6月30日(火):半箱見直しの日
とある世界では今日は『12か月の前半を終え、残り半分へ向かう前に立ち止まる』日。アルメリアでは『半箱見直しの日』として、半年のあいだに増えた札や道具を一度箱から出し、残すものと写しを取るもの、明日へ渡す余白を分ける日。
火曜の夜、フレイメル家の玄関小棚は、いつもより少し息苦しそうだった。
家息札、灯鈴札、行き戻り荷札、四音札。その奥には、白柱戻し札や静名札や映り札の控えも重なっている。王立魔法学院分校から帰ったフィオナの学院札、初等学舎から帰ったレオンの連絡札、星粒ほいくえんでクリスが作った紙のしずくまで加わり、札の角が少しずつ触れ合っていた。
レオンは棚の前で腕を組んだ。「多い」
クリスも隣で腕を組もうとして、片方だけ落ちた。「おおい」
フィオナが四音札を少し右へ寄せると、行き戻り荷札が前へ倒れかけた。レオンが慌てて押さえる。
「今、押し込んだらだめだ」
昨日、スノーが言った。半分で止まれ、残りを入れる前に箱の空きを見ろ。
アストルは工房から古い平箱を持ってきた。「じゃあ、半年分の控え札をここへ移すか。前半箱だ」
「お父さん、名前はいいけど、入れる前に中を見る」
「もちろん見たさ」
「いつ?」
「……春くらいに」
フィオナが蓋を開けた。箱の底には、古い包み紙と折れた細札が二枚残っている。湿ってはいないが、角が丸まり、底布にも薄い跡がついていた。
「春は、今日じゃない」
「はい」アストルは素直に頷いた。
ルミナが乾いた布を二枚持ってきた。「半分の箱なら、全部をしまう箱にしない方がいいわね。明日から使う札まで見えなくなるもの」
グレゴールが地下室の扉から顔を出した。「前半を閉じるとは、封印ではない。参照できる休止だ」
「おじいちゃん、今日は短い」レオンが言った。
「短くした」
クリスが平箱をのぞいた。「はこ、からっぽ、すき?」
「空っぽ全部じゃなくて、空きが好きなんだと思う。入れない場所も、ちゃんと使ってる場所だから」
「なにも、いる」
「いる」
レオンは低い机に布を広げ、玄関小棚の札を全部出した。順番を崩さないよう、左から一枚ずつ。町へ出る札、家の中で毎日見る札、外に正本がある札、返す札。昨日決めた分け方が、今日も使えた。
「まず、家に残す札」
フィオナは家息札と灯鈴札を選んだ。「これは玄関小棚。梅雨が終わるまで、窓と床格子と鈴は忘れない方がいい」
「行き戻り荷札も残す」レオンが言った。「明日から七月でも、荷は動くから」
「四音札は?」アストルが聞いた。
「家の聞き方だから残す。けど、前へ置きすぎない。毎日鳴らすわけじゃないから」
次に、外に正本がある札を分けた。白柱戻し札は初等学舎。静名札は礼法棚。露湯札は白陶の湯。小店札は店先の控え。家には写しだけでいい。
クリスが露湯札をつついた。「そこす、みる」
「それは覚えておく。でも札は休ませる」
「ふだ、ねる?」
「うん。前半箱で寝る」
ルミナは札の角に乾いた布を乗せた。紙が湿りを吸って少し反っている。強く伸ばすと折れるので、上から押さえるだけにする。
「札も休ませるのね」
「直すんじゃなくて、休ませる」レオンは言った。
アストルが余った細紙を出した。「写し札は短く書き直すか」
「全部写すと、また箱がいっぱいになる。使うときに思い出せる分だけ残す」
そこで、家族で一枚ずつ短くした。
家息札は『床格子の前を空ける』。 灯鈴札は『鳴らす前に腹を見る』。 白柱戻し札は『ころがす前にみぞを見る』。 静名札は『箱を振らずに溝を見る』。 映り札は『空を騒ぐ前に窓を拭く』。 住み角札は『中を空けて内角を見る』。 露湯札は『湯気の前に底簀を見る』。 小店札は『声の前に立つ板を見る』。 行き戻り荷札は『行き先と戻り道を分ける』。 四音札は『四つを同じ箱へ入れない』。
クリスは最後の札を読んで、満足そうに言った。「おと、ぎゅうぎゅう、だめ」
「そう。箱もぎゅうぎゅう、だめ」
レオンは前半箱の底に新しい乾き布を敷いた。全部を敷き詰めない。右端に指2本分の空きを残す。そこへ、まだ何も入れないための札を置いた。
『空き』
アストルが首をかしげた。「空きにも札をつけるのか」
「つけないと、誰かが何か入れる」
「誰かって父さんか?」
「お父さんだけじゃない。ぼくも入れる」
フィオナが少し笑った。「私も入れる」
ルミナも頷いた。「私も、つい布を入れるわね」
グレゴールは腕を組んだ。「わしは入れん」
全員が黙ってグレゴールを見た。
「……研究用の小札を一枚くらいは入れるかもしれん」
「だから空き札がいる」レオンは言った。
前半箱へ入れる札は、写しだけにした。正本のある場所は、札の裏へ小さく添える。家で使い続ける札は玄関小棚へ戻す。明日から使うかもしれない札は、箱ではなく小棚の右端へ残す。
クリスが紙のしずくを持ってきた。「これは?」
「今日作ったもの?」
「うん。ほいくえん。あめ、ぽつん」
ルミナが小皿を出した。「乾くまでここね。乾いたら、クリスの絵箱」
「えばこ。わたしの」
クリスは嬉しそうに紙のしずくを小皿へ置いた。
レオンは半箱札を書いた。
『半分で止まる』 『残す札と写し札を分ける』 『空きにも札を置く』
フィオナがそれを読んで、少し目を細めた。「空いている場所って、何もしていない場所じゃないんだ」
「急に入れないための場所」レオンは言った。「残りを押し込むためじゃない」
アストルが頷いた。「店の予定棚にも欲しい考えだな」
「明日、作る?」
「いや、明日は明日の札があるんだろう」
ルミナが窓の外を見た。灯路はもう淡く光り始めている。六月の終わりの夜は、雨が降っていなくても、どこかしっとりしていた。
「明日から七月ね」
その一言で、居間が少しだけ静かになった。
半年が終わると言っても、朝になれば学院があり、初等学舎があり、星粒ほいくえんがある。靴を履き、戸を開け、灯路を歩く。でも、箱に空きがあると、明日が少し怖くない。
レオンは前半箱の蓋を閉めた。きっちり押さえすぎず、布の端が噛んでいないか見る。箱は静かに閉じた。
「閉まった」
クリスが小さく拍手した。「はんぶん、しまった」
「うん。半分、休んだ」
前半箱は居間棚の下段へ置いた。玄関小棚には、半箱札が残る。今日の札は、しまうためではなく、明日から入れすぎないための札だ。
梁の上で、スノーが半箱札と前半箱を見下ろした。「半分で止まれたなら上出来だ。空きは怠けじゃねえ、次を安全に入れる場所だ。……明日は安全を口に出す前に、足元と手元の逃げ道を見ろ」




