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4月6日(月):紙面ひらきの日

 とある世界では今日は『朝に届く大きな紙をひらき、表から順に世の中の出来事を追いかけ、読み終えた紙はまた別に重ねる』日。アルメリアでは『紙面ひらきの日』として、紙束のいちばん上を知らせる札と、読む順を示す札を混ぜずに置き、広げる前の面と読み終えたあとの面を分けて扱う日。


 昼の星粒ほいくえんは、窓のところだけ明るかった。春の光が床へ四角く落ち、外のやわらかい風で戸布の端が少しだけ揺れる。今日はルミナが町の知らせ紙束を届けに来て、春休みのレオンとフィオナも一緒だった。クリスはいつもの窓辺の席で、その束が机に置かれるのを、先生のそばから見ている。知らせ紙は町の出来事や市の立つ日を書いた大きな紙で、読むだけでなく、子どもたちが絵を見たり、先生が切り抜いて壁へ貼ったりもする。


 束は細い紐で十枚ずつ結ばれ、その上に小さな上札が一枚、脇に読む順札が一枚、挟まっていた。上札は「この面から開く」の印。読む順札は「読み終えたら右へ重ねる」の印。似たような大きさの紙片だから、ぱっと見ると同じに見える。


「きょう、いっぱい かみ」とクリスは目を丸くした。


 星粒ほいくえんの先生が笑う。「そうよ。今日は絵の大きい面から見るの」


 フィオナは束を机の上へ置きながら言った。「上札と読む順札、先に分けておこうか」


 レオンも頷く。「うん。昨日の札みたいに、役が違うから」


 けれど、クリスにはその違いがまだ、同じ“ちいさい紙”に見えていた。


「わたし、てつだう」と言って、クリスは束の上の紙片をひょいひょいと抜き取った。上札も読む順札も、いっしょくたに小箱へ入れる。嬉しくなると、手はすぐ先へ行く。


「クリス、それ――」とレオンが声をかけたときには、もう最後の一枚まで箱へ入っていた。


 先生が紐をほどく。すると、知らせ紙はくるりと反って、机の上で少しだけ戻ろうとした。朝の湿りがまだ残っていて、紙の端どうしがふわりと張りつく。どれが最初の面なのか、どれを読んでからどこへ置くのか、さっきまで束の外に出ていた目印が、もう箱の中へ混ざっていた。


 クリスは一枚ひらいて、嬉しそうに言う。「みて。おうま」


 それは町の市の日の絵だった。けれど、先生が本当は最初に見せたかったのは、その次の面の春の草花の絵らしい。


「それ、二まいめかも」とレオンが言う。


「にまいめ?」


「うん。最初にひらく面、たぶん別」


 星粒ほいくえんの先生も、少し困った顔になる。「読む順札がないと、右へ重ねるのか左へ重ねるのか、今日は子どもたちが迷うかもしれないわ」


 クリスは手の中の紙を見た。おうまの絵はちゃんとある。でも、最初か二番目かは分からない。分からないのに、紙は反って戻りたがる。


「ごめん」とクリスは小さく言った。「ちいさい かみ、おなじ だと おもった」


 レオンがすぐに箱をのぞき込む。「探せば分かるよ。ぼくが並べる」


 けれど、フィオナは紙の端を指で押さえながら首を振った。「今は待ったほうがいいかも」


「待つ?」


 ルミナが知らせ紙の束をそっと広げ、机いっぱいに並べた。「まだ反りが残ってるの。無理に重ね直すと、また戻って、順が崩れるわ」


 星粒ほいくえんの先生も頷く。「窓のところへ広げておきましょうか。少し乾くと、紙がおとなしくなるの」


 今日は壊れたものがあるわけではない。ただ、クリスが上札と読む順札を混ぜたことで、紙の前とあとが少しだけ見えにくくなった。だから、今すぐ力で戻すより、春の光と時間に任せるほうがよかった。


 みんなで机を窓の近くへ寄せる。知らせ紙は一枚ずつ広げて置き、四隅に小さな木片を乗せた。上札と読む順札は箱から出し、フィオナが別々の皿へ分ける。クリスはその横で、皿の前へ座り込んだ。


「これ、うえ」とクリスが上札を指す。


「うん。こっちは“ひらく前”」とフィオナが言う。


「こっち、よんだ あと」とレオンが読む順札を持つ。


 クリスは、同じくらいの小さい紙なのに、置く皿が違うだけで役が違って見えるのが不思議だった。


 窓の外では、春の風が洗濯紐を少し揺らしていた。知らせ紙の端も、さっきみたいに強く丸まらない。先生はそのあいだ、まだ順のいらない絵の大きな面だけを子どもたちへ見せる。おうまの絵、花の面、魚の面。最初の面かどうかはまだ分からなくても、見て笑うことはできた。


「これ、かわいい」とクリスが言う。


「うん」と先生が笑う。「順番は、紙が落ち着いてから戻そうね」


 しばらくすると、知らせ紙の端がすっと静かになった。フィオナが一枚持ち上げても、もうくるりと戻らない。レオンが皿から上札を取り、最初の面へ置く。読む順札は右側の小箱の前へ置く。


「これで、最初が分かる」とレオンが言う。


 先生も頷いた。「読み終えたら、こっちへ重ねるのね。うん、戻ったわ」


 クリスはおそるおそる最初の面をひらく。今度は先生が見せたかった春の草花の絵が、ちゃんといちばん上にいた。


「これ、さいしょ」とクリスが言った。


「そう」とフィオナが笑う。「ひらく前の札が戻ったから」


「よんだ あとは、こっち」とクリスは自分で読む順札の箱を指した。


 さっきまで同じに見えた小さい紙が、今は違う役を持っている。すぐに何かを直したわけじゃない。ただ、紙が落ち着くのを待って、戻す順を見失わなかっただけだ。


 星粒ほいくえんの先生は、読み終えた知らせ紙を右へ重ねながら言った。「急がなくてよかったわね。今日の紙は、待ったぶんだけ読みやすくなったもの」


 レオンも頷く。「うん。無理に戻すより、ほどけるのを待ったほうが早かった」


 クリスは皿の上の上札と読む順札を見比べて、小さく言った。「ちいさい かみ、おなじ じゃない」


 その言い方が、今日いちばんよかった。フィオナはそう思った。春の紙は、急ぐと反る。だから、ひらく前の面と読み終えたあとの面を、先に分けて、紙が落ち着くのを待つほうがいい。


 帰り際、クリスは知らせ紙のいちばん上を、今度は勝手に抜かなかった。先生が上札を指すのを見てから、そっとひらく。小さな手の動きが、さっきよりゆっくりで、それだけで昼の空気もやわらかかった。


 明日はたぶん、元気を言う朝だ。体のことを先に言うのか、鞄のことを先に言うのかで、また手が少しだけ迷うかもしれない。


 梁の上でスノーが片目を細め、乾いた紙の匂いを嗅いだ。「紙は急かすと戻る。前の面とあとの面を分けて、落ち着くまで待て――それが分かったなら、こいつの手も明日はちゃんと間に合う」


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