6月18日(木):結び飯の日
とある世界では今日は『米を握って、食べる人の手へ渡す形を思い出す』日。アルメリアでは『結び飯の日』として、握る前に手の湿りと中身の位置を見て、包む布と渡す相手を確かめる日。
木曜の夕方、フィオナは王立魔法学院分校の課題札を鞄から出し、台所の卓へ置いた。
『結び飯。米を握る前に、手の湿り、中身の湿り、包み布の乾きを見ること。具の名は外札に書くこと。渡す相手を決める前に握らないこと。』
昨日、スノーが言った「握る前に、手と中身の湿りを見ろ」が、そのまま今日の課題になったみたいだった。乾いた苗箱に水の道を作った翌日に、今度は湿りを見て米を握る。梅雨は、乾きと湿りの両方を連れてくる。
台所では、ルミナが炊き上げた白粒米を浅い盆へ広げていた。湯気は強すぎず、けれどまだ握るには熱い。卓には、赤実しずくで煮た豆、塩葉、焼き茸、白蜜味噌の小皿が並んでいる。
「今日は学院と初等学舎で、結び飯の話をしたの」ルミナが言った。「夕飯に、みんなで作りましょう」
レオンは初等学舎の鞄を置くなり、袖をまくった。「ぼく、握る係やる。ヒーローの補給食は、手で持てる形が大事だから」
「握る前に、手を見る」フィオナが言う。
レオンは手を出した。雨上がりの道を歩いてきたせいか、指先が少し湿っている。
「洗って、拭いて、少し待つ」
「濡れてたら、米がつく?」
「つく。熱い米を急いで握ると、形も崩れる」
クリスは椅子に膝を乗せ、小皿を覗き込んだ。「わたし、あかいまめ。なかに、いれる」
「その前に、具札」
フィオナは紙を四枚切った。赤実豆、塩葉、焼き茸、白蜜味噌。それぞれ小皿の前に置く。さらに三枚を切り、『食べる皿』『包む布』『渡す包み』と書いた。
アストルが湯気を見て言った。「握ってから決めるんじゃなくて、決めてから握るのか」
「握ったあとに中身を探すと、割ることになるから」
「なるほど。中身の秘密を守るための札だな」
「秘密じゃなくて、間違えないため」
グレゴールが眼鏡を押し上げた。「具を隠す構造でありながら、外札で開示する。合理的だ」
「食べ物の前で難しくしないでください」ルミナが言い、グレゴールは咳払いをした。
フィオナは白粒米を指で軽く広げた。熱は少し落ち着いたが、中央だけまだ湯気が残っている。盆の端はちょうどいい。中央は待つ。
「端から使う。中央は待つ札」
レオンがすぐ小さな札を書いた。
『中央、まだ熱い。握らない。』
「いい」フィオナは頷いた。
ところが、クリスが赤実豆の小皿を持ち上げようとして、指を止めた。
「あかいまめ、つゆ、ある」
小皿の底に、赤実豆のしずくが少し溜まっていた。甘菓の赤実と違って、こちらは米の中に入れる。湿りが多いと、握ったあとで割れる。
「具が濡れてる」フィオナは小皿を受け取り、浅い皿へ豆だけを移した。「しずくは別」
「しずく、すてる?」
「捨てない。あとで湯に入れる」
ルミナが小さな瓶を出した。「赤実しずくの控え瓶と混ざらないように、今日の汁札を付けましょう」
フィオナは『赤実豆の汁。夕餉の湯へ』と書いた。瓶は台所の右棚ではなく、今夜使う鍋の横へ置く。昨日までの棚分けが、今日も手を止めてくれる。
レオンは焼き茸の皿を見た。「こっちは乾きすぎ?」
「乾いているけど、ほぐせば入る。大きいままだと、米が裂ける」
アストルが包丁を持ちかけ、フィオナは首を振った。
「切る前に、手でほぐす。焼き目を潰さない」
焼き茸は指でそっと裂く。強く引くと水気が出る。レオンが竹箸で支え、フィオナが細く分けた。
クリスは塩葉を見て、真剣な顔をした。「しお、からい?」
「少し。だから、真ん中に入れすぎない」
「まんなか、ちょっと」
「うん。中身は真ん中。多すぎない」
そこまで整えたところで、問題は包み布に出た。玄関の傘札の下に干していた小さな布が、まだ少し湿っていたのだ。結び飯を包むつもりの布で、昨日の雨の湿りが残っている。
アストルが布を振った。「これくらいなら、すぐ乾くんじゃないか?」
「振らない。ほこりが乗る」
フィオナは布を卓へ戻し、乾いた布で挟んだ。押すだけ。こすらない。包み布の縁に、米粒がつきそうな糸くずが一つある。木べらでそっと外へ寄せる。
「包み布は、食べる手に触れるから」
ルミナが頷いた。「布も、受け取る手の一部ね」
その言葉で、赤実しずく瓶、町名札、甘菓、苗箱の水道が、フィオナの中で一本につながった。品物だけを見ていると、最後の手を忘れる。
包み布を乾かしている間に、口皿を並べる。家族七人分。スノーは食べない。けれど、今日も見ている。
「スノー、おにぎり、たべない?」クリスが聞く。
「米粒を嘴に詰める趣味はない」
「じゃあ、みる係」
「昨日から勝手に係を増やすな」
レオンが笑い、すぐに手を拭き直した。「笑ったら、手が湿った気がする」
「気づいたなら、もう一度拭く」
フィオナは最初の結び飯を作った。手を少し湿らせる。濡らしすぎない。端の米を取り、赤実豆を二粒だけ入れる。米で包み、押し込まず、手の中で三回だけ形を整える。
「強く握らないの?」レオンが聞いた。
「強くすると、中身が逃げる」
「守る手は、力じゃないんだね」
「今日は、そう」
クリスは自分用の小さな結び飯を見て、両手を胸の前で止めた。「わたし、ちいさいの。あかいまめ、ちょっと」
「小さい手には、小さい形」
「うん。わたしのて、これ」
ルミナがクリスの皿へ小さな結び飯を置く。クリスはすぐ食べようとして、札を見た。
「くちより、ふだ?」
「今日は、手と中身」フィオナが言う。
「て、みる。なか、みる」
クリスは両手を見てから、結び飯を持った。
結び飯は、家族七人に二つずつ、合わせて十四作る。赤実豆を四つ、塩葉を四つ、焼き茸を三つ、白蜜味噌を三つ。味が偏りすぎないよう、皿の上で組み合わせを見てから置く。残りは明日の朝用に、焼き茸と白蜜味噌を一つずつ小さな包みへ入れる。全部で十六。食べる分と控え分を先に分けたから、途中で数が揺れない。
レオンが最後の包みに札を結んだ。
『朝結び。二つ。具札を見るまで開けない。』
その紐には、ひつじ雲ベーカリーの紙箱から取っておいた細い紐を使った。フィオナはそれを見て、少しだけ手を止めた。テオの店の紐は、何度も役目を変えながら、今日も結び目を助けている。本人はいない。けれど、手順は残る。
「お姉ちゃん、にやけた?」レオンが言う。
「にやけてない」
「じゃあ、結び目がうれしそうだった」
「結び目に顔はない」
アストルが咳払いをし、ルミナが笑わないように湯を注いだ。グレゴールは何か観察しようとして、結び飯を食べる方を選んだ。
夕食が終わるころ、赤実豆の汁は湯に入り、包み布は乾き、中央の米も冷めていた。余った米は平たい箱へ入れ、明日の朝の粥用札を付ける。握らない米は、握らないまま名を付ける。
フィオナは帳面に今日の三行を書いた。
『握る前に、手と中身の湿りを見る。具札は外へ出す。包み布が乾いてから結ぶ。』
その下に、明日の空白を作る。明日は声を読む日だ。握ったものを食べたあとは、今度は言葉を口へ入れる前に、読む順番を見なければならない。
梁の上で、スノーが包み布と結び札を見下ろし、片目を細めた。「握るってのは潰すことじゃねえ。中身が帰る場所を作ることだ。……明日は声を出す前に、読む順番をほどけ」




