4月17日(金):若なす水番の日
とある世界では今日は『夏の実を待つ前に、若い鉢へやる水の番を覚えて、根の落ち着きを守る』日。アルメリアでは『若なす水番の日』として、これから飲ませる鉢と、飲ませたあとの鉢を同じ列へ戻さず、春の手をひとつ細かく分ける日。
夕方のフレイメル家の窓辺には、もう役が決まった鉢が並んでいた。左に土札の掛かった、まだ豆を入れていない鉢。奥に芽札の掛かった、豆の芽が出たあとの鉢。そこまでは、一昨日まででちゃんと分けられている。
今日はその手前に、新しく若なすの小鉢が六つ出た。まだ葉は小さく、土の色も昨日とほとんど同じだ。違うのは、水を飲ませる前か、飲ませたあとか。その違いだけは、見た目だけではすぐ混ざる。
「昨日の“もっと細い違い”って、これだな」とアストルが言った。彼は昼のうちに、細い板で小さな水番棚をこしらえていた。左にまだの鉢を置く段。右に飲んだ鉢を休ませる段。そして真ん中に、小さな水差しを掛ける木釘。
レオンは棚の前にしゃがみ込む。「形は分かりやすい。でも真ん中の釘、ちょっと近いね。水差しを取る手と、飲んだ鉢を置く手が同じ前を通りそう」
「まずはやってみよう」とアストルは笑う。「動かしてみないと、迷う場所って見えないからな」
ルミナは若なすの葉を指先で見て頷いた。「今日は土の縁にだけ。葉へは掛けすぎないで」
クリスは鉢を覗き込んだ。「ちいさい。むらさき まだ」 「うん。まだ若いの」とフィオナが答える。「だから水の番を先に決める」
最初の二つはうまくいった。レオンが左の列から一つ渡し、ルミナが土の縁へ静かに水を落とす。フィオナが受け取って右の段へ置く。クリスは右の段を見て、「のんだ」と小さく言った。
問題は三つ目で出た。アストルが真ん中の木釘から水差しを取ろうと手を伸ばした瞬間、クリスも右の段に置いたばかりの鉢へ手を出したのだ。飲んだ鉢を、もう窓辺へ戻す番だと思ったらしい。しかも木釘の影に掛けた小さな札が半分隠れ、真ん中が道具の場所なのか、済んだ鉢の通り道なのか、ぱっと見で分かりにくくなっていた。
「これ、もう もどす?」
クリスが訊くと、レオンも左の鉢を持ったまま止まった。「待って。右は休ませる列だよね。でも水差しが真ん中にあるから、置く手と取る手がぶつかる」
アストルは苦い顔で水差しを下ろした。「ああ。真ん中を道具にしたせいで、“注ぐ手”と“戻す前の手”が同じ前へ集まったのか」
誰もこぼしていない。鉢も倒れていない。ただ、まだの鉢、水をやる手、飲んだ鉢、その三つが半歩の中へ詰まって、次の手が迷っただけだった。
「止まろう」とフィオナが言う。
ルミナも頷く。「うん。今のうちに、通る道を分けましょう」
フィオナはまず、窓辺の土札と芽札の列を半歩だけ後ろへ下げた。今日の水番に入るのは若なす鉢だけだと、場をはっきり分けるためだ。次に、真ん中の木釘から水差しを外し、左と右のあいだに置いた丸椅子の上へ載せる。最後に、左の段には乾いた布、右の段には少し厚い布を敷いた。見た目の似た茶色の鉢でも、座る場所の手触りで役が変わる。
「後ろは、土と芽」とフィオナが言う。「前は若なす。左はまだ。真ん中は水。右は飲んだあと」
レオンがすぐ復唱した。「後ろは触らない。前だけ回す。左から取って、真ん中で注いで、右へ置く。窓辺へ戻す手は、全部終わってから」
「それ」とルミナが微笑む。「途中で“戻す”を混ぜない」
クリスも小さく真似した。「ひだり、まだ。まんなか、みず。みぎ、のんだ」
もう一度、最初からやり直す。
今度は手がぶつからない。レオンは左からしか鉢を取らない。ルミナは丸椅子の前でだけ水をやる。フィオナは右の厚い布へ置く。クリスは右の段を指で数えながら、「のんだ、ふたつ、みっつ」と嬉しそうに言う。アストルは真ん中を横切らなくてよくなり、次の鉢を急かす必要もなくなった。
「早くなったな」とアストルが言う。
「増えたのは手数じゃなくて、迷わない時間だよ」とレオンが少し誇らしげに返す。「前の鉢と後ろの鉢を分けたのも効いてる。昨日までの札を、そのまま今日の列へ入れなかったから」
フィオナは頷いた。一昨日の土札と芽札があったから、今日の水番札が必要になった。分けた手順は、次の細かさを呼ぶ。春の育ちは、そうやって少しずつ増えていくのだろう。
水やりが終わるころ、左の乾いた布の上は空になり、右の厚い布の上に若なすの小鉢が静かに並んでいた。後ろの窓辺では、土札の鉢と芽札の鉢が、今日は自分の番ではない顔で落ち着いている。クリスは最後に右の段の鉢へ顔を寄せ、「おおきくなれ」とだけ囁いた。
明日はたぶん、水差しそのものの形を分ける日になる。アストルはもう、丸椅子の横へ置いた細い端材を見ていた。差し口を付ける前の木片と、穴を開けたあとの木片が、同じ皿に入るとまた手が迷う。今日の水番が整うと、明日は注ぐ道具の番らしい。
梁の上でスノーが、後ろの土札と芽札、前の若なす鉢の列を見比べて嘴を鳴らした。「若い鉢ほど、同じ茶色に見えるもんだ。だが“まだ”と“飲んだあと”を見分けてやれ――それだけで、こいつらの春の手は、夏の実までちゃんと迷わず届く」




