7月16日(木):七色旅包み橋の日
とある世界では今日は『雨上がりの空にかかる七色の橋を見て、人と人が結び直す願いを思い出す』日。アルメリアでは『七色旅包み橋の日』として、色に目を奪われる前に、渡す手、受け取る人、戻す包み札を確かめる日。
木曜の朝、フレイメル家の玄関には、昨日の差し戻し札控えが置かれていた。
『持ち主。差し口。絵板向き。手元板1と2。接続紐。戻す棚札』
レオンは靴紐を結びながら、その札を読んだ。遊び箱は楽しかった。けれど、遊び切るより、壊さず戻す方が大事だった。今日は食べ物だ。楽しいだけで手が走ると、今度は誰の包みか分からなくなる。
「今日は、初等学舎に七色旅包み飯が届くんだ」
クリスが玄関小棚の前で振り向いた。
「なないろ?」
「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の包み布を使うんだって。夏休み前の道歩き練習で、包み飯を持つ手と、戻す包み札を見る」
「にじ?」
「うん。作中では七色旅包み橋の日」
ルミナはレオンの鞄の肩紐を直しながら言った。
「色だけで選ばないのよ。きれいな包みほど、名前札が見えなくなることがあるから」
「持つ手、持ち主、戻す包み札」
フィオナは学院の鞄を肩に掛け、少し頷いた。
「濡れた石畳に色布が映ると、包みが増えたように見えるかもしれない。昨日の光と水の筋と似ているね」
「見える数と、台帳の数を合わせる」
アストルが工房から顔を出した。
「お父さんなら赤い包みを選ぶな。強そうだ」
ルミナが振り返る。
「今日は選ぶ日ではありません」
「朝から正しい」
梁の上で、スノーが羽をすぼめた。
「色に強い弱いをつけるな。包み飯は勝負札じゃねえ」
初等学舎の校門前は、雨上がりの光で少し眩しかった。
灯路石の目地には細い水が残り、朝日を受けて銀色に光っている。レオンは列の横を歩きながら、昨日と同じように足元を見た。校門の内側には、低い受け取り台が置かれている。
その台の上に、七色の旅包み飯が並んでいた。
赤い包み、橙の包み、黄色の包み、緑の包み、青い包み、藍色の包み、紫の包み。布は小さく、角がきちんと結ばれている。雨上がりの光が当たると、包みの色が台の白布へ淡く映った。
低学年の子たちが声を上げる。
「虹だ!」
「ぼく、青!」
「わたし、黄色!」
手が伸びる。レオンも思わず近づきそうになった。色がきれいで、並びが気持ちよくて、早く持ってみたくなる。
けれど、昨日のスノーの言葉が残っている。
包み飯を渡す前に、持つ手と戻す包み札を見ろ。
「止まろう。白い石の線の内側で待つ」
「でも、包みが」
「色を見る前に、名前札を見る」
レオンは受け取り台の横へ寄り、初等学舎の朝当番教員に声をかけた。
「すみません。包み飯の色で子どもたちが選びかけています。戻す包み札と受け取り台帳を先に見た方がいいと思います」
朝当番教員はすぐに頷いた。
「知らせてくれてありがとう。配達担当を呼びます」
台の反対側にいた商店街の朝配達担当が、肩掛け袋から台帳を出した。初出の人なので、レオンは背筋を伸ばす。
朝配達担当は包みをすぐ渡さず、まず札を三枚置いた。
『持つ手』 『持ち主』 『戻す包み』
「今日は、色で選ぶ日ではありません。包み飯は、名前と戻す布で渡します」
低学年の子が不満そうに言った。
「虹なのに?」
朝配達担当は笑わなかった。
「虹だからです。七色がきれいに並ぶには、順番と場所がいります」
レオンはその言葉に頷いた。
「見える色と、台帳の名前を合わせます。戻す包み札は、食べ終わったあとに布と一緒に返すんですよね」
「その通り」
朝当番教員は校門前に短い白紐を置いた。
「ここから先は受け取り確認中。子どもたちは紐の外で待ちます」
問題は、台の下にあった。
濡れた石畳に七色の包みが映り、赤の隣にもう一つ赤、青の下にもう一つ青があるように見える。低学年の子がそれを見て、包みがたくさんあると思ったらしい。
「下にもある?」
「ないよ。映っているだけ」
レオンはしゃがみ込まず、指だけで水筋を示した。
「水の上に色が映ってる。包みは台の上だけ。台帳の数は7つ」
朝配達担当が台帳を読み上げる。
赤は1班。橙は2班。黄色は3班。緑は4班。青は5班。藍色は6班。紫は7班。
けれど、色は班の印であって、個人の持ち物ではない。各包みの角には、さらに小さな持ち主札が結ばれている。戻す包み札は、布の内側に入っていた。
「内側?」
レオンが聞くと、朝配達担当は包みを開けずに、結び目の下を見せた。
「外側に下げると、雨で濡れるから。戻す札は内側。食べる前に出して、布と一緒に戻します」
「出し忘れたら?」
「布だけ戻って、誰の包みだったか分からなくなる」
それは困る。遊び箱の棚札と同じだ。戻す道が見えなくなる。
レオンは受け取り札の写しを作ることにした。朝当番教員の許可を得て、白い紙に書く。
『色。班。持ち主。戻す包み札。返す場所』
朝配達担当が読み、朝当番教員が確認する。レオンは書く。友人が横から、札の向きを見てくれる。誰か一人でやらない。町の手順に乗せる。
最後に、渡す手を決めた。
包みを受け取るのは、各班の一番前の子ではない。両手で持てる子が一人、戻す札を読む子が一人。持つ手と読む目を分ける。
レオンは5班の青い包みを受け取る係になった。
「ぼくが持つ。君が戻す札を読む。渡したら、机の真ん中じゃなくて、班の白布の上へ置く」
「分かった」
青い包みは、思ったより軽かった。けれど、布が少し湿っていて、結び目が指に冷たい。急いで持てば、角がほどけそうだ。
「両手で持つ」
レオンは自分に言い聞かせた。
朝の自由時間、七色旅包み飯は教室の白布の上へ並べられた。誰もすぐ開けない。まず戻す包み札を外へ出し、班の横へ置く。食べるのは昼だ。朝は、渡す手順と戻す場所を確かめるだけ。
低学年の子が、小さく言った。
「虹、食べないの?」
レオンは少し笑った。
「虹は食べないよ。でも、虹みたいに並んだ包み飯は、昼に食べる。きれいに戻せたら、また頼める」
「また、にじ?」
「うん。戻せる虹なら、また来る」
朝当番教員は、七色橋札の写しをレオンにくれた。
『色で選ばない。持つ手を見る。戻す包み札を出す。受け取り台帳に合わせる』
その札を受け取ったとき、レオンは胸の奥が少し熱くなった。今日のヒーロー心は、誰より早く包みを取ることではない。きれいな色に手が走る前に、戻る道を作ることだ。
夕方、レオンは七色橋札控えを玄関小棚へ置いた。
差し戻し札控えの隣に、今日の札が入る。家息札、灯鈴札、行き戻り荷札控え、四音札控え、半箱札控え、足手逃げ道札控え、長麺札控え、冷渦札控え、芯皮札控え、切り光札控え、葉皿ほめ札控え、星紐願い札控え、戻り札預け札控え、順足札控え、糸向き札控え、席間札控え、みまもり札控え、影音見分け札控え、空向き花札控え、差し戻し札控え。その列に、七色の札が加わった。
クリスが札を覗き込む。
「にじ、たべた?」
「包み飯を食べた。虹は戻した」
「もどした?」
「包み布と戻す札を返したんだ。色だけ持って帰ったら、次の虹が困るから」
フィオナは少し笑った。
「いい言い方。きれいなものほど、戻し方がいるね」
アストルは赤い布の話を聞き、少しだけ残念そうにした。
「赤が勝ったわけじゃないのか」
「勝ってない」レオンとクリスが同時に言った。
ルミナは玄関小棚の札の間を、指一本ぶん空けて整えた。
「七色は、隙間があるから見分けられるのね」
夜の灯路が窓の外で淡く光り始めた。明日は東京の日。レオンは、初等学舎の地図棚に古い町名札と新しい町名札が並んでいたことを思い出した。名前を変えるなら、古い札の向きも、新しい札の置き場所も必要になる。
梁の上で、スノーが七色橋札控えを見下ろし、嘴を鳴らした。「色に手を走らせるな。持つ手と戻す包み札を見て、台帳に合わせてから渡せ。……明日は町の名を呼ぶ前に、古い札と新しい門札の向きを見ろ」




