鴉1
飛べない鳥、鴉の話 その1
「ふじかわのために、ゆうえんちを楽しもう」
これだけ探しても見つからないのは、本当はいないからじゃないだろうか?この世界にも、きっとどの世界にも。私の探し求めているものは何処にもないんじゃないだろうか。
探し方が悪い?そんな事ない。
ちゃんと探してる?必死に探してる。
見つけたいと本当に思ってる?思ってる。
でも、やっぱり見つからないんだ。
いない。
いない。
いない。
何処にも、いない。
だから私は飛べない。
空を飛べない、『飛べない鳥』。
「迷った……」
鴉は一人、途方にくれる。
奏の言う通り、こんなに人の多い所にはやっぱり来るべきではなかったのかもしれない。鴉は一人ごちる。でも、人が多ければ多いほど鴉の探しているものが見つかる可能性は高くなるのだから奏に無理を行って、こうやって連れてきてもらったと言うのに。
この、『ゆうえんち』とやらに。
はぐれないよう注意しとけよ、と最初に奏にさんざ言われたのに入館してものの30分で鴉はこの様だった。自分が情けない。燕や雀は大丈夫だろうか?ちゃんと奏と一緒にいるだろうか?と、自分の事よりも他の仲間達を心配し、鴉は辺りを見回す。
ゆうえんち、とやらには大勢の人がいた。大人、子供、女、男。家族、恋人、友達、知り合い。多くの人間達。
こんな人混みの中、燕や雀、奏とはぐれてしまったら終わりだ。だが、もしはぐれた場合の対処法を奏はちゃんと鴉に教えていてくれていた。
はぐれた時は『まいごせんたー』。
場所は解る。
ここに入った時、ここだと奏に教えられたから。だが、教えられたまいごせんたーは3箇所。どこのまいごせんたーに行くべきだろうか。鴉は迷う。
「……よし」
迷った鴉は歩きだし、一番近くのまいごせんたーへ向かうことにした。歩きながらも、自分の探しものはちゃんと探す。そのためにここに来たのだから。
これだけ人が多いのだ。必ず見つかる。きっと見つかる。見つけて、私は絶対に空を自由に飛ぶんだ。
私の半身。
私の魂の片割れを見付けて。
「じゃあ君のお名前、言えるかな?」
まいごせんたーに着くと、にこにこと笑顔の男に名前を聞かれた。私は答える。
「鴉」
私がそう言うと、名前を聞いてきた男は笑顔を絶やさずに、カラスじゃなくて自分のお名前を言えるかな?と言ってくる。
それが自分の名前だ、というと男はその顔から笑顔を無くし、驚いた顔をして「本当に?」と言う。
「ああ、本当だ」
男はびっくり顔のまま鴉をじっと見てくる。そんなに珍しいのだろうか。鴉と言う名前が。
「……じゃあカラスちゃん、ちょっとここで座って待っててね?すぐ戻ってくるからさ」
男はまた鴉に笑顔を向け、鴉の頭を撫でてから小走りでどこかへ行ってしまった。
鴉はすぐそこの椅子に腰を下ろして座る。
その数秒後、大音量の機械じみた音で、先程の男の声が響き渡る。
『本日は当遊園地にお越しいただき、誠にありがとうございます。迷子のお知らせを致します。サクライカナデ樣、サクライカナデ樣。……か、からすちゃんがお待ちです。至急、3番迷子センターにお出で下さい。繰り返します……」
何故か男は鴉の名前を言うときに言葉を詰まらせていた。鴉、という名が言いにくい事はないとは思うのだが。
「…………」
何故だろう。
そうこうしているうちに、先程の男が両手に何かを持ってこちらに走って戻って来た。
「放送、しておいたからすぐ来てくれると思うよ?もうちょっと待ってようね」
『ほうそう』とは先程のこの男の声の事だろう。酷く大きな声だったので、奏にも聞こえたに違いない。だから待っていれば会えるという事か。
「ありがとう」
「ちゃんとお礼が言えるなんて、偉いね。はいこれ。飲んで待ってればいいよ」
男はそう言い、手に持っていたものの一つを鴉に渡した。中には色のついた水が入っていた。確かこれは、『じゅーす』とか言うものだったか。
男は鴉の隣によっこいしょと座り、自分の分だろうじゅーすを飲み始めた。それを見て鴉も貰ったじゅーすを飲む。おいしい。
「からすちゃんは、何か好きな物ある?」
暫くの沈黙の後、男は尋ねてくる。沈黙に耐えられなかったのだろうか。
「好きなもの……」
鴉が考えこむのを見て、男は焦ったような声で、「じゃ、じゃあ将来の夢とかは?」と質問を変えて聞いてきた。
「夢……」
「何でもいいんだよ?ケーキ屋さんとか、パン屋さんとかお嫁さんとか。自分のやりたい事だよ。何かあるでしょ?」
私のやりたい事。
それは。
「私は、空を飛びたい」
自由に大空を。高く高く、風をきって。
あの青く広がる広大な空を。
ずっとずっと、見上げる事しか出来なかったあの空を。私の翼で。自身の手で。自らの体で。
私は自由に空を飛びたい。
飛べない鳥のままだなんて、私は嫌だ。
嫌なんだ。だから。
男は、「そっかぁ空かぁ、気持ちよさそうだもんねー」と嬉しそうに鴉に笑顔を向け、鴉を見る。そして自身の事を語りだした。
「俺はね、保育士になりたいんだ。だからここでちょっとしたバイトをさせてもらってるんだよ」
ほいくし?ばいと?
それは何の事だろうか。鴉には分からない言葉だった。男は話続ける。
「迷子の子ってさ、凄く心の中は不安になってると思うんだ。だから、そういうのをできるだけ無くしてあげてさ、ここは遊園地なんだから楽しい思い出だけを残してあげたいんだよね」
からすちゃんは、全然平気そうなんだけどね。そう言って男は、また笑う。
「楽しい、思い出」
「そう。遊園地、楽しいでしょ?もしかして楽しくない?」
男は少し不安そうな顔をして、隣の鴉を見下ろす。楽しいも楽しくないも、私はここに探しものをするために来ただけだ。楽しもうとはそもそも思ってなどいない。
だけど。
「…………」
鴉は隣の男を見上げ口を開く。
「ゆうえんち、楽しい」
鴉がそう言うと、男は笑った。笑顔になった。よく笑う男だ、と鴉は思った。
その後も、奏が来るまで鴉は男と話した。ほいくしとは何なのか、ばいととは何か、ゆうえんちで一番面白い乗り物は何か。
そして10分足らずで、奏は鴉の前に現れた。
「鴉、大丈夫か?」
「奏」
椅子から下りて奏に近付く。燕と雀もそばにいた。雀はぐちぐちと文句を言い、燕も雀を宥めつつも鴉に嫌味を言ってくる。ごめん。
「あれ?櫻井か?」
男が驚いた顔で奏を見る。奏も男と同じような顔になり、男を凝視する。
「藤川?こんな所で何やってんだ」
二人は知り合いらしい。
そして、あの男の名前は『ふじかわ』というみたいだ。
「名前聞いたときは同性同名かと思ってたけど……、やっぱりお前だったのか。何?お前の子供?」
奏が「違うっ!」と叫ぶ。
「親戚の子供だ。今ちょっと遊んでやってるだけ」
ふーん、とふじかわはにやにやと笑う。先程までの笑顔とはまた違った笑顔だった。
「まっ、いーけどさ。そうだ、からすちゃん」
そう言ってふじかわが手招きするので、鴉はふじかわに近付く。
ふじかわはしゃがみ、鴉の耳元を手で覆いボソボソと小声で話しかけてきて言った。
「さっき話してた事、櫻井には内緒な?恥ずかしいからさ」
それだけ言って立ち上がり、鴉にまた笑顔を向ける。内緒とは、ほいくしのことだろうか?それともばいとのこと?一番面白い乗り物のことだろうか?
解らなかったが、鴉はとりあえず頷く。
それを見て、ふじかわは「ありがとな」と鴉の頭をぽんぽんと2回叩き笑う。また笑顔。
「じゃ、俺行くわ。櫻井、今度はそんな小さな子を迷子になんてさせるなよなー」
「わかってるよ」
そしてふじかわは鴉達から離れて行った。ばいとの続きに行くのだろう。
「鴉、行くぞ」
奏と雀が歩き出す。
鴉は燕と手を繋ぎそれに並ぶ。はぐれないようにとの配慮らしい。鴉は隣を歩く奏に向けて声をかける。
「なぁ、奏」
なんだ?と言う奏に鴉は、ふじかわに先程聞いた『ゆうえんちで一番面白い乗り物』の名前を言い、乗ってみたいんだけどと言ってみた。
奏と燕と雀は驚いた顔で立ち止まり、三人は暫く鴉を凝視したのち、探し物はいいのか?と聞いてきた。
ちょっとぐらいならいいかな、と思う。ふじかわの言っていた、一番面白い乗り物というやつに乗ってみたいとそう思ったから。
鴉の探しもの。
『半身』はその後に探そう。
ふじかわのために、ゆうえんちを楽しもう。
そう思ったから。