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6月21日(日):長昼の灯鈴の日

 とある世界では今日は『一年で昼が長く、太陽の道がいちばん高く感じられる』日。アルメリアでは『長昼の灯鈴の日』として、夕方の光を急いで追い払わず、灯りを入れる前に小さな鈴の音で家の区切りを確かめる日。


 日曜の夕方なのに、外はまだ昼の名残を抱えていた。雨上がりの雲が薄く切れ、台所の床まで細い金色が伸びている。灯路の石畳は、夜の光を入れる前の静かな顔で、窓の向こうに並んでいた。


 フィオナは玄関小棚から、古い鈴玉を取り出した。年のはじめにグレゴールが置いた、家の中で呼ぶための小さな鈴だ。今日はこれを、灯りを入れる合図の灯鈴として使う。


「それ、ならす?」クリスが椅子に両手を置いて背伸びした。


「鳴らす前に見るの」フィオナは答えた。「今日は、音の通る腹を見る日だから」


 レオンは床格子の前で揺れている風見糸を指さした。「昨日、家の息を通したから、今日は音の通り道を見るんだね。風が通っても、鈴の中が詰まっていたら、合図にならない」


「そう。鳴ればいい、じゃなくて、届く音にする」


 梁の上でスノーが片目を開けた。「昨日の話を忘れてねえなら、まだ見込みはある」


 アストルは工房から浅い木台を持ってきた。鈴玉を伏せても転がらないよう、中央に丸いくぼみがある。「この鈴玉、吊るす場所で音が変わるんだ。昔は長昼の日、最後の光が床から消えたところで一度だけ鳴らして、それから家の灯りを入れたらしい」


 ルミナは乾いた布を二枚、細い紙縒りを一本、小皿を一つ並べた。「梅雨の鈴は、鳴らすより先に湿りを見た方がいいわね」


 フィオナは鈴玉を木台に伏せ、内側を覗き込んだ。真鍮の腹は丸く暗い。けれど奥に、小さな白いものが貼り付いている。


「……紙?」


 レオンが横から覗いた。「麦穂の印がある。ひつじ雲ベーカリーの包装紙じゃない?」


 フィオナの指が止まった。


 昨日、家息札を書くとき、ひつじ雲ベーカリーの湿りに強い包装紙を切った。その切れ端が、窓辺に置いた鈴玉の中へ入り、雨上がりの湿りで内側に張り付いたのだろう。


 クリスが首をかしげた。「テオおにいちゃんの、かみ?」


「お店の紙」フィオナは短く答えた。「今は、鈴」


 アストルは咳払いをした。「うん、今は鈴だな」


 ルミナは何も言わず、乾いた布をフィオナの近くへ滑らせた。レオンは笑いかけて、途中で口を閉じる。ちゃんと閉じたので、フィオナは怒らなかった。


 フィオナは紙縒りを鈴の腹へ入れた。押し込まない。内側の丸みに沿わせて、湿りだけを吸わせる。白い紙片の縁が少し浮いた。木べらの先で外へ寄せ、小皿へ落とす。


「力を入れると腹がゆがむ」グレゴールが地下室の扉の前から言った。「真鍮は、薄いところほど気難しい」


「だから、押さない」フィオナは返した。


「よい」


 アストルが鈴の吊り紐を持ち上げた。「紐も湿ってるな。これだと、音が下へ落ちる前に止まる」


「替える」フィオナは玄関小棚の紐箱を開けた。


 ひつじ雲ベーカリーの紐は、昨日の風見糸として床格子前に残っている。二つの役目を混ぜると、また動線が詰まる。フィオナは古い綿紐を選び、指で撚りを確かめた。乾いている。軽い。結び目も小さく収まる。


 レオンが床の光を見た。「今日は、いつ鳴らす?」


「最後の光が床から消えたら」


「じゃあ、線がいる。今どこまで光が来ているか、見ておかないと、待つ場所が分からない」


「うん。線を引く」


 フィオナは粉筆で、床板の端に小さな印を付けた。消せるように薄く。クリスが隣にしゃがみ、息を止めるみたいに見ている。


「ここ、たいようのしっぽ?」


「そう。しっぽが消えたら、鈴」


「しっぽ、まつ」


「待つ」


 ルミナは台所戸布の下を少しだけ上げた。風が鈴玉を横から叩かないよう、昨日の家息札と見比べながら整える。東窓は指2本分。西小窓は半分。床格子の前には何も置かない。昨日決めたことが、今日の音にも効いている。


 アストルは吊り紐を替え、結び目を鈴玉の真上に置いた。「横に寄せると、斜めになるな」


「音が落ちる場所がずれる」フィオナは言った。


 レオンが頷く。「風の道と、音の道を重ねすぎない。どっちも通したいなら、場所を少し分ける」


「その言い方、札にできる」


 フィオナは小さな紙を四枚切った。一枚目に『腹を見る』。二枚目に『湿りを取る』。三枚目に『日影線を待つ』。四枚目に『台所、工房、玄関の順』。灯りを入れる順番も、鈴の音が落ちてからにする。


 グレゴールが眼鏡を押し上げた。「音、光、風。三つを同じ場所に押し込まない。理論としては美しい」


「今日は、理論も少しだけ使います」フィオナは答えた。


「少しだけ認められた」


 アストルが小さく笑った。


 日が少しずつ引いていく。長い昼は、最後まで名残惜しそうだった。フィオナは焦りそうになるたび、床の線を見る。線は感情より落ち着いている。待つ場所があると、待つことは少し楽になる。


 小皿の紙片は、布の上で乾き始めていた。麦穂の印が、まだかすかに見える。捨てるには小さい。残すには、理由が見えすぎる。


 ルミナが横からそっと言った。「乾いたら、水宛名札用箱へ戻してもいいわよ」


「ただの切れ端だよ」


「ただの切れ端でも、混ざると鈴を止めることがあるもの」


 フィオナは返事をしなかった。けれど小皿を火の近くではなく、乾いた棚の端へ移した。


 レオンはそれを見て、からかわなかった。「役目が決まれば、混ざらないからね」


「そう」フィオナは短く言った。「混ざらなければ、残してもいい」


 やがて、床の金色が粉筆の線から離れた。窓枠の下に残っていた細い光も、ゆっくり消える。


「今」


 フィオナが言うと、クリスが両手を胸の前で握った。レオンが床格子の前を確認する。ルミナが台所の小灯りの覆いを外す。アストルが工房灯の芯を待つ。グレゴールは黙って頷く。


 フィオナは鈴玉の紐を強く引かなかった。指先で、一度だけ、まっすぐ下へ。


 りん、と音がした。


 小さいのに、よく通る音だった。台所の鍋の縁、居間の棚、玄関の問答錠、床格子の風見糸。順番に触れて、静かに家の中へ戻ってくる。


 クリスが目を丸くした。「おなか、なおった」


「通ったんだよ」レオンが言った。「鳴らす前に、腹と道を見たから」


 ルミナが台所の小灯りを入れる。次にアストルが工房灯を入れる。最後にフィオナが玄関灯を入れた。順番どおりだと、夕方は慌てない。


 外の灯路も、少し遅れて淡く光り始めた。夏至の長い昼が、ようやく夜へ席を譲ったみたいだった。


 フィオナは四枚の札をまとめ、玄関小棚へ置いた。灯鈴札。隣には昨日の家息札がある。床格子前の風見糸は、まだ細く揺れている。


 朗読紙束の返却袋は、玄関小棚の月曜返却籠へ移した。角は乾いている。甘菓用の浅い箱は乾き棚の中段から上段へ。ひつじ雲ベーカリーの包装紙片は、乾いたら水宛名札用箱へ戻す。


 クリスがこそこそ声で聞いた。「フィオ姉ちゃん、かみ、だいじ?」


 フィオナは少し考えてから答えた。「混ざらない場所に置けるなら、大丈夫」


「うん。まざらない」


 アストルは見ないふりをし、ルミナは見ていない顔で微笑み、レオンは「ぼく、床格子の見張り続行」と言って視線を逃がした。


 居間の灯りは、今日の昼を追い出さない明るさで揺れている。長い日だった。けれど、長いからこそ、待つ線を引く必要があった。


 梁の上で、スノーが鈴玉の余韻を聞くように目を細めた。「鳴らす腹を見たなら上出来だ。だが忘れるな、音も紙も気持ちも、混ぜたまま湿らせるから詰まるんだぞ」


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