燕2
飛べない鳥、燕の話 その2
「ねぇ奏君。今私、どんな顔してる?」
鴉が泣いていた。
声を張り上げて、泣いていた。
鴉はめったに泣くことをしない。鴉は泣くのを我慢してしまう所があるから。
その鴉が、奏君の腕の中でわんわんと泣く。瞳から大量の涙を幾筋も幾筋も流し、流し続け、泣いている。
何があったのかなんて、聞かなくても解った。泣きながら鴉がこう叫んでいたから。
『どうして……、どうして私の半身が―――――なんだっ?』
と。
私も泣くのだろうか。
自分の半身を見付け、もしそれが大切な、とても大切な人だったとしたら。無くしたくない大切な存在だったとしたら。私は本気で、泣けるのだろうか。
窓から空を見上げる。太陽が悠然と上から燕を見下ろしてくる。鳥が空を飛んでいた。太陽に向かって天高く飛んでいた。あの鳥は何て言う鳥だろうか。分からない。
太陽が眩しい。太陽が暑い。
暖かい。痛い。苦しい。悲しい。怖い。
私は飛べない。
私も鴉も雀も、皆飛べない。私達は『飛べない鳥』だから。翼があるのにその翼を動かし、飛ぶことを許されていない鳥だから。
ねぇ、奏君。
飛べない鳥は、本当に『鳥』なのかな?
『鳥』って呼べるのかな?
奏に教えてもらったこの世界のこと。この世界にも飛べない鳥はいる。空を飛べなくても、大空を高く飛べなくても、太陽の下光を浴び、風と共に過ごしていなくても、鳥と呼ばれる者逹がいるのだと教えてくれた。
でもね奏君。だけどね奏君。
やっぱり私はこう思うんだよ。
鳥は。
翼をはためかせて。天高く、太陽に届くくらい高く空を飛び、風と共に一緒に生きていくのが鳥なんだって。
ねぇ、そうでしょう?奏君。
そうだよね?
……お願い奏君。
そうだって言ってよ。
このままじゃ、私は。
――――――
朝、目が覚めると鴉がいなかった。鴉のいない空間がやけに物悲しく写る。一体何処に行ったのだろうか。
「雀君、鴉は?」
先に起きていた雀に聞く。雀が欠伸。
「さぁ?俺が起きた時にはもういなかったぜ?」
再度欠伸をしながら、まだ眠そうな顔をしている雀は昨日の鴉の様子を知らない。泣いていた鴉を知らない。あの日あの時、家にいたのは私と鴉と奏君だけだったから。
だから雀は知らない。昨日の事を。
「そう………」
もしかしたら鴉は、あの人に会いに行ったのだろうか。鴉の半身のあの男に。
多分そうなのだろう。
きっと、そうなのだろうと思う。
燕がぼんやりとしていると、雀がこっちをじっと見ているのに気付く。燕はその顔に笑顔を作る。
「やっぱりまだ眠いなぁ。私、もうちょっと寝ようかな」
そう言って燕は、おやすみと雀に言い寝る体制に入った。本当は眠くはない。
眠くは、ない。
燕は目を瞑る。
目を瞑っていたらそのうち眠れるだろう。
次に燕が目覚めた時、居た筈の雀もいなくなっていた。何処に行ったのだろうか。
起き上がり時間を確認する。朝の11時だった。と、言う事は先程からまだ30分も経っていないと言う事だ。
やっぱりそんなには眠れなかったか、と思いつつ燕は窓から外の景色に視線を注ぐ。
今日も晴れだ。
外の空気は気持ちいいんだろうな、と思う。
皆出掛けたし私もでかけようか。と思っていた所で扉がガチャリと開かれ、タイミングよく奏が入ってきた。
「奏君」
「燕、お前だけなのか?鴉と雀はどうした?」
どこかに出かけたみたいだよ、と燕が言うと奏は、そうかとだけ言った。
奏の表情は笑顔だったけど『笑って』はいなかった。
「……奏君、私も出かけようと思ってたの。外はいい天気だもの。一緒に行かない?」
笑顔を作り奏に向ける。燕は奏よりよっぽど上手く完璧に笑う。きっと奏には燕が普通に笑っているように見えることだろう。
奏は、そうだな、行こうかなと言い燕に背を向け扉に向かった。燕もその背に続く。
外はいい天気だ。
心もきっと、晴れるだろう。
燕と奏は公園にいた。
公園のベンチに座り、砂場やブランコで遊んでいる子供逹を見る。近くの保育園の園児達だろうか。公園に数人いる子供達は、皆同じ水色の園児服を着て黄色い帽子を被っている。
「楽しそうだな」
奏が眩しそうに、手で日陰を作りながら子供逹を見る。その顔は薄く笑っていた。
少しは元気になったのだろう。
そうだね、と燕も奏と同じように手で日陰を作り、園児逹を見る。
きゃっきゃっと、はしゃぐ子供逹が眩しく映る。
太陽よりも眩しい。太陽よりも明るい。
もしかしたら、触ると太陽よりも熱いのかもしれないな、と馬鹿な事を考え燕は笑う。
この子供逹みたいに、馬鹿みたいにはしゃげたらいい。何でもない事で笑って、遊んで、疲れて、また遊んで。何の気概も無く。ただ一生懸命に生きていければいい。そうできたならどれだけ楽な事だろうか。私達には時間すらもう無いというのに。
「鴉は、あいつの所に行ったのか?」
唐突に奏がそう切り出した言葉に、燕はすぐに反応出来なかった。
「……多分、そうだと思うよ」
暫く、沈黙が二人を包む。
子供逹の楽しそうな声が、公園を満たす。
奏君。飛びたいと願うのは。
やっぱりいけないことだったのかな?
奏は何も言わなかった。
子供の蹴ったボールが、燕の足に当たる。
黄色いボール。小さな子供用のボール。
一人の女の子が走ってくるのが見えたので、燕はしゃがんでボールを拾い走ってきた女の子にボールを差し出す。
「はい、どーぞ」
女の子は満面の笑顔を燕に向け、「ありがとーお姉ちゃん」と言ってボールを掴んだ。
女の子は、また走りだし友人らとまたボールで遊び始める。
燕はしゃがんだまま、動けずにいた。
「燕?」
燕の様子に不信に思った奏が燕に声をかけるが、燕は動けなかった。
だって。
どうして。
どうして?
何で、今更見つかっちゃうのよ。
燕は立ち上がり、ボール遊びをしている子供逹を見る。正確にはその中の一人を。先程、ボールを取りにきた小さな少女を。
奏君。私の『半身』見つけたよ。
燕はその目で少女を見つめ続ける。
ねぇ奏君。今私、どんな顔してる?




