7月7日(火):星紐願いの日
とある世界では今日は『星に願いを届けるため、細い紙に言葉を書いて笹へ結ぶ』日。アルメリアでは『星紐願いの日』として、願いの紙を軽く整え、紐の余りを見て、枝が戻る余地を残してから結ぶ日。
朝の玄関小棚で、クリスは昨日の葉皿ほめ札を指でなぞっていた。
『葉を広げる。水を待つ。味を置く。いいねは最後』
その隣には、家息札、灯鈴札、足手逃げ道札、長麺札、冷渦札、芯皮札、切り光札が並んでいる。小棚はもう少しでいっぱいだ。けれど、フィオナが端をそろえてくれたから、今日の札が入る場所は残っている。
「きょう、ほし?」
クリスが聞くと、ルミナは鞄の紐を結びながら頷いた。
「星紐願いの日よ。星粒ほいくえんで、願いの紙を書くのでしょう」
「わたし、かく。ほし、くる?」
「昼には見えないけれど、願いの支度は昼にできるわ」
レオンが初等学舎の鞄を背負い直した。「昨日スノーが言ってただろ。紙の重さと紐の余りを見るんだ。湿った紙を枝先に集めると、枝が片方へ引っぱられる」
「えだ、いたい?」
「痛いというより、戻れなくなる。ぼくの腕も、荷物を片方だけに掛けると戻りにくいから」
クリスは自分の肩を触った。
「えだ、もどる。わたし、みる」
フィオナは学院へ持っていく薄い冊子を抱えたまま、短冊紙を一枚持ち上げた。上の端に小さな穴があり、細い紐が通せる。
「紙は軽いけれど、湿ると重くなるの。今日は雨上がりだから、書いたあとすぐ結ばない方がいいかもしれない」
「すぐ、だめ?」
「すぐが悪いんじゃないよ。乾く前に結ぶと、願いが下を向くの」
クリスは短冊を覗き込んだ。
「ねがい、した、むく」
「だから、結ぶ前に見る」
ルミナは予備の布を一枚、鞄へ入れた。
星粒ほいくえんの昼前の部屋には、青笹の枝が立てられていた。
枝は園庭の端で育ったものを、朝のうちに切って水壺へ挿したものだ。雨上がりの葉は濃く、近くへ寄ると、青い匂いがする。
星粒ほいくえんの生活担当は、低い台へ短冊紙、色紐、白い布、浅い皿を並べた。
「今日は、願いの紙を結びます。最初に見るのは、何でしょう」
クリスは手を挙げた。
「かみの、おもさ」
「そう。次は?」
「ひも、あまり」
「その次は?」
「えだ、もどる」
生活担当は微笑んだ。「よく覚えていたわね」
短冊紙は、乾いたものと、少し湿ったものに分けられていた。クリスは一枚ずつ持ってみる。乾いた紙は指に軽い。湿った紙は、同じ大きさなのに、端が少し下がる。
「こっち、おもい」
「雨の湿りを吸っているわ。重い紙は、すぐ枝先へ結ばないで、まず広げます」
白い布の上へ、短冊を一枚ずつ置く。昨日の葉皿と似ている。広げる。待つ。水の逃げ道を作る。今日は葉ではなく、願いの紙だ。
クリスは自分の短冊へ、ゆっくり書いた。
『かぞくが わらう』
生活担当が横へ小さく読みを添える。クリスはその字を見るだけで、胸の中がふわっとした。
「わらう。いいね」
その瞬間、短冊の上に小さな白い星の幻が浮いた。昼の部屋に似合う、淡くて軽い星だった。一つなら、ただきれいなだけで終わった。けれど、隣の子が「わたしも、ほし」と言い、向かいの子が「もっと」と手を伸ばした。
クリスの嬉しい気持ちが、台の上で広がった。
短冊の上に、小星の幻が増える。重さはないはずなのに、子どもたちの手は「重い」と思ってしまう。まだ湿っている紙まで枝先へ運ばれ、短い紐で結ぼうとする手が増えた。
青笹の枝先が、すうっと下がった。
「えだ、つかれた」
クリスが言うと、生活担当はすぐに枝を直さず、まず子どもたちの手を止めた。
「今は、願いがはしゃいでいるのね」
「ねがい、はしった?」
「走ったわ。だから、座らせましょう」
「すわる」
クリスは椅子に座った。自分が座ると、短冊の上の小星も少しだけ低くなった気がした。
生活担当は札を四枚、台に並べた。
『紙』 『紐』 『枝』 『待つ』
「紙の重さを見る。紐の余りを見る。枝の場所を見る。それから、待つ」
「はっぱ、みず、あじ、いいね。きょう、かみ、ひも、えだ、まつ」
「そう。今日は、待つところが大事」
子どもたちは、結びかけた短冊をいったんほどいた。ほどいた紐は浅い皿へ置く。湿った短冊は白い布へ広げる。乾いた短冊は別の布へ置く。枝先へ集まっていた紙を外すと、青笹の枝はすぐには戻らなかった。少し下を向いたまま、静かに揺れている。
「まだ、もどらない」
「枝も休む時間がいるわ」
生活担当は水壺の向きを少し変え、枝の根元がまっすぐ立つようにした。魔法は使わない。水を足し、傾きを直し、待つだけだ。
クリスは自分の短冊を見守った。
「まだ?」
「まだ」
「もう?」
「もう少し」
待っているうちに、小星の幻は三つから二つになり、一つになった。最後の一つは、字の上ではなく、紐を通す穴の近くで止まった。
生活担当が頷いた。
「今なら結べるわ。星が穴の近くで落ち着いたもの」
「ほし、てつだう?」
「少しだけ。でも、結ぶのは手」
クリスは紐を穴に通した。すぐ結ぼうとして、止まる。左が短く、右が長い。短い方だけを引けば、枝をきつく締める。
「たりない」
「どうする?」
「もどす」
クリスは紐を少し戻し、左右の長さをそろえた。枝先ではなく、少し根元に近い場所を選ぶ。葉の根元を避け、枝が上へ戻れる隙間を残す。
一回結ぶ。ぎゅっとしすぎない。余った紐は、下へまっすぐ垂らす。
短冊は下を向かなかった。風もないのに、紙がふっと軽く揺れた。最後の小星の幻は、短冊の穴のあたりで小さく光り、すぐに消えた。
「できた」
「願いが座ったわね」
生活担当が言うと、クリスは胸を張った。
「わたしも、すわった」
昼の片づけのころ、青笹にはいくつもの短冊が結ばれていた。重い紙は根元に近く、軽い紙は枝先に近い。短すぎる紐は使わず、皿に残した紐は小さな輪飾りにすることになった。
「のこったひも、すてない?」
「捨てないわ。戻る役目を探しましょう」
「ひもも、ねがい?」
「紐は、願いをきつくしないための道具ね」
クリスはその言葉を、まだ全部は分からなかった。けれど、紐が余っていると、紙が苦しくなさそうに見える。それは分かった。
夕方、クリスは星紐願い札を握って帰ってきた。
玄関に入ると、レオンが「どうだった?」とすぐ聞いた。フィオナも学院の鞄を下ろしながら、少し身をかがめる。
クリスは両手で札を掲げた。
「かみ、みる。ひも、みる。えだ、みる。まつ」
「待つまで言えたなら上出来」レオンが頷いた。「ぼく、明日から紐を結ぶ前に左右を見る。短い方だけ引っぱると、助けるつもりでも乱暴になるから」
「いい気づきね」とルミナが言った。
アストルは台所の端に置いた家用の短冊を見て、筆を持った。
「願いを一枚に三つ書いたら、やっぱり重いか?」
地下室の扉の前で、グレゴールが眼鏡を押し上げる。「紙にも肩がある。詰め込みすぎると、肩が下がる」
「紙に肩」
クリスは自分の肩をもう一度触った。
フィオナは白い短冊を一枚取り、少しだけ考えてから、短く書いた。
『夏休み前に、落ち着いて話す』
誰と、とは書かない。ルミナは何も言わず、レオンは何か聞きかけて、自分で口を閉じた。
「見ないのも、紐の余り?」レオンが小声で聞く。
ルミナは笑った。「そうね。余りを残すと、願いはきつくならないわ」
クリスは自分の短冊を家の小さな枝へ結んだ。紙の重さを見る。紐の左右を見る。枝が戻る場所を見る。結んだあと、少し待つ。
夜の灯路が窓の外で淡く光り始めた。雨上がりの石畳は、星の代わりに足元で光っている。玄関小棚には、星紐願い札控えが、葉皿ほめ札の隣へ加わった。
クリスは札を指で押さえた。
「ねがい、すわった」
梁の上で、スノーが青笹の枝を見下ろし、わざと退屈そうに羽を畳んだ。「願いは高く結べば届くってもんじゃねえ。紙の重さを見て、紐の余りを残して、枝が戻るまで待て。……明日は預ける前に、持ち主札と戻る時刻を見ろ」




