鴉2
飛べない鳥、鴉の話 その2
「ふじかわの笑顔は花だ」
「櫻井っ」
奏を呼ぶ声がして振り向くと、そこには『ふじかわ』がいた。ふじかわは奏の友達だ。こないだ行った『ゆうえんち』で迷子になってしまった私を助けてくれた男。
よく笑う男。
「からすちゃんも一緒なのか?」
「ああ、行くってきかなくてな」
当たり前だ、と鴉は思う。
人が多い所というのは、それだけ私が探しているものも見つかりやすいという事なのだから。
私が探しているもの。私が飛ぶために必要なもの。
『半身』は見つかるだろうか?
今から行く所。
『えーがかん』とやらで。
「えーがかん?何だ、それは」
今日は用事があるから半身探しには付き合えない、と言った奏に何の用事なんだと聞いたら、『えーがかん』とやらに行くのだと言われた。
私の半身探しより大事なことなのか。
えーがかん。
「映画館ってのは、テレビのでっかい版みたいなもんだよ。大きなスクリーンで、動く映像を見る」
てれび。
てれびは知っている。奏に教えて貰った小さな箱だ。今は平べったいてれびもあるそうなのだが、この家には箱型しかない。『あなろぐ』という奴だ。
はぐれ魔法使いが『ちでじ』に早ようしなあかんねんけどなーと、言っていたっけ。
「だからごめんなっ。今日は家で大人しくしててくれ!」
パンっと手を叩き、頼むっ!と言う奏に、本を読んでいた雀と燕は、んーと空返事。
二人は本を読むのに夢中らしい。
鴉は一人、わかったと頷く。
仕方がない。
毎回毎回、奏に付き合わせるのは悪いからな。奏の顔がぱあっと綻ぶ。
「サンキュー!良かったー、藤川からの奢りチケット無駄になんてしたくないからさ〜」
ふじかわ?
「ふじかわもえーがかんに行くのか?」
ふじかわとは、確かゆうえんちにいたあの男の事だ。よく笑い『ほいくし』になるのが夢だと言っていた男。奏の知り合い。
「そう。藤川がさぁ、珍しく奢るって言い出したんだよ。なんか良いことでもあったんだろうな、きっと。俺って、ラッキーだよな」
ふふふ、と笑う奏。
ふじかわに良いことがあったらしい。それは良いことだ。きっとまた藤川は笑っているに違いない。ゆうえんちの時のように。あの笑顔で。
「じゃ、俺行ってくるわ!早く行かないと人で混み混みになるんだよなぁ。先週公開されたばっかのやつだからさ。しかも大人気!!人が多い多い」
「…………」
人が。
多いのか。
「奏、私も行きたい」
そして今にいたる。
「鴉の分は俺が払うからさ、藤川も知らない仲じゃないから大丈夫だろうと思ったんだけど……。やっぱり嫌か?」
ふじかわは笑った。
「いや、そんなことないから大丈夫だぞ。からすちゃんの分も俺が払ってやるよ。大奮発だ!」
そう言ってふじかわは鴉の、その小さな体を両手でぐわっと持ち上げる。
「……!?」
あまりの突然の出来事にびっくりした鴉は、すぐ目の前まで近付いたふじかわの首に咄嗟にしがみつく。
「よしっ!行くぞー!!」
耳元でふじかわが叫ぶ。声の振動が体を伝い鴉にまで響いて来る。ふじかわの顔には満開の花のような笑顔。鴉はそれをすぐ間近で見ていた。
えーがかんには沢山の人がいた。ゆうえんちには絶対的に劣るが、それでも大勢だ。
じっと行き交う人達を見てみるが、半身はいそうにない。ため息が出る。いつになったら、私は空を自由に飛べるのだろうか。
えーがかんは、美味しそうな匂いが充満している。奏が言っていた、えーがを見ながら食べる食事の匂いだろうか。行き交う人が手に持っている、あれがここの食事なのだろうか。気になる。
「鴉、行くぞー」
『ちけっと』を買いに行っていた奏とふじかわが戻ってきた。
鴉が椅子から飛び降り走って近付くと、ふじかわがちけっとを手渡してくれた。
「はい、からすちゃんの分だよ。あそこにいるお姉さんに渡して、中に入るんだ」
行こう、とふじかわは鴉の手を引き歩き出す。繋がれた手は優しく、鴉の歩調に合わせてふじかわはゆっくりと歩く。
楽しそうだな、と。
嬉しそうだな、と。
鴉は思った。
えーがが終わり、どっかで休憩するか?と提案したふじかわに続いて、奏と鴉は甘い匂いのする店に入った。じゅーすやけーきがいっぱい並んでいて美味しそうだった。
奏は、金ないんだけど、とふじかわに言っていたが、ふじかわは奢るってと笑って言う。
ふじかわは『あいすこーひー』
奏は『かふぇらて』
鴉は『ちょこぱふぇ』
ふじかわに薦められたちょこぱふぇは、冷たくて美味しかった。
ふじかわに感謝だ。
「しっかし、羽振りがいいなぁ藤川。逆に不気味になってきたぞ?もしかして、俺になんか頼み事があってっていう落ちだったら怒るからな」
「そんな事しねーよ。俺がそんな奴に見えるのか?」
奏が即座に、見えるな、と言うとふじかわは、ひっでぇーと言って笑った。奏も一緒になって笑う。
「俺はただ、この嬉しさを誰かに伝えたかっただけだよ。自慢したかっただけだ」
「自慢って何だよ?」
その奏の言葉に、ふじかわはにやーと笑いながら『かのじょ』が出来たんだと、それはまぁ嬉しそうに話し出した。
かのじょ。
恋人の事。
番のこと。
そうか。
かのじょが出来ると、ふじかわは笑うのか。
奏とふじかわは、かのじょの話で盛り上がっていた。かのじょのここが可愛いだの、ここが一番好きだの、奏はかのじょがいないだの、ほっとけだの。
さんざ盛り上がった所で、そろそろ出ようかとなった。
「その前に、俺トイレ行ってくるわ」
そう言って奏が席を立つ。テーブルには鴉とふじかわの2人が残る。
するとふじかわが、ごめんね、からすちゃん。俺達だけで盛り上がっちゃって、と何故だか申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫だ。聞いてて楽しかったから」
そう鴉が言うと、ふじかわは、そう?と首を傾け残っていたあいすこーひーを飲み干す。
鴉のちょこぱふぇは、とっくの昔に空になっていた。
「ふじかわ、かのじょが出来るのがそんなに嬉しいのか?」
鴉が聞くと、ふじかわは嬉しいよーと笑う。
「俺、保育士になりたいって言ってただろ?子供が好きだから。だから、自分の子供が早く欲しいんだよなぁ。そしたらさ、一緒にいっぱい遊んでやるんだ」
って、まだ早すぎるよなとふじかわが照れたように笑う。そして、「からすちゃんは好きな男の子いないの?」とふじかわは鴉に聞いてきた。
「…………」
好きな男。
『飛べない鳥』の鴉に、
恋愛はない。
黙ってしまった鴉に、ふじかわがよしよしと頭を撫でてきた。
好きな男なんてすぐに出来るよー、と言って。
奏がトイレから帰ってきて会計をして。
ふじかわにお礼を言い家に帰る。
えーがかんは楽しかった。ちょこぱふぇも美味しかった。ふじかわの楽しそうな、嬉しそうな笑顔も見れて良かった。
ふじかわの笑顔はなんだか安心する。見ていて飽きない。なんであんな風に笑えるのか疑問だ。
ふじかわの笑顔は花だ。
一輪の、満開に咲く綺麗な花。
だから安心するのだろうか?
ふじかわの笑顔はとても暖かい。
きっといつまでも笑っているんだろうなと、
鴉は思っていた。
ずっと、ずっと、笑顔で。
ずっとずっと花のままで。
幸せになるんだろうなと、思っていた。
だけど鴉が次にふじかわを見たとき。
ふじかわは笑ってはいなかったんだ。
いつものように花のように笑っては、くれなかった。




