6月16日(火):十六甘菓の日
とある世界では今日は『甘い菓子に健康と招福の願いを込め、数をそろえていただく』日。アルメリアでは『十六甘菓の日』として、十六粒の小さな甘菓を、食べる人、分ける皿、持ち帰る包みに分け、口に運ぶ前に数を確かめる日。
火曜の夕方、フィオナは王立魔法学院分校から戻る途中、鞄の中の課題札をもう一度確かめた。
『十六甘菓。十六粒を一組として扱うこと。食べる皿、取っておく皿、渡す包みを分けること。口へ運ぶ前に数を見ること。』
昨日、スノーが言った「甘い札は、口より先に数を見ろ」が、今日の課題札の真ん中にそのまま座っているみたいだった。
家に着くと、台所の卓に白い紙箱が置かれていた。箱の紐には、ひつじ雲ベーカリーの小さな札が結ばれている。
『十六甘菓。家族用。甘葉餅、赤実餅、白蜜餅、黒豆餅。各四粒。』
フィオナは紐札を読んで、少しだけ指先を止めた。テオの字ではない。店の札字だ。けれど、昨日までの赤実パンの紙袋と同じ紐が使われている。直接会っていないのに、店の手順だけが今日の台所に来ていた。
「お姉ちゃん、おかえり。これ、あまい?」クリスが椅子に膝を乗せて、箱を見つめていた。
「甘い。でも、まだ食べない」
「くちより、かず?」
「そう。口より先に数」
レオンは初等学舎の鞄を置きながら、胸を張った。「ぼく、数える係やる。昨日、町名と場所名を分けたから、今日は皿の役目を分けるんだよね」
「うん。受け皿、口皿、取っておく包み」
ルミナが乾いた布と浅い皿を三枚出した。「箱を開ける前に、皿を決めましょう。甘いものは、開けてから考えると手が早くなるわ」
アストルが工房から顔を出した。「父さんは味見係で」
「味見係は最後」
フィオナとルミナの声がそろい、アストルは素直に引っ込んだ。
地下室の扉が開き、グレゴールも顔を出した。「十六という数なら、分け方の検証がいるな」
「おじいちゃんも食べる人です」フィオナはすぐ言った。「検証だけの人にしない」
「む。では、食べる検証をする」
「それは食べる人」
レオンが小さく笑い、クリスが「おじいちゃん、たべるひと」と復唱した。
フィオナは紙を三枚切った。一枚目に『受け皿』。二枚目に『口皿』。三枚目に『取っておく包み』。
「まず箱から出す皿。次に食べる皿。最後に残す包み。これを混ぜない」
レオンが頷いた。「受け皿で数えて、口皿で食べる。取っておく包みは、最初から別にする」
「そう」
クリスは小さな手を膝の上に置いた。「わたし、さわらない。みる」
「見る係も大事」
フィオナは箱の蓋をゆっくり開けた。中には、小さな甘菓が四種類、四つずつ並んでいるはずだった。赤、白、黒、淡い緑。見た目はきれいだ。
けれど、レオンが数え始めてすぐ、声が止まった。
「赤、四。白、四。黒、四。緑……三?」
クリスが目を丸くした。「ひとつ、ない?」
アストルが工房から半歩出た。「味見される前に消えたか」
「誰も食べてない」フィオナはすぐ言った。少し強く聞こえたので、息を整える。「先に、動線を見る」
甘菓が足りないと決める前に、箱の中を見る。昨日、町名札の控え札が仮の場所へ掛かって迷った。甘菓も、箱の中で迷っているだけかもしれない。
フィオナは蓋の裏を見た。白い仕切り紙が一枚、少し浮いている。湿りを吸った紙が反り、淡い緑の甘葉餅が一粒、仕切り紙の端へくっついていた。
「いた」
クリスが嬉しそうに両手を上げかけて、止めた。「まだ、さわらない」
「えらい」
フィオナは乾いた布で指先を押さえ、仕切り紙を無理に剥がさないよう、木べらで端を少し浮かせた。甘葉餅の底に蜜が薄くついている。力で取れば形が崩れる。
「どうするの?」レオンが聞いた。
「仕切り紙を先に乾かす。甘菓を動かすんじゃなくて、紙を戻す」
ルミナが小皿を差し出した。フィオナは仕切り紙ごと受け皿へ移し、紙の下へ乾いた紙片を挟んだ。ひつじ雲ベーカリーの包装紙の端だ。湿りに強い紙を、直接甘菓に触れないように下へ入れる。
少し待つ。台所に、甘い匂いだけが残った。
アストルが口を開きかけ、ルミナに見られて閉じた。待つのも工程だ。今週、何度もそうしてきた。
やがて、甘葉餅は紙から静かに離れた。形は崩れていない。
「緑、四」レオンが言った。声にほっとした色が混じる。
「十六、そろった」フィオナは十六甘菓の札を受け皿の前へ置いた。
クリスが小さく唱える。「じゅうろく。くちより、かず」
「次は、誰が食べるか」
家族は七人と一羽。けれど、スノーは甘菓を食べない。食べないのに、必ず口を出す。
「スノーの分は?」クリスが梁を見上げた。
白い鷹は片目だけ開けた。「俺を砂糖漬けにする気か」
「たべない?」
「食べん」
クリスは真剣に頷いた。「じゃあ、スノー、みる係」
「勝手に役を振るな」
フィオナは口皿を七枚出した。甘菓は一人二粒ずつで十四粒。残り二粒は、明日の朝の控え包みにする。
「全部食べないの?」アストルが言った。
「十六は、一組。全部を一度に口へ入れる決まりじゃない」
「決まりか」
「決まりです」
グレゴールが皿の数を見て頷いた。「七人に二粒ずつ。控え二粒。十六の形を壊さず、胃袋も壊さない。悪くない」
「胃袋を壊す話にしないでください」ルミナが静かに言い、グレゴールは咳払いをした。
レオンは口皿へ二粒ずつ置いていった。赤実餅と白蜜餅。黒豆餅と甘葉餅。色が偏らないよう、皿の中で組み合わせる。
途中で、クリスが自分の皿を見て言った。「わたし、あか、ほしい」
「先に数」
「かず、ある。あか、ほしい」
フィオナは少し迷った。好きなものを選ぶのは悪くない。けれど、今は全員の皿をそろえる途中だ。
レオンが口を開いた。「じゃあ、交換札を作る? 食べる前なら、皿の間で替えても数は変わらない。口に入ったら戻せない」
「いい言い方」ルミナが微笑んだ。
フィオナは小さな紙に『交換は口へ入れる前』と書いた。クリスの皿の甘葉餅と、アストルの皿の赤実餅を一粒だけ交換する。アストルは少し残念そうだったが、クリスが「ありがとう」と言ったので、すぐ嬉しそうな顔になった。
「お父さん、甘い顔してる」レオンが言う。
「甘菓の日だからな」
「顔は食べない」
台所に笑いがこぼれた。甘いものの前で焦った空気が、少しほどける。
最後に、取っておく二粒を小さな包みに入れる。フィオナは紙箱の仕切り紙をそのまま使わず、乾いた包み紙へ替えた。湿った紙に戻すと、また甘菓がくっつく。
包み札には、こう書いた。
『控え甘菓。二粒。明朝、口皿へ出す前に数える。』
ルミナがそれを台所の右棚へ置いた。昨日の赤実しずく控え瓶の隣ではなく、甘菓用の浅い箱へ。瓶と甘菓は、棚を分ける。
「食べていい?」クリスが両手を合わせた。
フィオナは皿を見た。七枚の口皿。十四粒。控え包み二粒。合わせて十六。受け皿は空。箱の仕切り紙は乾き布の上。
「いいよ」
クリスは赤実餅をひと口で食べようとして、ルミナに「小さく」と言われ、小さくかじった。
「……あまい。ちょっと、すっぱい。すき」
レオンは黒豆餅を食べて、真面目な顔で頷いた。「数えてから食べると、安心して甘い」
アストルは白蜜餅を大事そうに持った。「父さんも、食べる人として責任を果たす」
「味見係じゃなくて、食べる人」フィオナが言うと、アストルは笑って頷いた。
グレゴールは甘葉餅を半分に割り、中の餡を見てから、ルミナに視線で止められた。
「食べる前に分解しない」
「観察だ」
「食べる観察にしてください」
フィオナは甘葉餅を口に入れた。柔らかくて、少しだけ青い香りがする。ひつじ雲ベーカリーの紙紐が箱の横に残っているのを見て、胸の奥が少し落ち着かなくなった。
テオは直接ここにいない。けれど、紙箱の角、紐の結び方、湿りに強い包み紙の使い方が、今日の手順を助けた。そういう距離が、今はちょうどいいのかもしれない。
夜、フィオナは帳面に今日の三行を書いた。
『十六は一組。受け皿で数えて、口皿で食べる。交換は口へ入れる前。』
その下に、明日の空白を作る。明日は乾いたものを見直す日になりそうだ。甘さのあとには、水の通り道も、乾いた土も、ちゃんと見なければいけない。
梁の上で、スノーが空になった受け皿を見下ろし、嘴を鳴らした。「甘いものほど、先に数えろ。口に入れた後で足りないと騒ぐな。……明日は乾いた場所に、水の道を通してから名を呼べ」




