7月22日(水):木の実道しるべの日
とある世界では今日は『ナッツを夏の元気に役立て、その恵みを身近に感じる』日。アルメリアでは『木の実道しるべの日』として、炒った木の実を小袋に分け、木陰、水、戻る道を確かめてから短い外歩きへ出る日。
朝のうちでも、石畳には昨日の熱が残っていた。
フィオナは工房の壁際から、風影案内札掛けを持ち上げた。『木陰』『水』『戻り』の3枚は正面を向き、2本の吊り紐と下の革輪にも緩みはない。玄関小棚の「外歩きと安全」の箱からは、昨日作った控え札を迷わず抜いた。
『正面線を引く。2点で吊る。下は少し逃がす。印に影を重ねない』
「昨日の手順、全部ある」
「全部あるなら、今日は現場で確かめる日だな」
アストルが受け渡し札を道具籠へ入れた。近所の通り会へ渡す案内札掛けは、広場の東屋へ向かう分かれ道に設置する予定だ。
ルミナは水差し、冷やし布、帽子を玄関の台へ並べた。その横には、炒った木の実を入れた小袋が3つある。袋の口には、葉、水滴、家の印が縫われていた。
「葉は東屋で休むとき。水滴は帰る前。家は予備。暑くなる前に戻りましょう」
クリスは家の印を両手で包んだ。
「これ、さいご。おうちまで、あけない」
「うん。残して帰るのも支度のうちだね」
レオンは道具籠の中を指差しながら、順番を確かめた。
「ぼくは白墨と細紐。お姉ちゃんは札掛けと控え札。お父さんは高いところの取り付け。お母さんは時間と水。クリスは低い位置から印が見えるか確認する。これなら、同じ場所に手が集まらない」
地下室へ続く扉の前で、グレゴールが眼鏡を押し上げた。
「私は留守番だ。家を空にしてまで札を掛ける必要はない。上の風と下の風を同じものとして測るなよ」
梁の上にいたスノーは返事をせず、戸口から先に飛び立った。
分かれ道までは、家から近い。日陰を選んで歩けば、東屋の屋根が見えるころにも、持ってきた水はまだ冷たかった。
設置場所では、近所の通り会の当番が柱のそばで待っていた。柱は東屋の軒が途切れる場所に立ち、片側には広場、反対側には細い路地がある。
「この腕木へお願いします。ここなら、広場から来ても見つけやすいので」
アストルが短い踏み台へ上がり、2本の吊り紐を腕木へ掛けた。フィオナは柱の正面から道へ白墨の線を引き、『木陰』を東屋へ、『戻り』を町側へ合わせる。下の革輪は柱の案内紐へ通し、指2本ぶんの遊びを残した。
クリスが少し離れて、3枚を見上げる。
「はっぱ、あっち。おみず、ここ。おうち、こっち」
「読めるね」
フィオナが頷いたとき、東屋の屋根越しに風が落ちた。
案内札掛けは大きく回らなかった。昨日の調整どおり、少し身を引いて戻ろうとする。けれど戻る途中で、下の革輪が柱の角へ触れた。木枠の下だけが止まり、上が先に戻る。『戻り』の家の印は、町ではなく細い路地を向いた。
さらに、屋根の縁から落ちた影が『水』の印を斜めに横切った。
「止める。まだ渡さないで」
フィオナは木枠を正面へ戻した。アストルも踏み台から下りる。
「昨日は戻ったぞ」
「道具は戻ろうとしてる。でも、ここでは柱の角が革輪の逃げ道を止めてる」
レオンは白墨線と木枠の下端を見比べた。
「風が来る場所も、家の軒下と違う。上から落ちて、柱のところで広場と路地に分かれてる。だから、同じ掛け方でも下だけ横へ押されるんだ」
フィオナは金具へ手を掛けかけ、止めた。壊れてはいない。ここでまた分解すれば、昨日直したものを別の理由でいじることになる。
「直すのは札掛けじゃない。置く場所と、歩く順番」
細紐を柱の上、木枠の中央、膝の高さに結ぶ。3本とも同じ向きには流れなかった。上は屋根から柱へ落ち、中央は広場側へ、下は路地側へ抜ける。
フィオナは木枠の下端へもう1本の紐を結び、風が吹くたびに動く範囲を白墨で地面へ写した。半円の線は、柱の角へ重なっている。
「この線が、ずれた向きを床へ書いてる」
「なら、柱の外側じゃなく内側へ掛ける」
アストルが言った。
柱の内側には、同じ高さの腕木がもう1本ある。そこなら屋根の影が札の正面へ落ちず、革輪が柱の角へ触れない。通り会の当番と位置を確かめ、札掛けを内側へ移した。
次に、歩く人が立つ場所を決める。広場側に葉の印、柱の前に水滴、町側に家の印を描いた小さな板札を置き、見る順番を一方向へそろえた。木の実袋を置く浅い籠も、柱の裏から東屋の腰掛けへ移す。案内を見る人と袋を取る人が、同じ場所で立ち止まらないためだ。
「ぼくが広場から歩く。クリスは町から。お互いにぶつからないか見る」
レオンは走らず、葉、水滴、家の順に目を移した。クリスもルミナと手をつなぎ、反対側から歩く。
「みえる。ぶつからない。おうち、こっち」
板扇で弱い風を送り、次に自然の風を待つ。札掛けは少し揺れたが、革輪は柱へ触れない。屋根の影も3つの印から外れている。
近所の通り会の当番が、地面の白墨線と板札を順に見た。
「道具だけでなく、見る人の立つ場所まで決めるんですね」
「札が正しくても、人が迷う置き方なら案内になりません」
フィオナは受け渡し札へ、設置場所、革輪の遊び、確認した風向き、板札の順番を書き足した。
作業が終わるころ、屋根の上に白い影があった。
スノーは東屋の棟ではなく、屋根板が一段低くなる継ぎ目に立っている。地上の3本の紐が揺れるより先に、首だけが柱の方へ向いた。そこからなら、広場と路地へ分かれる風も、白墨で描いた半円も、一つの道として見えるのかもしれない。
フィオナは見上げたが、呼びかけなかった。解決したのは、紐と白墨と、人が歩いて確かめた順番だ。それで十分だった。
東屋の腰掛けで、葉の袋を1つだけ開く。炒った木の実を家族で分け、水を飲む。帰り支度の前には水滴の袋も開け、家の印の袋だけは約束どおり閉じたままにした。
帰宅後、風影案内札控えは「外歩きと安全」の箱の手前へ戻した。新しく作った木の実袋控えには、葉、水滴、家の順と、案内を見る場所、袋を取る場所を分ける手順を書く。
フィオナはその札を、六つ口の札分け台の上で止めた。食べ物と水の札にも、外歩きと安全の札にも見える。
「明日、実際にどこから探すか試して決めよう」
家の印の袋も台所脇へ置かれた。今日の残りは、明日の暮らしへ続いている。
梁へ戻ったスノーが片翼を畳み、目を細めた。「木の実は殻へ道を隠すが、風は屋根の上へ道をさらす。地べたから全部見えると思うな――俺は高い場所が涼しいからいただけだ」




