6月28日(日):行き戻り荷札の日
とある世界では今日は『遠くへ渡る荷と、戻ってくる荷の道を見直す』日。アルメリアでは『行き戻り荷札の日』として、町の小さな商いで使う箱や札を確かめ、行き先と戻り道を混ぜないよう整える日。
日曜の昼、フレイメル魔具修理店の前の通りには、雨上がりの匂いが残っていた。灯路石はまだ昼の顔をしているが、石の隙間には細い水が光っている。通りの共同荷受け棚には、近所の店から預かった小箱がいくつか並んでいた。
昨日、小店の誇りの日で使った頼み札箱も、棚の横で乾かしてある。レオンはその隣に立ち、腕を組んだ。
荷を渡す前に、行き先と戻り道を分けろ。
朝から、スノーの言葉が頭に残っている。
共同荷受け棚は、通りの小さな店が使う荷の置き場だ。修理に出すもの、直って戻るもの、空箱だけ返すものを、一度ここで分ける。今日の当番はフレイメル家だった。
「レオン、これ、どっち?」クリスが小さな箱を抱えて聞いた。
箱には、ひつじ雲ベーカリーの麦穂印がついている。中身は空だ。けれど側面には、フレイメル魔具修理店の小さな戻り札も挟まっている。
「うーん。空箱は戻る荷。でも、戻り先はひつじ雲ベーカリー。修理店に戻るんじゃない」
「もどる、でも、こっちじゃない?」
「そう。戻るにも、戻る場所がある」
クリスは難しそうな顔で箱を見た。「かえりみち、いっぱい」
「いっぱいある。だから札がいる」
アストルが工房から出てきた。「頼み札箱を片づけるついでに、共同荷受け棚も見てくれ。今朝から、行き荷と戻り荷が同じところに寄るんだ」
「棚が傾いてるの?」
「傾きというより、置き方が古い。行く荷と戻る荷だけなら足りたんだが、空箱と翌日回しの荷が増えて、札が前へ倒れる」
レオンは棚の下段を覗き込んだ。木の底板に、細い仕切り溝が二本ある。左が行き荷、右が戻り荷。そこへ差した仕切り板で、箱の置き場を分ける仕組みだ。
けれど、右の戻り札だけが黒く湿り、前へ倒れていた。梅雨の水気で札の下端が丸まり、隣の空箱の札へ重なっている。棚そのものは壊れていない。けれど、このままでは行き荷、戻り荷、空箱が同じ列に見えてしまう。
「直すのは棚じゃなくて、流れだ」
フィオナが玄関から乾いた布を持ってきた。「混ざっているのは、荷じゃなくて道ってこと?」
「うん。行き先と戻り道と、空箱の置き場所が同じ顔をしてる」
ルミナは浅い皿を三枚並べた。「じゃあ、まず分けましょう。行き荷、戻り荷、空箱」
「ぼくが札を読む」レオンは言った。「お姉ちゃん、荷の場所を見て。クリスは空箱だけ持って」
「からばこ、わたし」
「落とさないでね」
「おとさない」
レオンは荷札を一枚ずつ読んだ。湯屋へ返す温度杓の布袋。糸屋から来た濡れ糸巻き。ひつじ雲ベーカリーへ戻す空箱。修理店で今日預かるものと、明日渡すものも混ざっている。
「今日渡すものと、明日渡すものも分ける。日付が違う荷を同じ棚に置くと、今日の人が迷う」
アストルが頷いた。「いい分け方だ」
荷を空にすると、棚の見え方がはっきりした。左と右の仕切りはある。けれど、空箱の場所がない。戻る荷に見えるから、戻り札の前へ積まれる。さらに湿った札が倒れて、行き荷まで隠す。
レオンは仕切り板を増やそうとして、手を止めた。
「板を増やす前に、場所の名前を決める。名前がないから、空箱があちこちへ入るんだ」
アストルが工具布を開いた。「短い仕切り板ならあるぞ」
「使う。でも、まず順番」
レオンは紙を四枚出した。
『行き荷』 『戻り荷』 『空箱』 『明日渡し』
それぞれを棚の前に置いて、実際の箱を並べる。湯屋の温度杓は戻り荷。糸屋の濡れ糸巻きは行き荷。ひつじ雲ベーカリーの空箱は空箱。明日渡しの小袋は、棚の奥ではなく、右端の小皿へ置く。
「棚の奥に置くと、忘れる。見えるけど、今日の列には入れない場所がいる」
フィオナが小皿を少し右へ寄せた。「今日の道から半歩外す」
「そう。外すけど、隠さない」
ルミナは戻り札の湿った下端を乾いた布で押さえた。「札も少し乾かしましょう。曲がったまま立てると、また倒れるわ」
レオンは戻り札を一枚ずつ布の上へ置き、角だけを押さえた。強く伸ばさない。紙は湿ると弱い。無理にまっすぐにすれば、破れて読めなくなる。
「戻り札は、乾いてから立てる。今すぐ立てる札は、控え札を前に出す」
アストルが短い仕切り板を二枚出した。レオンは棚の溝に差す前に、木べらで溝の砂を外へ寄せ、刷毛で掃いた。壊れていなくても、立てる場所が砂で詰まっていれば、また斜めになる。
「物を増やす前に、立つ場所を掃く」
「昨日の立ち板と同じだな」アストルが言った。
「うん。立つ場所が湿っていると、声も札も倒れる」
仕切り板は、左から順に行き荷、戻り荷、空箱を分けた。明日渡しは棚の端の浅い皿へ置く。皿の下には、乾いた布を一枚敷いた。雨だれの線から半歩内側だ。
クリスが麦穂印の空箱を、空箱の場所へそっと置いた。
「ここ?」
「そこ。戻るけど、まだ中身じゃない。箱だけの道」
「からばこ、みち、ある」
「ある」
フィオナはその箱を見ていない顔をした。けれど、麦穂印が正面を向くように、ほんの少しだけ位置を直した。
レオンは何も言わなかった。行き先と戻り道を分ける日には、見たものを何でも口に出さない方がいい。
「試し渡しをする」
レオンは声に出して順番を確認した。
「行き荷は、相手に渡す。戻り荷は、持ち主へ返す。空箱は、店へ戻す。明日渡しは、今日は渡さない」
クリスが手を挙げた。「わたし、からばこ」
「じゃあ、クリスは空箱係。お姉ちゃんは、荷札の向き。お母さんは、濡れ札。お父さんは、受け取る人に声をかける」
アストルが笑った。「父さんは声かけ係か」
「昨日、声の場所を直したから」
「なるほど。仕事が残ってるわけだ」
昼過ぎ、近所の人たちが順に荷を取りに来た。湯屋の湯番は温度杓の布袋を受け取り、糸屋の店番は濡れ糸巻きの相談札を入れた。ひつじ雲ベーカリーの空箱は、ひつじ雲ベーカリーの配達担当へ渡した。テオの姿はなかったが、麦穂印の箱がちゃんと戻り道へ乗ったので、レオンは少し安心した。
「戻ったね」とクリスが言った。
「戻る場所へ戻った」
「いい、もどり」
「うん。いい戻り」
レオンは最後に、行き戻り荷札を書いた。
『行き荷は、相手へ渡す』 『戻り荷は、持ち主へ返す』 『空箱は、店へ戻す』 『明日渡しは、今日の列に入れない』
ルミナがそれを読んで微笑んだ。「時間の道も、荷の道なのね」
「うん。今日の棚に明日の荷を混ぜると、今日の人が迷う」
アストルは頼み札箱の乾いた底を確かめ、共同荷受け棚の横へ戻した。ただし、昨日までの場所より少し内側だ。雨だれの線から外れている。
夕方、レオンは玄関小棚に行き戻り荷札の控えを置いた。小店札、露湯札、住み角札、映り札、静名札、白柱戻し札、灯鈴札、家息札。札が増えすぎたので、左から順に、町へ出る札、家の中の札、返す札に分け直した。
「お兄ちゃん、ふだ、いっぱい」
「いっぱいだけど、行き先が分かれば迷わない」
クリスは麦穂印の空箱が消えた通りを思い出したらしく、「かえったね」と言った。
「うん。戻る場所へ戻った」
夜の灯路が、窓の外で淡く光り始めた。転がる道、名前の道、映る窓、住む角、湯気の底、立つ板、そして荷の行き戻り。レオンは、今週ずっと道ばかり見ていた気がした。
でも、道を見ると、誰かが次に迷わず歩ける。
梁の上で、スノーが札の列を見下ろした。「荷は遠くへ行くだけが仕事じゃねえ。戻る場所まで読めて、ようやく渡したことになる。……明日は四つの音を、同じ箱に押し込むなよ」




