燕3
飛べない鳥、燕の話 その3
「『笑って』いるのだろうか?」
小さな少女が笑顔を向ける。
私はそれに笑顔で返す。
屈託なく笑う少女は無邪気さそのままに口にする。
「わたしがいちばんすきなのはぺんぎんさんなんだよ」
私はそれに笑顔で返す。
『ペンギン』
どうしてペンギンが好きなの?と私が聞くと、小さな少女はこう答える。
「かわいいからっ!」
『可愛いから』
可愛いければ何でもいいのだろうか。
可愛いければ、ヤモリでも蜘蛛でもアメンボでも、ウサギでも犬でも猫でも。鬼でも河童でもツチノコでも。何でもいいと言うのだろうか。
可愛いからと、この小さな少女に好かれるペンギンが何故だか無性に嫌いになった。
奏君達と前に行った水族館で初めて見たときも、あまり好きにはなれなかった。最初から嫌いだったのかも知れない。気にくわなかっただけなのかもしれない。
よちよちと地面を歩き、客に愛想を振り撒き、作られた世界の檻の中、何も考えずにただただただただ生きている。
哀れ。
滑稽。
私と同じ。
『飛べない鳥』
「おねーちゃーんっ」
小さな少女が自分を呼ぶ。公園の滑り台の上から大きく手を振り私を呼ぶ。
小さな少女、灰奈に私は手を振り返しながら声を発す。
「はーちゃーん、危ないから手すりにちゃんと掴まらないとダメだよー」
灰奈に負けず劣らずの声量で叫ぶ私に、灰奈はまた嬉しそうに大きく手を振った。
見ていて危なっかしい。落ちないかどうか心配だ。子供というのはどうしてこうも落ち着きがないんだろうか。
「燕ちゃん、いつもありがとう。灰奈と遊んでくれて」
公園のベンチ、隣に座っていた灰奈の母親である加奈さんがふんわりとした笑顔で私に言う。
大人の女性。母親。
落ち着いていて、だけどどこか強い意思を持っている様な人。人間の母親とは皆彼女のように私には分からない力強さみたいな物を持っている生き物なのだろうか。
不思議な人。不思議な女性。
私には無いもの。
「大丈夫ですよ。私、暇ですし。灰奈ちゃんもいい子ですし。見てて楽しいですから」
私は加奈さんと同じ様に笑顔を作る。ふわりとした笑顔ではなく、作りものの笑顔。
これが私の笑顔。
いつも通りの、私の笑顔。
小さな少女、灰奈に私が近付くのはとても簡単だった。ボールを拾ってあげたあの時にどの保育園なのか確かめたから。
そこからは更に簡単だった。
灰奈の行っている保育園に行き、声をかける。
当たり前だが灰奈自身にではない。
保育園の先生に、だ。
そして保育園に紛れこんだ。話をでっちあげて、先生の同情を買って。
とても簡単だった。
灰奈は燕の事を覚えていた。公園でボールを拾ってあげた、あの初めて会ったあの時の事をよく覚えていた。
だからすぐに仲良くなれた。子供は単純なものだなと、私がこの時ひどく冷めた気持ちになったのを覚えている。
顔には一切出さなかったけれど。
「おねーちゃーん、こっちこっちぃー」
灰奈が呼ぶので、隣に座る加奈さんをそこに残して燕は灰奈に走りよる。
「なに?なんか見つけた?」
砂場で泥んこになりながら、灰奈がこれーっ!と燕につき出したものは変な形の石。
うん。
石だね。
「すごーい。何処で見つけたの?」
とりあえず笑顔で灰奈を見ながら燕はそう言った。過剰反応してあげると子供は喜ぶ。
「そこのかげだよー。おねーちゃんにあげるー」
はい、どーぞと言う灰奈から石を受け取り、燕はありがとうと頭を撫でてやる。
この石をどうしろと。
思っている事は顔には出さない。常に笑顔の表情を作る。いつから、こんなに嘘が上手になったのだろうか。自分では解らない。
それとも、私は今本気で笑っているのだろうか。小さな少女に石を貰い、嬉しくて有り難くて笑っているのだろうか?楽しくて笑っているのだろうか?
それとも。
小さな少女の命を狙う哀れで滑稽な『飛べない鳥』の燕に笑顔を向ける馬鹿な少女が可笑しくて。
『笑って』いるのだろうか?
公園からの帰り道、灰奈と加奈さんと別れた後燕はそのまま家には帰らず商店街を練り歩く。
お肉屋さん、果物屋さん、お菓子屋さん。
薬屋さん、煙草屋さん、コンビニエンスストア。
服屋さん。
の2つ隣にあるペットショップ。
その店の入口前にはケージに入れられた小さな子犬が3匹。黒いのと白いのと灰色の、まだ小さな小さな可愛い子犬。
指を差し入れて撫でてやると、嬉しそうにすりよって来る。可愛いなと思う。
ペットショップの客寄せのためだろうか。通りすぎる人達が一番見えやすく目に止めやすい場所に、この子犬逹はいる。
燕も、可愛いこの子犬逹に引き寄せられるようにして、たまにこのペットショップを見に来るようになっていた。
ペットショップの中からは、色んな動物の声が聞こえる。犬、猫、昆虫、人。
声が聞こえずとも、中にいるのだろうなと解る魚。
そして。
鳥。
燕がこのペットショップの中に足を踏み入れた事はまだ一度もない。動物園や水族館、アニマルパークにだって普通に行けた。
だが何故だかこのペットショップには入れなかった。
鳥の声が聞こえる。
色んな鳥の声が聞こえる。
耳を済まさなくても燕の耳に届くのは、この世界の鳥達の声。檻の中を羽ばたく鳥達の声。
「…………」
燕は子犬をもう一度だけ触り、そのペットショップを後にした。




