナは薄い台紙へ貼り、ほかの控え札と同じ幅にそろえた。もう一度通すと、今度は迷わず受け皿へ落ちる。
町の手順の探し札も、同じように台紙へ貼って通した。
「台の問題じゃなくて、札の幅をそろえる手順が抜けてた」
アストルが言う。
「でも、台を作り直さずに済んだ。直したところを、今日ちゃんと使えたね」
フィオナは3枚をそれぞれの場所へ運んだ。本物の木の実袋控えは台所脇の『食べ物と水』。1枚目の探し札は玄関小棚の『外歩きと安全』。2枚目は『町の手順』。
確認のため、今度は札を置くところを見ていなかったアストルが試す。
「明日、木の実を持って外へ出たい」
玄関小棚を開き、探し札を見つけ、台所脇へ行く。そこで木の実袋控えと小袋を一緒に取り出せた。
ルミナは「残った木の実を確かめたい」と言い、最初から台所脇を開ける。
レオンは「通り会へ返事を書きたい」と言い、『町の手順』の探し札を読み、本物の控えへたどり着いた。
「3つの入口から、1枚へ戻れた」
フィオナは肩の力を抜いた。
通り会への返事には、必要な3行だけを写した。
『葉、水滴、家の順に使う』
『袋は休む場所ごとに一つ開ける』
『案内を見る場所と、袋を取る場所を分ける』
封筒の表には近所の通り会。裏にはフレイメル魔具修理店。行く先と、返る先を、別の面へ書く。
レオンが封筒を見て言った。
「手紙も札と同じだね。届く場所だけだと、返事が迷う。戻る名前まであれば、次の人が困らない」
午後のおやつには、家の印の小袋を開けた。クリスは一粒を掌へ乗せ、満足そうに眺める。
「きのうの、つづき。おうちで、たべる」
「約束どおりね」
ルミナは空になった布袋を洗い、日差しの当たらない窓辺へ干した。乾いたら、台所脇の小袋籠へ戻る。
午後の集荷に来た伝言屋の配達担当へ返事を渡したあと、フィオナは学院の夏休み課題の封筒を机へ出した。身近な生活魔具を一つ選び、手入れの工程を書く課題だ。
封筒の裏へ、題名より先に一行を書く。
『借りる工具と、返す棚を先に決める』
明日は工房の道具を借りる。使い方だけでなく、戻り先から書き始めれば、今日の探し札が次の課題にもつながる。
梁の上でスノーが片目を細めた。「文も札も、届いた顔をして居座るな。返事と道具の帰る先まで書いて一人前だ――明日は借りる前に、工具の寝床を空けとけ」




