6月29日(月):四音来訪の日
とある世界では今日は『四人の音が海を越えてやって来て、多くの人に迎えられたことを思い出す』日。アルメリアでは『四音来訪の日』として、違う場所から来た四つの音を、ひとつの箱へ押し込まず、聞く順番と休ませる場所を整える日。
月曜の夜、フレイメル家の居間には、昼の湿りがまだ少し残っていた。
王立魔法学院分校から帰ったフィオナは鞄を椅子の背に掛け、レオンは初等学舎の宿題を片づけ、クリスは星粒ほいくえんで作った丸い紙飾りを両手で抱えていた。台所ではルミナが濡れ布と乾き布を分け、工房からはアストルが小さな木箱を持って出てきた。
「今日は四音来訪の日だからな。家の音を四つだけ選んで、短く合わせてみようと思って」
木箱の蓋を開けると、中には鈴玉、古い音管、木匙、小さな戸鈴の替え玉が入っていた。どれも布に包んであるはずなのに、箱の中で少しずつ寄り、角が触れ合っている。
アストルが言い訳の前に咳払いした。「夕方、みんなが一つずつ入れていったんだ。父さんは箱を持ってきただけだぞ」
フィオナが眉を上げた。「持ってきた人が、混ざったまま開けたんでしょ」
レオンは箱の中を見て、すぐに顔をしかめた。「これ、同じ箱に入れたの?」
クリスがのぞき込む。「おと、ぎゅうぎゅう」
その言い方に、レオンは昨日のスノーの言葉を思い出した。
四つの音を、同じ箱に押し込むなよ。
「お父さん、先に出そう。鳴らす前に分ける」
アストルは両手を上げた。「はい、今日の主役は家族で」
「主役を逃げ道にしない」フィオナが言った。
「逃げてない。少しだけ隠れただけだ」
ルミナが乾いた布を四枚、居間の低い机に並べた。「音にも座る場所がいるわね」
レオンはまず、鈴玉を取り出した。長昼の灯鈴の日に使ったものだ。腹の中には何も入っていない。けれど包み布の端が湿っている。次に、古い音管を出した。楽器の日に休ませ布へ寝かせてから、居間棚で静かにしていた管だ。布には小さな丸い跡が残っている。
「音管の布、替える」レオンは言った。「前にスノーが言ってた。音より先に、休ませた布を替えろって」
「覚えてたのね」フィオナが少し驚いた顔をした。
「忘れたら、管がまた湿る」
クリスは木匙を持ち上げようとして、フィオナに止められた。
「クリス、それはまだ待って」
「まつ。わたし、木匙まつ」
「待ててる」
「まててる」
グレゴールが地下室の扉から顔を出した。「四つの音を合わせるなら、箱ではなく距離が大事だ。近すぎれば濁り、遠すぎれば家族ではなくなる」
アストルが小声で言った。「父さん、今日は格好いい方の理論だ」
「いつも格好いい」
「それは長くなるから、あとで」
レオンは四枚の布に札を置いた。
『鈴玉』 『音管』 『木匙』 『戸鈴玉』
それから少し考え、もう一枚の札を足した。
『聞く順番』
「音の名前だけじゃ足りない。誰がいつ鳴らすか決めないと、みんな一緒に鳴らしたくなる」
クリスがすぐに手を挙げた。「わたし、いちばん!」
「うん、言うと思った」
「いちばん、だめ?」
「だめじゃない。でも今日は、四つが来る日だから、一つだけ先に走ると、あとが迷う」
クリスは唇を尖らせたが、木匙を布の上へ戻した。「じゃあ、いちばん、まつ」
「いちばん待てるの、強いね」ルミナが言うと、クリスは少しだけ得意そうに背筋を伸ばした。
フィオナは鈴玉を持ち、内側を確認した。「鈴は鳴る。けど、机の真ん中だと全部の音を拾いすぎる」
「じゃあ、四隅に置く」レオンは低い机の角を指さした。「鈴玉は玄関側。音管は窓側。木匙は台所側。戸鈴玉は工房側」
アストルが頷いた。「家の中の場所に合わせるわけだ」
「うん。音の戻る場所も分かる」
レオンは新しい休ませ布を音管の下に敷き、古い布を乾き棚へ回した。木匙はルミナが乾いた布で柄を拭く。戸鈴玉はアストルが指先で留め具を見た。鈴玉はフィオナが軽く持つ。クリスは木匙の前で、両手を膝に置いて待っていた。
「聞く順番はどうする?」フィオナが聞いた。
レオンは少し迷った。自分が決めたい気持ちがある。けれど今週、ずっと道を分けてきた。荷の道も、声の場所も、湯気の底も。今日は家族の音だ。ひとりで決めると、また同じ箱になる。
「一人一つずつ、理由を言って決める」
「ぼくは音管が最後がいい」レオンは自分から言った。「息を入れる音は、ほかの音を聞いてからの方が強く吹かなくてすむ」
フィオナは鈴玉を見た。「私は鈴玉を最初にしたい。入口の合図だから」
ルミナは木匙を指さした。「台所の音は、真ん中がいいわ。家の中で、いちばん毎日の音だから」
アストルは戸鈴玉を持ち上げた。「工房の戸鈴は、最後の前。外から来たものを、中へ入れる音だ」
クリスが首をかしげた。「わたしは?」
「クリスは木匙」ルミナが言った。「真ん中の大事な音」
「まんなか。わたし、まんなか」
クリスは嬉しそうに木匙を持った。けれど鳴らす前に、ちゃんとレオンを見る。
「まだ?」
「まだ。聞く場所を決める」
レオンは机の前に座布を半円に置いた。鳴らす人は立たない。聞く人の顔が見える高さで座る。話したい人は、音のあとに一言だけ言う。長くすると、次の音が入る場所をなくす。
グレゴールが感心したように頷いた。「会話にも余白を置くか」
「おじいちゃんの話も、一言だけね」
「む」
「一言なら、聞く」
「……では、一言にしよう」
アストルが笑いをこらえ、フィオナも少し横を向いた。
最初はフィオナの鈴玉だった。強く鳴らさず、指先で一度だけ揺らす。小さな音が居間の入口に触れ、玄関小棚の札の列へ戻っていく。
「来た音を、急がせない」フィオナが言った。
次はクリスの木匙。ルミナが小さな木皿を出し、クリスはそこを一度だけ軽く叩いた。明るい音が台所の方へ跳ね、すぐ落ち着く。
「ごはんの、おと」クリスは言った。「みんな、くる」
三つ目はアストルの戸鈴玉。工房の戸口で聞くよりずっと小さい。けれど、仕事場の気配が居間へ少しだけ入ってきた。
「預かったものは、家の外で終わらせない」アストルが言った。
最後に、レオンは古い音管を持った。新しい布の上で休ませたあと、入口へ細く息を入れる。強く吹かない。前の三つの音が消えるまで待つ。音管は少し低く、短く鳴った。
「四つを一つにするんじゃなくて、四つのまま聞く」
言ってから、レオンは胸の奥が少しあたたかくなった。今週、ずっと道を分けていた。けれど分けることは、離すことではなかった。戻る場所を作ることだった。
ルミナは四枚の布を見て微笑んだ。「きれいに混ざらなかったわね」
「混ざらないのに、同じ居間にある」フィオナが言った。「それでいいんだ」
クリスは木匙を布へ戻した。「おと、けんかしない」
「しなかったね」
レオンは四音札を書いた。
『四つの音は、同じ箱へ入れない』 『鳴らす前に、布を替える』 『一音のあとに、一言だけ』 『戻す場所まで決める』
玄関小棚には、行き戻り荷札、小店札、露湯札、住み角札、映り札、静名札、白柱戻し札、灯鈴札、家息札が並んでいる。その横に、今日の四音札を足すと、小棚はまた少しだけ狭くなった。
けれど、レオンは慌てなかった。町へ出る札、家の中の札、返す札。その隣に、聞く札を置く。場所を決めれば、増えても散らからない。
夜の灯路が窓の外で淡く光り始めた。月末の湿りはまだ残っている。明日で一年の前半が終わる。半分まで来た、と考えると、少し不思議だった。残り半分も、きっとまた札が増える。
梁の上で、スノーが四枚の布と四音札を見下ろして言った。「四つを一つの箱に詰めるな。聞く場所を分けたから、同じ部屋にいられるんだ。……明日は半分で止まれ、残りを入れる前に箱の空きを見ろ」




