響2
櫻井響の話 その2
「魔法使いの兄ちゃん」
チラシ配り翌日。
響は一人叫んでいた。「何もお礼がないとはどーいう事よっ!!!」と。
「散々だわ」
本当に散々だ。
鳥男に声をかけられ、チラシ配りを押し付けられ。まぁ最後には自分から手伝いますとは言ったんだけど。だからって。だからってさぁ……。
「何もお礼がないとはどぉぉぉーーいう事よぉぉーーっっっ!!!」
2回目。
響が今いるこの場所は、響が見付けた秘密の場所。周りにはひとっこ一人いない隠れ家的場所だから、叫び声や奇声をあげても一応大丈夫な場所ではあるのだが、さすがにこんな大声を出し続けていると、一人二人ぐらい響の叫び声に気付く者がいないとも限らない。
「ふぅ」
一息。
遥か上空に広がる青空では、明るい太陽がさんさんと紫外線を撒き散らしている中、響は思う。
別にさぁ。
まぁ別に?私はお礼欲しさに手伝っていたわけじゃあないんだけど。だけどさ、普通なんかあるんじゃないの?普通はさ。お礼がさ。
缶ジュース1本でも良かったのよ?私は。
食事でも奢るよー、なんてデカイ期待はしてなかったわ。これはホント。
本当にそんな期待など、してはいなかった。
ただの、私の中にある『優しさ』で私はあの鳥男のチラシ配りを手伝っていた。
親切心。思いやり。配慮。気遣い。そんな感情だ。そんな感情で響は鳥男を手伝っていたのだ。
響は昨日の夜の事を思い出す。
チラシも残り10枚。
陽は落ち、既に夜が訪れている中、辺りは真っ暗闇となり行き交う人々も仕事帰りだろうおじさん達が増えてきた。が、残りあと10枚。あと少しでこのチラシ配りも終わる。あと少しでこの仕事も終末を迎えるのだ。
「あともうちょいやねー、響ちゃん」
隣に立つ鳥男が嬉しそうに数枚になった手の中にあるチラシを見ている。
やっとあの小山が無くなったのだ。鳥男だけじゃなく響も嬉しい。かなり嬉しい。
というか、やってやったぜという気分だった。
自分、頑張ったな。
あの小山を征したぜ。
今日は祝杯だ!
みたいな。
「はいっ。あともうひと踏ん張りですね!」
頑張りましょう!
と響が言ったのと、隣の鳥男が「ああーっ!!」と大声で叫ぶのとが思いっきり被った。
な、何事!?
「あかんっ、俺帰らなあかんわっ!響ちゃん、あとよろしく頼んでいーか?」
「えっ、あの」
響が返事をする前に、鳥男は自分の持っていたチラシを響に押し付け走り出す。前にも思ったけど、よくあの着ぐるみで走れるなと響は思う。
「じゃあ後は頼むでっ!ありがとーなぁー!」
鳥男は響を置いて帰って行ってしまったのだ。
響はしばし呆然としたのち、ふっと口をつり上げ笑う。
「また……」
また、押し付けられた。
最後の最後に押し付けられたのだ。
善意で手伝っている私に、あろうことかあの鳥男は最後の仕事を押し付けて、しかもこんな夜中に一人女性を残して行くだなんて。
「……ふ、ざけんなぁぁぁぁぁぁー!!!」
と叫びたかったが、響はこの時は自粛した。近所迷惑になるからね。周りの目があるからね。
だが、イライラは治まらない。イライラというか、虚しさ?悲しさ?悔しさ?
「…………」
何やってんだろ、私。とため息を吐き最後のチラシを配り終えた響が家に帰ると、弟の奏がお怒り状態で迎えてくれた。
こんな時間までどこに行ってたんだ、と。
連絡ぐらいしろ、と。
ごめんね、ルー君。
だって携帯、家に忘れて出かけちゃったんだもの。
と、いうのが昨日の夜に起きた顛末である。
そして今、私は片手に1枚のチラシを握っている。何故かって?そんなの決まってる。
一言、あの鳥男に何か言ってやらないと気がすまないからだ。
―――――――――
『ご飯屋』と暖簾がかけられている店の扉をがらがらと横に引いて響は店の中に入る。昨日響が配っていたチラシはこの店のチラシなのだ。
店の中はカウンターと、少しの座卓がある程度の広さ。お客さんの入りは……。
普通だった。
「…………」
ま、昨日の今日だし。
こんなもんでしょ。
「いらっしゃい、なんにしますか?綺麗なお嬢さん」
響がカウンターの席に座ると、ラーメン屋のおっちゃんみたいなおっちゃんが注文を聞いてくる。そう、お嬢『さん』だ。
お嬢『ちゃん』などでは決してない。
「あの私、鳥男……じゃなくて、えーと……」
あ、あれ?
あの鳥男の名前って何だっけ?
やばい、聞いてなかったぞ。
うっかり、とはこの事である。
黙ってしまった響に、「あぁ、もしかして君が響ちゃん?」とおっちゃんはそう尋ねてきてくれた。
えっ!?と何故か響の名前を知っているおっちゃんを驚いた表情で響が見ていると、おっちゃんは豪快に笑った。
「そっかぁ、君が響ちゃんかー。あの兄ちゃんの言い方だともっと小さい子だと思ってたんだけどな。綺麗な大人の女じゃないか」
綺麗な大人の女。
いやいやぁ、誉めても何も出ませんよ、おじさん。嬉しいんだけどね。えへへ。
綺麗、などの賛辞など響は既に言われ慣れている。だけどこの時、響がこのおっちゃんの言葉に喜びを感じてしまったのは、暗に『大人の』と言われたからだろう。
『大人の女』
そう。
だから鳥男が言う様な、お嬢『ちゃん』などでは決してないのだ。
「あの、それであの人はどこに?」
おっちゃんの仕事の邪魔もしたくなかったので響は本題に入る。見たところ、店にあの鳥男はいないようだ。出かけてでもいるのだろうか?
それとも、そもそもこの店の従業員ではないとか。今日は休みだとか。そんな所だろうか。
だが、おじさんは言う。「魔法使いの兄ちゃんならあんたを探しに行ったと思うぜ?」と。
え?私を?
というか、魔法使いって何?
響は、おっちゃんの不可思議な単語に眉ねを寄せてしまう。
「今朝早くに店に来て、チラシ配ったでー、響ちゃんが手伝ってくれたんやーって報告しに来たんだよ。で、話を聞いたら夜中に女の子1人そのまま残して来たっていうじゃないか。この辺りは治安は良い方だからいいけど、女の子を残して帰るだなんてけしからんっ!って怒鳴り付けたら、響ちゃん探してくるーって飛び出して行ってな」
おっちゃんは顎に手をやる。
「まだ探してんじゃないか?あの兄ちゃん」
「…………」
そーなのか。
探してるのか。私を。
ちょっと嬉しくなってしまった響である。
「じゃあ、昨日チラシ配ってた場所に行ってみます。ありがとうございました」
おっちゃんは「また来てねー。お礼にご飯作るからさー」と、響に手を振り見送ってくれた。
気せずしておっちゃんからの『お礼ご飯御招待券』をゲットした響である。
ありがとうおっちゃん。さすが鳥男とは違うな。男だよ、おっちゃんは男の中の男だよ。
それにしても。
「魔法使いって何さ?」
―――――――――――
「お願いしまーす」
さて皆様。
今私が立っているこの場所から少し離れた場所で、チラシを配っている鳥がいます。まぁ、鳥と言っても着ぐるみなのですが。
そして、その鳥が何のチラシを配っているか、と言いますと。
「何なんですか、これ」
落ちていたチラシを拾い、響は鳥男にソレを突き付ける。というかなんでまた着ぐるみなんだ。この男は。
鳥男が振り向き響に気付く。
「おぉ!響ちゃんやないかー。探しとったんやでー!!良かったわぁ、会えて」
「何なんですか、これは」
響は鳥男の嬉しそうなその言葉を無視し、チラシを突き付ける。会えて良かったとか、今はどーでもいい。
このチラシは何だ。何なんだ。
もしかして、私の顔か?
この変なぐちゃっとしてるのは私の顔なのか?
鳥男が配っていたチラシ。
そのチラシには真ん中辺りに、人の顔と思われるぐちゃっとした絵らしきもの。そして、その絵の上に平仮名で『ひびさちゃん』とこれまた汚い字で名前らしきものが書いてある。
ひびさって誰さ。
響だよ。ひ、び、き。
鳥男は響に突き付けられているチラシを受け取りソレを眺める。
「響ちゃん見つけるために作ってん。チラシ作ってよかったわ、響ちゃん見つかったし」
鳥男は嬉しそうな声で響にチラシを向けてくる。
そいつは良かったですね。チラシ効果じゃないですけど。
というか、誰が作ったの?このチラシ。
子供?子供なの?
あまりのできの悪いチラシに、響は呆れを通り越して怒りを素通りし無我の境地に到達してしまいそうな所を、何とか現世に踏み留まっていた。
「昨日はごめんなぁ、置いて帰ってもて。おっちゃんに怒られたわ。ちゃんとお礼しろーて」
「いえ、お礼は『ご飯屋』のおじさんに、今度ご飯作ってもらうので大丈夫です」
響がそう言うと鳥男は、そーかぁ、じゃあお礼はいいんかーと言い首をカクンと傾げると、私を探すために作ったチラシをガサガサと片付け始めた。
「…………」
片隅に大量のチラシ。
まるで小山だ。
「……あの、なんでこんなに印刷しちゃうんですか?昨日もそうでしたけど」
響は鳥男に聞く。バカだバカだとは昨日も思った事だが、やっぱりこの鳥男は馬鹿だった。限度と言うものを知らない。
そんな響の気持ちを知ってか知らずか、鳥男はこう言う。
「いんさつ?俺、いんさつなんてしてへんよー。増やしただけやし」
「…………」
いやだから。
印刷が『増やした』って事でしょーが、と響は思ったが口には出さない。もしかしたら、どこか可笑しい人なのかも知れない。この鳥男は。
世間一般の常識以前に、言葉すら知らないのだから。
文句を言う気も失せた。
もういいや。お礼もおっちゃんから貰える事になったし、それで良しとしよう。と響は思った。
「あの、じゃ私はこれで」
そう言って用の済んだ響が、鳥男から離れようとしたその時。響の横を帽子を目深に被った人が走ってきて。
響にぶつかった。
と思ったら、肩から下げていた鞄を引っ張られ、響はスッ転ぶ。
何事!?
と思ったのは一瞬。
すぐに『ひったくり』だと響は理解した。
「ちょ、ちょっと待った!」
私の鞄!!
財布も入ってるのにっ!
しかも気に入ってる鞄なんだから、マジで勘弁してよ!
周りにいた人達が、ひったくりだー!と騒ぎだす。が、ひったくりが捕まる気配は皆無。
「ちょっと……っ!!」
冗談じゃないわ!
捕まえる!
そう思い、勢いよく立ち上がった響の目の片隅に鳥男の姿が映った。
鳥男は片腕を、ひったくりが走って行った方に真っ直ぐに伸ばしてじっとしている。
「…………?」
一体、何をしてるの?
怪訝な顔で見ていた響の耳に、鳥男の小さな声が聞こえた。
その直後。
「っ、うわぁっ!?」
遠くにいたひったくりがスッ転び声を上げた。
これでもかというほど、派手に転んだらしい犯人は、どんがらがっしゃーん、と痛そうな音を立てながら、お縄についた様だった。
かくして、お気に入りの鞄は響の手元に無事に戻ってき、一件落着なのだが。
「…………」
響は鳥男をじっと見る。
「なんや?帰るんちゃうんか?」
鳥男はまたチラシを片付け始めた。響は鳥男をじっと目で追い、意を決して聞いてみる。
「さっきのって、手品かなんかなんですか?」
「さっきのん?」
さっき、腕を伸ばして言ったじゃないですか。
『転倒』
って。
響は鳥男をじっと見る。着ぐるみのせいで顔が解らない。表情がわからない。
鳥男の感情が読めない。
「てじなって何や?さっきのは魔法やぞ。転倒の魔法をさっきの奴にかけたんや」
魔法。
ま、魔法……ですか?
そういえば、おっちゃんが言ってたっけ。
『魔法使いの兄ちゃん』って。
「…………」
んな馬鹿な。




