6月12日(金):縁額合わせの日
とある世界では今日は『大切な相手との縁を、写真や額に入れて贈り合う』日。アルメリアでは『縁額合わせの日』として、二枚の写し絵や絵札を一つの額に入れる前に、近づけすぎず、離しすぎず、間の紙を整える日。
金曜の夕方、フィオナは王立魔法学院分校から戻ると、課題札を玄関の小棚に置いた。雨は昼過ぎに上がったのに、町の空気にはまだ湿りが残っている。昨日点検した傘立ての札は、切り欠きも丸札も、きちんと乾いていた。
課題札には、先生の字でこうある。
『縁額合わせ。二枚の絵札を一つの額に入れる。重ねないこと。隠さないこと。間を決めてから紐を結ぶこと。』
フィオナは最後の一文で、少しだけ息を止めた。間を決めてから紐を結ぶ。昨日のスノーの言葉そのままだ。
「お姉ちゃん、これ、こいびとの日?」クリスが星粒ほいくえんの鞄を抱えたまま聞いた。
「恋人だけじゃないよ。家族や友だちとの縁も入る日」
「じゃあ、わたし、かぞくのえ、かく」
「うん。額に入れるなら、紙の大きさを先に測ろう」
レオンは初等学舎の鞄を置き、机の上の古い額を見た。「ぼくも手伝う。二枚を同じ額に入れるなら、強く結ぶより、ずれない仕切りが大事だと思う」
「その通り」フィオナは頷いた。
古い額は、居間の棚に眠っていたものだ。細い木枠に透明な薄板が入り、裏には紐を通す小さな金具が二つある。けれど、梅雨の湿りで木枠がわずかにふくらみ、透明板の端に紙粉が溜まっていた。
アストルが工房から顔を出した。「額か。枠が歪んでるなら削るぞ」
「削る前に拭く」フィオナは即答した。「今日は、入れる前の間を見る日だから」
ルミナが乾いた布と浅い小皿を出す。「紙粉は小皿へ。床へ落とすと、また湿るわ」
フィオナは額を卓へ置き、まず裏板を外した。金具を無理に起こさない。爪ではなく、木べらで少しずつ持ち上げる。レオンが外した順に小皿へ置く。クリスは自分の絵札を両手で持ち、まだ卓へ置かずに待っている。
「わたし、まてる。ちょっとじゃない。きょうは、ちゃんと」
「えらい」フィオナが言うと、クリスは得意そうに頷いた。
透明板を外すと、端に白い紙粉が細くついていた。フィオナは乾いた布で一方向に拭き、角だけは折った紙片でなぞった。奥へ押し込まない。鍵口、滴り口、傘の骨口と同じで、入口の粉は外へ出す。
レオンは小さく笑った。「今週ずっと、入口で止めてるね」
「入口で止められるなら、その方がいい」
「ぼく、これ覚えた。ヒーローも扉の前で名乗るし」
「名乗りは関係ない」
「少しあるよ」
そう言いながら、レオンはクリスの絵札の幅を測った。絵には、家の台所と傘立てと、梁の上の白い鳥が描かれている。鳥だけ少し大きい。
「スノー、大きすぎない?」フィオナが言うと、クリスは首を振った。
「スノー、おおきい。えらそう」
梁の上で白い鷹が片目を開けた。「聞こえてるぞ」
もう一枚は、フィオナの学院用の写し札だった。水宛名札、鍵口札、待つ札、傘札を小さく写したものだ。課題としては、家の絵札と暮らしの段取り札を一つの額に入れる。それで十分だった。
十分なはずなのに、鞄の中の端材が気になった。
先日、テオがくれた薄い板の残りが、帳面に挟まっている。昨日は傘札に使った。今日は間紙の支えにちょうどいい。フィオナは取り出してから、家族の視線に気づいた。
「道具用」
レオンは何も言わず、目だけ笑った。ルミナは布を畳み直し、アストルは妙に真面目な顔で天井を見た。
「何も言ってないぞ」
「お父さん、顔が言ってる」
「顔は口ほどに物を言うな」
「言わせないで」
家の中に、柔らかい笑いが広がった。フィオナは端材を細く切り、二枚の絵札の間に置いた。直接触れさせないための、薄い仕切りだ。
「二枚を仲良く入れるのに、離すの?」クリスが不思議そうに聞いた。
「離すんじゃなくて、息をする場所を作るの」
「いき、する?」
「紙も湿るし、色も移る。近すぎると、どっちの絵か分からなくなる」
レオンが頷く。「守るには、くっつけるだけじゃだめなんだ。隣にいるための幅がいる」
フィオナは一瞬だけ手を止めた。レオンの言葉が、今日の課題より少し先へ行った気がしたからだ。
二枚の札を透明板の下へ置き、間紙を挟む。裏板を戻し、金具を一つずつ寝かせる。最後に紐を通す段になって、問題が出た。
レオンが紐を引くと、二枚の絵札がわずかに中央へ寄った。紐が強すぎて、裏板がたわみ、間紙が押されている。
「止めて」フィオナが言った。
レオンは手を離す。「強く結んだら、ずれないと思った」
「強すぎると、額の中で押す力になる」
フィオナは紐をほどき、結び目を二つに分けた。吊るす紐と、戻し札を付ける紐を別にする。吊るす紐は緩めに。戻し札の紐は短く、額の裏で揺れないように。
端材の残りに、フィオナは小さく書いた。
『二枚額。間紙あり。湿った日は外して乾かす。』
ルミナがそれを見て、静かに微笑んだ。「いい札ね。絵を守るだけじゃなくて、次に触る人も守る」
アストルが額を壁へ掛けた。家族の絵札と、暮らしの段取り札が、同じ額の中で並んでいる。近すぎず、離れすぎず。間紙は見えないけれど、そこにあるから二枚とも読める。
クリスが額を見上げた。「わたしのえ、まもられてる」
「私の札もね」フィオナは答えた。
レオンが小声で言う。「お姉ちゃんも、守られてる?」
「何に」
「間に」
フィオナは返事に困った。ルミナが湯呑みを置き、アストルがまた天井を見た。家族は、ときどき何も言わないことで一番はっきり言う。
夕食後、フィオナは帳面に今日の三行を書いた。
『二枚は重ねない。間紙を先に決める。紐は吊るすものと戻すものに分ける。』
その下に、端材の最後の一片を挟んだ。今日の額には使わなかった細い板だ。ひつじ雲ベーカリーへ返すものではない。けれど、次に何かを並べるとき、きっと役に立つ。
窓の外で、灯路が雨上がりの石畳を淡く照らしていた。壁の二枚額は、台所の灯りを受けて静かに光っている。家族の絵と、段取りの札。どちらも、近くにあるのに、相手を隠していない。
明日は、遠くまで飛んだものが戻る日だ。戻るには、行き先だけではなく、帰る場所の札もいる。
梁の上で、スノーが二枚額を見下ろし、嘴を鳴らした。「縁ってのは縛り上げる紐じゃねえ。間を残して並べる額だ。……明日は飛ばす前に、帰る場所を空けておけ」




